44.戦いのあと 襲撃犯の正体.
落ち着きのある黒いスラックスと白のシャツに袖を通したジャレッドは、目を覚ましたことを聞きつけたフーゴ・リュディガーとともに執務室にいた。
当初、会いにくると言ってくれたのだが、公爵自ら足を運ばせるわけにはいかず、こちらから出向くことにしたのだ。リリーに部屋まで案内されるも、彼女は一緒ではない。
公爵はジャレッドと二人きりを望んだからだ。
「ジャレッド・マーフィー殿、この度は我が領地の危機を救ってくれたどころから、俺の命も守ってくれたこと心から感謝する。自身の命を顧みず戦ったことは武人として褒めたいが、ひとりの人間として、このウェザード王国の公爵のひとりとしてもっと自分のことを大切にしてもらいと切に願う」
「フーゴ・リュディガーさまのお言葉、しっかりと胸に刻んでおきます」
「応――と、いってもジャレッド殿は同じ場面で同じことをすると思うが、婚約者がいるのだからもっと自分の身を大事にするべきだと年長者らしいことを言っておく」
固い表情だったフーゴの顔が緩み、強面の顔をしながらもどこか親しみの与える表情を浮かべた。
形式的な感謝を伝えられたので、もう態度を崩していいらしい。
「とにかく無事でよかった。あの場でまさか俺がお荷物になってしまうとはな……歳は取りたくないものだな。こうしてまた屋敷に戻り、妻と子供たちの顔を見ることができたのはジャレッド殿のおかげだ」
公爵という、男爵家の息子であるジャレッドにとって比べものにならない高い地位にいる人物から感謝に、戸惑いを覚える。
ハーラルト・アルウェイ公爵もそうだが、公爵家当主はなぜこうも気さくなのだろうか。
「さて、お前が寝ていた間のことを説明しよう」
「お願いします」
「まず、オリヴィエにはジャレッド殿の無事を伝えておいた」
「ありがとうございます。実は、こちらからお願いしたく思っていました」
「なら手間が省けてよかったぞ。続いて、俺の領地を襲った食人鬼どもはジャレッド殿のおかげでほとんどが一掃できた。おかげで覚悟していたよりも被害は少ない。ムラスタの街にも被害はなく、すでに退避した領民たちが戻っている。今は、兵士を置き警戒すると同時に、街道をそれた奴らを駆逐しつくすように命じてある」
街に被害がなかったことは喜ばしい。
リュディガー公爵領へ派遣される前に、いくつかの町が壊滅されたことを聞いていただけに、食人鬼を食い止めることが成功したのだと安心できた。
「王宮はもちろん、魔術師協会からも物資と人員を割いてもらうことができた。兵の遺族にもしっかり補償してやれる」
「それはなによりです」
戦うこと以外できないジャレッドにとって、傷ついた領民のためになにもできないことが悔しい。
いくら宮廷魔術師になることが決まっていようと、未成年の学生という立場では無理もないのだが、それでも他にもっと――と考えてしまう。
「大方、食人鬼も駆逐できたと報告を受けている。頼もしい助っ人に力を借りることができたのが幸いだった。俺も領民たちも、ようやく安心できる」
「助っ人ですか?」
「ギャラガー伯爵家だ。俺の領地に隣接する一族だ。当主の息子は、王立魔術師団の団長を務めているので、ジャレッド殿の立場なら、いずれ会うこともあるだろうな」
王立魔術師団の団長と聞きエルネスタを浮かべる。今回こそ現場には一緒だったが、彼女の力を見たわけではないが、王立魔術師団員である以上実力を持っていることは知っている。
過去には、王立魔術師団団長を宮廷魔術師が務めることもあったそうだが、現在はレナード・ギャラガーという人物が仕切っていると知っていた。
実力は高く、人望もある。宮廷魔術師候補に名が上がらないことが不思議だと言う声もある。
ただ、ジャレッドは王立魔術師団と先日揉め事を起こしたばかりなので、団長と聞くとあまりいいイメージを浮かべることができない。魔術師団員の全員があの副団長たちと同じではないのだろうが、一度植えつけられた印象はそうそう変わるものではない。
「お会いできる日が楽しみです」
「応。まあ俺の一族は特別親しいわけじゃないだが、北部守護にあたって協力することがある。王国北部のどの一族も同じだが、ギャラガー伯爵家は優れた魔術師を多く抱えているからな、どうしても力を借りたいと頼むときがあるんだ」
「え? 親しくないのですか?」
協力することがあり、今回も支援を受けているのになぜ――と疑問が浮かんだ。
するとフーゴは言うか言うまいか迷った仕草をすると、困った顔をして口を開く。
「悪い言い方をするつもりがないが、ギャラガー伯爵は魔術師至上主義者だ。もちろん、なにか悪さをしているわけではないんだが、奴らは、なんだ、魔術師ではない俺らを見下すからな」
「なるほど、理解できました」
ジャレッドが戦った相手や、トレスが追っている魔術師至上主義者たちとは違い、思想こそ魔術師が最上のものだと考えている――ただそれだけの人間も決して少なくない。
彼らは害ではないが、魔術師ではない人々を見下す傾向にあることは事実だ。
中には、魔術師こそ自分たちを導く人間だと信じて疑わない魔術師ではない人々もいる。
「俺には魔力がなく、ギャラガー伯爵は若いころは王立魔術師団に属していたと聞く。代々、魔力を持つ希少な一族だからな、どうしても魔術師主義になるのも無理はない」
「きっと騎士団と仲が悪いのは、考え方が大きく違うからなんでしょうね」
「違いない。騎士は己の鍛えた力をすべてだと思い、魔術師は生まれ持った才能をすべてだという。全員が全員、頭が固いわけではないが、ジャレッド殿のように魔術は道具だと割り切って使える人間の方が柔軟で俺には好ましい」
出会ってから思っていたことだが、フーゴ・リュディガーという男は思考が柔軟だ。
気に入った人間の面倒を見ることで有名なリュディガー一族の当主に偏見を持っていたわけではないが、武人めいた外見と騎士団員だった経歴からもっと騎士よりの人間だと勝手に思っていた。
思い返せば、領民から慕われ、当主でありながら前線に立つのだから頭の凝り固まった人間のはずがない。
リリーのように公爵家令嬢でありながら、少し変わった気さくな娘を育てていることからも彼の人柄はわかる。
「さて、リュディガー伯爵家の話はまたの機会にして、ジャレッド殿が倒した例の四人のことについてだ」
「俺も気になっていました。殺してしまったので情報を得ることができず、すみませんでした」
「いや、そうでもないぞ」
謝罪したジャレッドだが、フーゴはにやりと笑みを浮かべた。
「ジャレッド殿も王立魔術師団の団員すべてを知ってはいないだろうが、今、俺の屋敷にはエルネスタ殿がいる。彼女のおかげで四人の身元が判明した」
「まさか――」
「そのまさかだ。奴らは王立魔術師団の団員だ」




