33.フーゴ・リュディガーとリリー・リュディガー2.
用意された馬に乗ったジャレッドたちは、フーゴと並びリュディガー公爵領の街道を進む。
「一部の食人鬼どもはさておき、大半が夕方から真夜中にかけて動く。今は、俺の兵たちだけでも耐えられるだろう。しかし、夜になれば荷が重くなる」
食人鬼は魔のものの特性なのか、日中の活動は鈍くなる。まったく動かなくなるわけではないし、目の前に人間がいれば容赦なく襲いかかってくるも、その動きは鈍重だ。
騎士ならもちろんのこと、一般人であろうとも槍のように距離を保てる武器があれば頭を貫き倒すことが可能だ。無論、日中限定だが。
活性化した食人鬼に戻ると、群れを相手にするには近接戦闘を主とする騎士では公爵の言葉通り荷が重い。
ジャレッドたちが急いでリュディガー公爵領に移動したのは、夜に備えたかったという理由だ。同時に、昼間のうちに群れを潰せるだけ潰したいのだろう。
「ジャレッド殿も存じているだろうが、俺の領土は北部守護の要だ。北部に俺の領土以外がないわけではないが、一番の大きさを誇ること、公爵家ということもあり俺が責任を取ることになっている」
「横から口を挟んでしまうと、北部にある領土はリュディガー公爵領と密な関係にあるんだよ。おかげで多くの魔物も、蛮族たちも、今まで北部を抜けたことがないんだよ」
リリーの少年のような言葉づかいには違和感が残るも、親しみが感じられる。
偽っていた名と言動をもとに戻したことで、本来の彼女に戻ったからかもしれない。
エルネスタもジャレッド同様、いまだ彼女に慣れないようだが嫌だと思っているのではなく、今までとの変わりように戸惑いが大きいように感じられた。
「防衛にずいぶんと力を入れているんですね……王都に住んでいる人間として、心から感謝します」
「いや、なに、俺がミスをすれば、ハーラルトの奴が出張らなきゃならないだろう?」
「王都守護を担っているので、そうですね」
「そうなってしまえば癪だしな。なによりも俺のせいでハーラルトが動けば、俺の負けになる。それだけはあってはならん!」
「……もうっ、お父さまはそうやっていつもハーラルトさまと張りあうんだから」
なるほど、と思いだす。確か、フーゴ・リュディガーとハーラルト・アルウェイは同じ時期に騎士団に属していたはずだ。
祖父はアルウェイ公爵の派閥に加わっているものの、リュディガー公爵からも便りが届いている。豪快に見えてマメなのか、季節の変わり目には達筆な字で書かれた祖父母を気づかう内容と、自分の派閥に鞍替えしてほしいと隠すことなく堂々と伝えてくる、愚直なほどの真っすぐさに祖父も苦笑していた記憶がある。
裏でこそこそするのではなく、なにごとも真正面から挑む。それがジャレッドの知っているリュディガー公爵の一面だった。
「俺たちは敵ではないが、ライバルだ。張りあわないでどうする!」
「……本当はなかよしの癖に……男っていうのは面倒だね」
父の言葉に娘が肩を落とす。
ジャレッドは父娘の間に口をだせず、エルネスタが笑うのを我慢していた。
とてもじゃないが、これから三百を超える食人鬼を相手にするとは思えない空気だった。
「とはいえ、今回ばかりは俺の抱えている兵だけでは難しい。食人鬼は決して珍しくないが、今回の規模は異常だ。おそらく、王国始まって以来だろうな。だからこそ、俺は王宮に戦力を欲した」
そして、ジャレッドがリュディガー公爵領に現れたのだった。
こんな話をしている間にも、馬は前線に進んでいく。わずかに血の匂いがした。
「気づいたか、ジャレッド殿。さすがにいい嗅覚をしているな。ぜひ俺の派閥に加わってほしいものだ」
「それはなんといいますか……」
「なに、オリヴィエを正室にしていようと構わん。俺はそういう些細なことには気にしない。仲間になってくれる奴らは、よほどの悪党でない限り受け入れることにしているからな」
豪快に笑うフーゴに頭が痛くなる。
きっと彼は言葉通り、本当にオリヴィエが正室であっても彼の部下になるならまったく気にせずジャレッドを迎え入れるだろう。だが、アルウェイ公爵家としてはそれはおもしろくないだろうし、ありえないはずだ。
正直に言うと、公爵家の派閥争いになど巻き込まれたくないのが本音だった。
「申し訳ありませんが、そろそろ食人鬼の群れに関して情報をいただきたいのですが」
「おおっ、そうだった。すまないな。拠点にしている街に着いたら説明しようと思っていたが、まあ、ジャレッド殿にはいきなり戦ってもらう可能性があるから今のほうがいいだろう」
話題を変えるように問うと、フーゴの顔つきが至極真面目となる。
「奴らの群れが見つかったのは三日前のことだ。はじまりこそ、小規模な群れだったがどこから現れたのか次第に数を増し、気づけば百を越え、今にいたっては三百を超えた」
改めて食人鬼の多さに息を飲む。一体一体はそう強くなくとも、厄介な敵が大軍を成しているのだから、否応なく緊張してしまう。
なによりも人を食う存在に、生理的嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「ひとつ聞いておきたいが――ジャレッド殿は俺の指揮下に加わると考えてよいのか?」
「はい。ぜひ指揮下にお加えください。見知らぬ土地で単身で身勝手に振る舞うほど愚かではありません」
「ありがたい。こちらへの気づかいもあるのだろうな、感謝する」
やろうと思えば知らない土地であってもジャレッドは問題なく戦える。
実際、魔術師協会の依頼では、初めての土地で戦わされたことも多々あった。
派遣される前に最低限のサポートは受けるも、現地に案内人がいることはなかった。それを思えば、数こそ厄介だがやれと言われれば単身で挑むくらいの気概はある。
そうしないのはあくまでもジャレッドが、前倒しになったとはいえ宮廷魔術師という肩書を背負っているからだ。
秘書官もおり、ひとりは武芸の心得はあっても魔術師ではない。いや、騎士ですらない。
公爵家の領地内で勝手にすることも不敬にあたると考えた上での判断だった。
「魔術師が全員と言うわけではないけど、中には非魔術師に従いたくないっていう場合があるんだ。だからジャレッドさまのように、理解がある方が宮廷魔術師になってくれることは嬉しいと思うよ」
「あの、すみません。王立魔術師団はそんな人間ばかりなので」
「ああっ、違う違うから! 別にエルネスタのことを悪くいったんじゃなくて――」
融通のきくジャレッドに安心したのか口をすべらしたリリーの発言に、エルネスタが暗い顔をする。
出発前も言っていたが、やはり王立魔術師団の中には傲慢な考えの人間が少なからずいるようだ。
慌てて謝罪しているリリーを見ていると、あまり公爵家令嬢とは思えない。
気品はある、たたずまいも凛としているが、オリヴィエとは似ても似つかない。
――若さのせいかな?
婚約者に知れたら引っ叩かれそうなことを考えていると、街道を抜け街が見えた。
「ようやくついたな。ここが拠点としているムラスタという街だ。この街のすぐ近くまで群れは近づいている。幸い、日中ゆえ足は遅いが、時間の問題だ。ジャレッド殿が間にあってよかった」
「私も、間にあうことができてよかったです」
「では、戦いだ! 俺の領地を荒らす化け物どもを駆逐するよとしよう!」




