34.リュディガー公爵領 食人鬼退治1.
「お帰りなさいませ、フーゴ様! おおっ、リリー様までいらっしゃってくださいましたか! これで我らは百人力ですぞ!」
ムラスタの街に入ると、休憩をとっていた兵士たちがフーゴに気づき駆け寄ってくる。
「おうっ、留守にしてすまなかったな。娘も前線に送る、戦力として当てにしろ!」
一兵士であっても気易く返事をするリュディガー公爵と彼らの距離は近い。
仕える領主ではあるものの、ともに戦場を駆ける仲間としてお互いが認識してのだとわかる。
おそらくフーゴの人柄もあるのだろう。爵位や貴族という立場を気にせず、民を民として愛し、受け入れている。そんな彼だからこそ、部下と民に同じように愛されているのだ。
「悪いが、装備を整えたい。馬を頼む」
「はっ!」
兵士たちがフーゴをはじめジャレッドたちの馬に駆け寄ってくる。手をかり降りると、公爵に促されてひとつの建物に案内された。
「ここを武器武具の保管庫にさせてもらっている。ジャレッド殿は戦闘衣と……ナイフと短剣をもっているようだが、槍や長剣もあったほうがいいぞ。使えるなら弓と銃もある好きに使ってくれ」
「ありがとうございます。では、遠慮なく」
ジャレッドは回転式拳銃を手に取った。
「ほう、そっちにいったか。てっきり槍でも持つかとおもったが――ああ、魔術で槍を作るんだったな。羨ましい。俺には魔力はないからな、魔術も使ってみたいとは思うが、ないものねだりをしてもしかたがない」
「魔術なんて道具のようなものですよ。なければないなりになんとでもなります」
戦闘衣の上から皮ベルトを上半身に装備すると、銃を二丁左右に差す。
予備の弾丸も携帯しながら、なんてこともないように魔術を道具だと言ったジャレッドに、公爵は目を丸くしてから、豪快に笑った。
「はっ――ははははっ、魔術師が、それも宮廷魔術師になる男が、魔術を道具と言うのか? 気に入った。実に気に入ったぞ。リリーがお前の妻になりたいと言ったときには、正直面白くなかったが、俺の知る魔術師の誰とも違うお前を気に入った。ぜひ、側室に加えてやってくれ!」
「はぁ」
先ほどから返事に困ることを平然という方だと心底思う。
ここで迂闊に頷いてでもしてしまえば、リリーの側室が決まってしまう可能性がある。
ジャレッド自身、リリーのことをよくわかっていない。今回の一件を理由に、偽名を使って秘書官になった理由はわかったものの、本心をすべて明かされたわけではない。
オリヴィエという婚約者がいる以上、ジャレッドは「はい、わかりました」と彼女を受け入れることなどできないし、今はするつもりもない。
「お父さま、ジャレッドさまを困らせないでほしいな。ごめんなさい、お父さまはこういう人だからあまり気にしないで、話半分に流してくれると嬉しいかな」
――ごんっ、と鞘で父親の頭を殴ったリリーがフォローしてくれるも、公爵相手に話を聞き流すことなどできそうもない。
助けを求めるようにエルネスタに視線を向けると、手で口元を押え笑うのを堪えていた。
どうやら傍から見るとおもしろいらしい。
「今さらだけど、本当にリリーも戦うんだね?」
「もちろんだよ。食人鬼の群れは想定外だとしても、領主の娘として戦わないという選択肢はないよ」
「ジャレッド殿の秘書官になった以上、危険はつきものだ。なに、幼いころからお転婆で、俺も鍛えがいがあったから育ててやった。食人鬼程度で後れを取るような鍛え方はしていない。仮に死んでも自己責任だ」
最後の一言こそ、冷たくも聞こえるが、少し話せば彼がリリーを心から愛していることはすぐにわかる。親馬鹿とまではいうつもりはないが、娘の実力を信頼しているようだ。
問題は食人鬼ではなく、群れであることなのだが、公爵家の父娘はどちらも戦う気満々だ。
頼もしいが、少しだけ困りもする。
正直、共闘は苦手なジャレッドにとって、力量を知らない秘書官と戦場に立つのは怖い。
とはいえ、彼女は言葉通り引くつもりはないだろう。飾り気のない青を基調としたズボンタイプの戦闘衣に着替え、膝まである茶色い編み上げブーツ。軽量に作られた胸当てを装備し、長剣を腰に差す姿は戦い慣れしている人間のものだ。
無駄がなく、恐れることもしておらず、命を失うかもしれない戦場を前にしても変然としていられる度胸は場数を踏んでいると思われる。
「エルネスタさんも戦場に立つつもりですか?」
「もちろんです。ジャレッドさまとリリーさんが戦うというのに、私が戦わないはずがありません。これでも王立魔術師団員です。ご安心ください」
彼女もまた白い王立魔術師団の制服の上から、藍色のローブを羽織り、背丈ほどの杖を手にしていた。
オーソドックスな魔術師の姿だが、やはりリリー同様落ちついている。
魔術師団員は魔術師のエリートだ。彼女も言うまでもなく、戦闘経験は豊富だった。
「万が一の場合はジャレッドさまの邪魔にならないように状況を見極めますので、どうか信頼してください」
「……お願いします。でも、危険な真似はしないでくださいね。俺の秘書官だというのなら、それだけは約束してください」
「わかりました。お約束します」
無茶をしないと言ってくれただけで、とりあえずはよしとしよう。
リリーに関しても戦場に立つと決めている以上、彼女を見てくれると言っていたエルネスタを信じるしかない。いや、信じるべきだ。彼女は、ジャレッド自身が決めた秘書官なのだから。
「準備はいいか、ジャレッド殿?」
「はい。ところでこの街に住民は?」
「心配ない。女子供と年寄りは俺の屋敷がある街に避難させた。今、残っている領民は戦うことを選んだ勇者たちだ」
兵士だけではなく、領民までも領地に危機に立ち上がり戦うことは少ないわけではないが、例外なく領主一族が愛されている。
領民たちは主のために、なによりも自分たちの住まう場所を守るために戦うのだ。
「勇気ある人たちと一緒に戦えること、光栄です」
「同感だ。では、簡単な作戦ではあるが説明しておくぞ。今、前線にいる兵を引かせると同時に、俺たちが前線へと立つ。日が沈む前に、潰せるだけ食人鬼を潰し、できることなら全滅させたい」
「シンプルでいいですね。動きが鈍重な日中に片をつけましょう。悠長に夜まで長引かせる必要はありません」
「よく言った! ならば、征こうではないか! 今でこそ騎士団に属していないが、鍛錬だけは続けている。ジャレッド殿のような若く才に溢れた男とともに戦えること、光栄に思う!」
フーゴの勇ましい声に、身が引き締まる。
彼とともに外へでると、ジャレッドたちのことを紹介されて歓声があがる。
いずれ宮廷魔術師になる少年が戦闘に加わることに、リュディガー公爵領の兵士たちは歓迎してくれた。
彼らに応えるためにも、ジャレッドは少しでも早く食人鬼を倒そうと決意するのだった。




