『家路』
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遠く。鳥の鳴く声が聞こえた。
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「うわ、びっくりした!」
よく通る、大きな声。階下から聞こえた弟・陽夏の声に、閉じていた目を開く。
目覚めれば、そこは見慣れた自室。
遥かな蒼穹も、荘厳な王城もない。そんな当たり前の事に、大きな安堵と……ほんの微かな寂寥感を覚えながら、けれども今はそんな場合ではないと、すぐに思い直した星翠が、立ち上がり、部屋の扉を開け放つ。
転がる様に階段を降りて向かった先。玄関に転がる二つの影。
「抄帷ちゃん!花蕗君!」
二人の姿を見付けて、思わず叫んだその声に、二人の奥……扉を開いた先に立っていた陽夏がびくりと身を震わせた。
「うわ、またびっくりした!姉ちゃん、具合悪かったんじゃないの?」
「え?あー、えーと……治った、みたいな……?」
苦しい言い訳を口にしていたところ。やや遅れて、陽夏の後方からひょこりと母・月波が顔を覗かせる。
「あら、なになにどうしたの!二人とも、こんなところで!」
咎めるでも嗜めるでもなく。ただ本当に純然と、何がどうして娘の同級生が二人、我が家の玄関に転がっているのかがひたすら理解出来なかったのだろう。素っ頓狂な声をあげて、月波がおたおたとする。
そこまできて、ようやく。
「——転んだ」
「え」
「お邪魔しようとしたら、すっ転んだ。朝っぱらから、しょうもない様で、申し訳ないです」
言いつつ、よれよれと花蕗静が立ち上がった。
その顔には隠しようのない疲労がありありと浮かんでいた。
「——すみません、お騒がせしてしまって」
これに倣い、自らも立ち上がりながら……合掌抄帷もまた、疲れ果てた様子で謝罪の言葉を口にした。
同級生が自室の玄関で疲れ果てている。
それは確かに奇妙な光景だった。けれど、現実離れした異様かと問われれば、もちろんそんなことはない。
——全て、夢だったのではないだろうか。
思わず、そう考えずには居られない。それほどに、体験した幻想は現実離れしていたし、目の前の日常は途方も無く『現実』だった。
——けれど。
「……そんなダサいことある?」
「うるせー。こっちだって色々とあったんだよ……」
陽夏の辛辣な言葉に、静が力無く悪態を吐く。
「……色々って」
「…………寝不足とか、ドッグファイトとか、ラスボス戦とかな」
「……女王様や、黒い騎士とか。——ね」
二人が、星翠を見る。
疲労色濃く、消耗甚だしく。それでも二人は優しく、柔らかく……ほんの少しだけイタズラっぽく、笑う。
「——」
——胸が熱くなる。
過ごした日々が、その果ての超然が、遂に抱いた信念が。夢や幻の類でなかったのだと、二人の笑顔は証明していた。
幻想の中を歩んだ今日までが、それでもやはり現実だったのだと。仙波星翠は実感して——彼らと同じ笑顔を浮かべた。
「……え、なに?姉ちゃん怖いよ。マジで大丈夫?」
「失礼な。大丈夫だよ、大丈夫」
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一体、誰が信じるというのか。
抜ける様な蒼穹。
闇を駆ける漆黒の鎧。
可憐な純白の女王。
蒼雷を操る魔法使い。
名を失った、孤高の勇者。
気高き、境界の聖剣。
自らの内から零れ落ちた、荒唐無稽の幻想世界。
絶望の夜を、痛みに満ちた道のりを。
その果てに得た、かけがえの無いものを。
一体誰が、信じるというのだろうか。
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「二人とも随分くたびれてるわね。もしあれだったら食べてく?朝ごはん」
「お、マジすか。なんかすいません、飯目当てみたいに、なっちまって」
「え、違ったの?」
「ぶっ飛ばすぞテメー」
けれど、確かに残っている。
遠く夢見た蒼穹の景色も。色褪せることの無い幻想も。
それだけで、いい。
私の為に身を粉にしてくれた二人には頭が上がらないけれど。口が裂けたって、言っていい事じゃないとはわかっているけれど。
あの景色を忘れない。
現実を塗り替えた幻想の世界を、私は決して忘れない。
記憶の中に残るあの景色だけで——きっとこの先、私はずっと、自分に嘘を吐き続けられる。
私の価値を、私の意味を言い張り続けられる。
——あぁ、でもただ一つ。もしかしたら間違っているかもしれない事が、一つだけ。
「そいや陽夏。おもしれーネタが一つあんだけどよ、ことのついでに聞いてくか?都市伝説絡みの奴な」
「ええー……また超能力者みたいな話ですか?あれだって結局、眉唾だったじゃないですかー……」
「馬っ鹿テメー、今度のはもっとぶったまげな話だぜ。とびきり荒唐無稽で、ガタガタ震えちまう様な代物よ」
「あぁ、それなら私も知ってるよ。今一番、最新のお話なんだけどね——」
頭は上がらないけれど。
言ってはいけない事だけど。
彼女は——彼女達はきっと、こんな瑣末な私の思い悩みなんて、気にも留めないだろう。そんな常識的で退屈な『当たり前』で彼女達を語る事自体、きっと間違っている。
私はもう、知っている。
——————『仙波星翠は、実は魔法使いだった』
彼女達は、逆理と逆説なのだから。




