4.オリヴィエとエミーリア2.
「ごめんなさい。話が脱線してしまったわね。今日は、あなたの答えがでたから聞きにきたというのに……」
「構いませんわ。ジャレッドさまに関することなら喜んでお話をお聞きしたいですもの」
「ありがとう。それで、エミーリア。わたくしたちと一緒に暮らす準備はできたかしら?」
「あの、その前にお聞きしたいのですが……お姉さまたちとお屋敷で暮らすこと、本当に構わないのですか?」
以前も聞いたことではあるが、レナに関するオリヴィエの本心を聞いた以上、自分も試されているのではないかと思わずにはいられないエミーリアだった。
「もちろんよ。むしろ、きてくれないと困るのよ。お母さまがあなたを娘として早く迎えたいと準備しているもの。それに、あなたもこの屋敷では生活しづらいでしょう?」
「はい、正直心地がいいとは言えません。トビアスお兄さま、コンラートとテレーゼさま、そしてお父さまが気をお使いになってくださいますけど、それさえ他のみなさまには快く思えないようです」
彼女の言う「他のみなさま」とは、他の側室とその子供たちだ。
ハンネローネを追いだし、側室でありながら正室のように振る舞っていたコルネリア・アルウェイ。しかし、すべての悪事が明らかになり罰を受けている。見せしめも含まれているため、これ幸いと短慮な行動を起こす側室も子供もいないが、代わりとばかりにエミーリアに対する風当たりは辛い。
すでに王立学園の通学を再開したとはいえ、食事などは部屋でとっているため接点がないと思われるも、わざわざ部屋の前に現れ嫌味を言う人間もいる。
護衛と見張りを兼ねた家人の目も冷たい。
エミーリアはそれを自分が受ける罰だと承知しているが、辛いものは辛いのだ。しかし、口にはしない。オリヴィエに伝えたように、心地がよくないと言うことが精いっぱいの抵抗でもあった。
「あなたとトビアスを快く思わない家族がいることは承知しているわ。だからこそわたくしたちと一緒に暮らしましょう。昔のように、姉妹として仲よくしたいのよ」
「お姉さま――ありがとうございます。では、お願いします」
瞳を潤ませ深く頭を下げる妹に、オリヴィエはほほ笑む。だが、その笑みを消し、顔を上げたエミーリアに問う。
「わたくしからも聞かせて。こちらの都合で屋敷にきなさいと言ってしまったけど、あなたこそ本当にいいのよね?」
言葉にはしなかったが姉の言いたいことはエミーリアに伝わっていた。
オリヴィエもエミーリアがジャレッドに想いを寄せていることを知っている。あくまでも家族として屋敷にくるように言ったが、一緒に生活することとなればジャレッドもいるのだ。
婚約者が二人もいる屋敷で一緒に生活することは、エミーリアにとって本家にいるよりも辛いのではないかと考えずにいられない。
「お気遣い感謝しますわ。ですが、大丈夫です。こんなことを言ってしまったらお姉さまはご不快になるかもしれませんが――ジャレッドさまとご一緒に過ごす時間が得られることが嬉しいのです」
「不快になど思うわけがないでしょう」
とはいえ、オリヴィエにはひとつの推測があった。父がエミーリアをジャレッドの側室か愛人に考えているかもしれない。確証こそないが、そうでなければ母が引き取りと願ったとはいえすんなり許可をだすと思えない。
単に考え過ぎかとも思いはする。母親のせいで立場を悪くした娘を守りたいと思ったゆえに信頼できる母に預けようとしているだけかもしれない。もしかすると母がエミーリアをジャレッドにと考えている可能性だってあるのだ。
真意を確かめようとしても素直に明かしてくれるとは思わず、もやもやしてしまう。
――でも、エミーリアの事情を考えると、しかたがないのかもしれないわね。
公爵家の令嬢であるエミーリアには婚約者こそいないが縁談の話は多数あった。他ならぬコルネリアによって、ふさわしくないと潰されていたが、今では縁談の話などすべてなかったことにされている。
確かにエミーリアも悪事に加担したが、度を越えていた母に気づきすぐに離反している。悪事らしい悪事など、それこそオリヴィエに対する悪い噂を流したことや、ジャレッドに生徒をけしかけた程度だ。
そのけしかけた生徒がジャレッドと戦い、変異し、死んだと思われたが行方を眩ませた――ということはオリヴィエもエミーリアも知らない。
「もちろん、ジャレッドさまのことだけではありませんわ。お姉さまと一緒に暮らしたいですし、イェニーさんとももっと仲よくなりたいですもの」
「そうね、そうよね。変なことを聞いてごめんなさい。わたくしたちはあなたを歓迎するわ」
「ありがとうございます。本当に、嬉しい、ですわ」
涙ぐむ妹と姉妹としてきちんとやり直せることを確信する。同時に、彼女の中ではジャレッドに対する想いはあっても叶わないものだと諦めているのだと察した。
オリヴィエはエミーリアが側室になることを、いいとも悪いとも答えをだすことはできない。ジャレッドの気持ちだってある。ただし、レナとエミーリアは違う。姉妹だから贔屓するのではなく、レナと違いエミーリアはジャレッドに恋し、自らの過ちを正した。何年も従姉妹いう立場に甘えていた女とは違うのだ。
「そうそう、前にジャレッドにも言ったことだけどわたくしたちの屋敷にはメイドのように家事を担ってくれる人はいないわよ。トレーネが率先していろいろしてくれているから甘えているけれど、できることは自分でやる。手伝うことがあれば手伝う。それがルールよ」
「わかりました」
今まで家人によって世話をされてきたエミーリアにとっては大変かもしれないが、現状では最低限のことしかしてもらっていないので、自立するいい機会のはずだ。
「あとね、すごく言いづらいのだけど――あなたも知っているヴァールトイフェルのプファイルとローザも一緒に暮らしているけど気にしないように?」
「え?」
「ジャレッドの師匠にあたるアルメイダさま、竜王国の王女の璃桜も屋敷で暮らしているけれど、そちらも気にしないでね。自分でも意外だけど、うまくやっているのよ」
「……えっと、その」
言葉を失くしているエミーリアを見て、これが普通の反応だと遠い目をするオリヴィエ。すでに母と自分の命を狙ってきた暗殺者たちとの生活に慣れてしまった。マイペースだが、屋敷の守り手であるアルメイダは母と親しいし、竜王国の家出中の王女璃桜にいたってはかわいい妹である。
「最後に、どうせわかってしまうと思うから今のうちに言っておくのだけれど、暗殺組織ヴァールトイフェルの長ワハシュは、ジャレッドの祖父にあたる方だから失礼のないようにね」
伝えるべきことを容赦なく伝え終えたオリヴィエは、本当に自分たちの屋敷は不思議空間になっていると改めて思った。だが、そんな屋敷の生活が嫌いではないのだ。
唖然としていたエミーリアが大きな悲鳴をあげるのは、そのすぐあとのことだった。




