『蒼穹の汀、星翠の微睡』
白き光の柱と、赤き槍が激突する。
激しく交錯する軌跡。だが、その拮抗は束の間。
仙波星翠が歯を食いしばる。
顕現した幻想兵器の運用は、彼女の想定を遥かに上回る負荷をその身に強いていた。
暴走状態ではない、自覚的な『パラドクス』運用。
用いられるは本来存在しない能力。
女王デケムの圧倒性には遠く及ばない、稚拙な『天印』。——抑え込めない。
それでも退く訳にはいかない。
此処には私しかいない。後ろには守るべき友達がいる。
だから、ここで退く訳には、絶対にいかない。
独りでも。たった独りきりだとしても——!
———ぬはは!独りきりだなど!寂しい事を言うものではないぞ!———
「———っ、あ——」
ふと。聞いたことのない……とても懐かしい声を聞いた気がした。穏やかで、柔らかく——遠い昔から知っている、誰かの声を……確かに、一度だけ。
『天印』が破られる。
再展開は間に合わない。向けられた鋒は間も無く仙波星翠を貫き、この物語は幕を閉じるだろう。
迎え撃つ術のない、不可避の一撃。
仙波星翠の奥底にある、醜い感情の号哭。
『故に、迎撃可能である』
突風一陣吹き荒び。
握り締められた逆理の拳が、幻想の槍を撃ち落とす。
「——静!」
抄帷が叫ぶ。その声を聞いて——小さく一度だけ呼吸をして。
「二方揃って息災な様子でなによりだぜ——助けに来たぜ、仙波。待たせたかよ、抄帷」
逆理の徒、花蕗静が笑った。
たたらを踏み、黒鉄がよろめく。
その様子を見やって、静が一層笑みを深める。
「はっ。いきなり呼び出されたと思ったら、まーた随分パンクな事になってんじゃねーかよ。しつけー男は嫌われるって義務教育で習わなかったかよ、ファンタジー」
「——呼び出された?」
静の言葉に、抄帷が首を傾げる。
「あぁ。さっきまで件の森ん中ウロチョロしてたばっかりだったのが、急にヒョイっとな。アンタらの仕業じゃなかったのかよ」
「…………どうだろう、多分。そうかも?」
言葉を引き継いで、星翠もまた、自信なさげに首を傾げた。
「……なんだそら。大丈夫かよ、おい」
「だ、大丈夫大丈夫!それにほら、花蕗君も丁度良い……じゃなかった、凄く良いタイミング——って言うのも変だけど……だったから!」
「——人生観でも変わったかよ。朝とは別人みてーじゃねーか」
自信なさげなまま、自信満々に告げるという、珍妙な言い回しに、静は思わず吹き出した。
「けどま、なんだっていーさ。お元気そうで何より、ってとこだ——せっかく呼びつけられたんだ、何かリクエストはあるかよ、文学兎……ってもま、生憎こっちもお疲れ気味でな。そう長々何かが出来るって訳じゃねーけどよ」
言葉に、星翠が頷く。
「ほんのちょっとでいい。時間を稼いで。そしたら——」
「——そしたら?」
「——倒す。彼を、私が」
「——いいね、気に入ったぜ、大将。任せときな!」
静が構えを。
全出力を動員した『パラドクス』と共に、最後の幻想を迎え撃つ。
緩く突き出された両腕。
肩幅に開いた脚——重心は後ろに。
ベタ足ではなく、軽くつま先だけを地に付け、いつでも移動動作が行える様に。
——————
赤き槍が跳ぶ。
一点を目掛け、最短距離を駆ける最速刺突。
流星の如き一筋の光は視認すら困難。回避は勿論、迎え撃つなどもっての外。
で、あればこそ。その一撃は逆理の捕捉対象。
人外だろうと超能だろうと。制する間合いが手の届く範囲ならば、その戦場は花蕗静の支配下。
これまでの戦闘において常に、花蕗静に求められていたのは、打倒。眼前に立ち塞がる幻想を踏み越える事だった。その為の手練手管の限りを尽くし、リスクを請け負ってきた。
だが今、それら一切は必要無い。
求められているのは、時間稼ぎ。
ならば、何一つ問題にはならない。
防戦一方の負け戦ならば、花蕗静は正しく天下無敵。
加えて、眼前に立ち塞がるは意思なき抜け殻。
亡霊に、逆理は砕けない。
——————
星翠が頭上に向かって両腕を挙げる。
その両手は見えない何かを掴む様に軽く握られ、その両目は内なる記憶を辿る様に閉じられた。
——私は知ってる。
光が集う。
握られたのは虚空ではなく、確かに此処に在る幻想。
内から生まれ、外へと向かい、やがて還る物語。
嘘から生まれた、一振りの聖剣。
「『焼け落ちた空の明星。焼け焦げた夜の声明』」
醜い己の内から産み落とされたその幻想はけれど、醜いばかりではなかった。こんなにも美しい輝きをも放つと、少女は既に知っていた。
「『十六小渡る翁、八獄統べる八逆、七天貫く審判の楔』」
光は輪郭を。
非実在は実存の幻想としてここに顕現する。
「『夜の帳、静の先。捧げるは我が心、欲するは安寧の籠。暗澹照らす燦然を、契約の下、今こそ此処に示せ』」
立ち昇る光は天をも穿ち、尚高く。
最早巨大な恒星の如き輝きを放ち、尚強く。
「————っ」
不意に、体から力が抜ける。
荒唐無稽に次ぐ荒唐無稽。『パラドクス』による内的消耗。既に限界など超えている肉体が休息を求めてよろめく。
その背中を。合掌抄帷が力強く支えた。
振り返ればそこには、いつもの無表情。ただその瞳だけが真っ直ぐに、星翠を見つめていた。
——応えたい。
私の為にずっと闘ってくれた友に。
支え続けてくれていた、かけがえの無い二人に。
私を救ってくれた、私の愛した物語に。
——応えるんだ、私が‼︎‼︎
「『隔てるを払い、遮るを明ける。名を——」
——名を、汀の聖剣。
その光は、別離の灯火。
互いに離れ難く、けれども交じり合うことのない——それでも永く、共に歩み続ける現実と幻想を分つ、境界の楔。
——————
最後に見えたのは。
抜ける様な蒼穹だった。




