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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
六章

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32.フーゴ・リュディガーとリリー・リュディガー1.




「――想像以上に酷かったな」


 竜騎士と竜種の頑張りにより、当初の予定だった二時間よりも二十分も早く目的地であるリュディガー公爵領本家の中庭に降り立った。

 竜騎士たちは休む暇なく、王都に深刻な怪我人と逃がさなければならない公爵家の人間を連れてすぐに飛び立つ。

 短い礼を伝えたジャレッドは、空から見た食人鬼の群れを思いだし顔をしかめた。できることながらすぐに前線へ向かいたかったが、まず会わなければならない人がいる。


 竜種の上にいたジャレッドたちに向けて使い魔がデニスから放たれた。到着にあわせ、一度リュディガー公爵が前線から戻ってくるので会うなら屋敷でというものだった。

 非魔術師であり、実力がわかっていないアリーを戦場にいきなり連れていく不安があったため、公爵に会うついでに彼女を公爵家に置いていこうと考えていた。


「ジャレッド・マーフィー殿、予定よりも早い到着のようだな」


 低く唸るような声が発せられ、振り返ると――四十半ばほど強面の男性が、傷だらけの鎧を装備し立っていた。


「俺のほうが遅れてしまったようだ、謝罪する。そして、宮廷魔術師にこうして力を貸してもらえること、心から感謝するぞ」


 背丈はジャレッドよりも高い百九十ほどで、体格は日常的に鍛えているのか鎧越しからでもはっきりわかるほど逞しい。白髪交じりの茶色い髪を短く刈り込み、目元には深いしわが刻まれている。なによりも印象に残るのが、右目の眼帯だ。

 同じ公爵でもハーラルト・アルウェイ公爵とはまったく違う、武人めいた男性だった。


「お父さまっ、ご無事でしたか!」

「ん――んんっ?」


 挨拶をしようと膝をついたジャレッドだったが、そばにいたアリーが突然公爵に飛びついたため目を丸くする。


 ――お父さまってなんだ?


 言葉の意味はわかるが、理解はできない。恐る恐る同じように膝をついているエルネスタを伺うと彼女もまた驚愕を露わにしていた。

 そんな二人を置いてきぼりにしてアリーを抱きかかえたリュディガー公爵は武人めいた顔にしわを寄せ破顔した。


「おおっ、このお転婆娘! 俺は寂しかったぞ。お前の不在の間に、食人鬼の群れは現れるし悪いことだらけだ――おっと、どうやら上司と同僚にまだ話していないみたいだな」

「本当ならもっと黙っているはずでしたが、状況が状況なのでこの場ですべて打ち明けるつもりでした」

「ならばすぐに挨拶しろ。俺は、お前が偽りをもってジャレッド殿に接していることが気に入らん」


 ジャレッドたちのは理解できない会話を続ける二人を呆然と眺めていると、公爵の腕から解かれたアリーが立つように願う。


「ジャレッドさま、エルネスタ、膝をついていないで立ち上がってくれないかな?」

「あ、ああ」

「アリーさん? あの、口調が……」


 話し方もそうだが、雰囲気がガラッと変わってしまったアリーに戸惑いを隠せない。

 彼女は困ったようにほほ笑むと、膝をついて自己紹介をする。


「わたしの名前はリリー・リュディガー。今まで名乗っていたアリー・フェルはジャレッドさまの近くにいるために作ったものでした。ジャレッドさま、エルネスタの二人を騙していたことを心から謝罪します」

「えっと、アリーじゃなくてリリーさん?」

「どうかリリーと。年齢も十八です、気やすくお呼びください」

「じゃあ、そのリリー。まずは立ってほしい。俺もエルネスタさんも、膝をつかれたままだと会話にならない」

「リリー・リュディガーさま、どうかお立ちください」


 ジャレッドは彼女の願うままリリーと呼んだが、公爵家の令嬢だとわかったためエルネスタは無礼がないように呼ぶ。


「エルネスタ、できることなら君もリリーと呼んでほしい」

「ですが……」

「騙していたことは申し訳ないけど、わたしは君を友人だと思っている。他人行儀に呼ばれると悲しくなる」

「わかりました。ではリリーさんとお呼びします。できれば、なぜ偽りの名で秘書官になろうとしていたのかご説明くださいませんか?」


 間違いなく、もっとも知りたいことだった。


「もちろんだよね。わたしに心当たりのないジャレッドさまには、話が届いていないだけなのかもしれないが――わたしこと、リリー・リュディガーはジャレッドさまの側室になりたいと願っている」

「はぁ!?」


 大声をあげたのはジャレッドだ。そんな話など耳にしたことがない。

 ――いや、待て。あるぞ。リリーのことではないが、いくつか側室への申し出があったことをオリヴィエとイェニーから聞いていた。だが、まさかリュディガー公爵家からあったとは。


 ――だからオリヴィエさまは、彼女を見て驚いたのか……。


 屋敷に秘書官を招いた日の婚約者の驚きようも、今となっては理解できた。


「すべてを偽っていたのは、ありのままのわたしを見てもらいたいからで、公爵家という肩書なくジャレッドさまと接してみたかったわがままでした」


 デニスが訳ありと言っていた理由もようやくわかった。そりゃ訳ありだ。どちらこと言えば、こちらが面倒をかけていたのだと思うと、後日謝ろうと決める。


「というわけだ、ジャレッド殿、エルネスタ・カイフ殿、わがまま娘が面倒をかけたな。だが、どうか許してやってほしい。俺も、娘かわいさに手を貸してしまったのだ」

「いえ、それは構わないんですが、ねえ?」

「はい。リリーさんにはお世話になりましたし、偽っていたと言われてもまだ出会ったばかりですから気にしないでください」


 偽りの名と経歴であったことを気にしないと言うと、リリーは目に見えて安心した表情を浮かべた。

 頃合いだと思ったのか、そこへリュディガー公爵が割って入った。


「さて、娘を受け入れてくれたこと感謝する。では、改めて自己紹介させてもらおう、俺は――フーゴ・リュディガーだ。ウェザード王国北部防衛を担っている。今回は、領土の危機に手を貸してくれること心から感謝するぞ」

「ジャレッド・マーフィーです。学生の身ではありますが、尽力させていただきます」

「エルネスタ・カイフです。王立魔術師団に身を置いております」

「頼もしい限りだ。さっそく戦場へ案内しよう――俺の兵たちも頑張ってはいるが、いかんせん魔術師が足りない。任命されていないとはいえ宮廷魔術師と王立魔術師団員の力に期待しているぞ」


 フーゴ・リュディガーは、武人めいたいかつい顔にどこか人懐っこさを浮かべながら、豪快に笑うのだった。



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