『戯言』
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「静さんは姉ちゃんの彼氏じゃないんですか?本当に?」
「おめーなぁ、母ちゃんの前でとんでもねー事聞くんじゃねーよ。んな訳あるかっつーの」
「……好みじゃないの?」
「アホ言ってんな。星翠さんにも選ぶ権利があるっつー話だよ」
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——どうしてこんな事に。
母・月波からの誘いを快諾した合掌抄帷と花蕗静は今、仙波一家と共にリビングで食卓を囲んでいた。
多少なりにも打ち解けて緊張も和らいだとはいえ、事態が異常である事に変わりはない。見慣れた景色の中に、見慣れぬ姿が紛れ込んでいる。ただそれだけの事実は、星翠の箸を重くするには十分すぎる要因だった。
部活帰りの弟・陽夏を加えた四人の団欒。
陽夏は初対面の静に対してあっという間に懐いてしまい、今や聞くにも堪えない恐ろしい質問を投げかけるに至る始末であった。
「んじゃ、合掌さんが彼女なの?」
突如矛先を向けられながらも、抄帷はまるで動じることなく、「私にも選ぶ権利があるので」と短く返すばかりであった。
「てめーその内泣かすからな……と、アホ抜かしてねーで飯を食え飯を。お前こんな海老チリ外で食おうと思ったら、大枚叩く羽目になんぞ。ゴリゴリ食え」
何とも辛辣な抄帷の言葉などはしかし、実際返した苦言の半分程も気に掛けていない様子で、静は陽夏の取り皿へと海老チリをよそってやった。そんな彼の姿を、頬に手を添えながらにこやかに、月波が見つめる。
「あら、嬉しい。お口に合ったかしら」
「ビビるほど美味ぇっす。本当に」
静の曲がりくねった褒め言葉を正しく受け止めて、月波が一層嬉しそうに笑みを深めた。
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「静さん、髪って自分で染めてるの?」
「ぁあ?いや、タメ歳に美容師見習いがいてよ、そいつんとこでやって貰ってんだ——絶対真似しようとか考えんじゃねーぞ」
「……中学生だから?」
「そらそーよ。後、ピアスも駄目だぞ。こんなもん、一時の自己満通り過ぎりゃ、先々不利に働く事しかねーんだからな」
「——本当に、どの口で言ってるの?あなたは」
陽夏に釘を刺す静をじとりと見つめながら、抄帷が苦言を呈する。これに静は、「てめぇを棚上げにしねーで教えられる物なんざねーんだよ。他所は他所、ウチはウチってな」などと、何とも無責任な物言いで返した。
その様子を可笑しそうに眺めていた月波が、抄帷に声を掛ける。
「静君は昔からこうなの?中学とか、小学生の頃から」
ぴくり、と。星翠が僅かに聞き耳を立てる。
『何でも屋まがい』などという奇怪な渾名で評される、合掌抄帷と花蕗静。その知名度とは裏腹に、彼女達の具体的な関係性を知る者はひどく少ない。少なくとも、星翠の周りの人間は誰一人。
故に、興味がない訳がなかった。彼女達の関係性やそのルーツに対しての好奇心は確かに存在していた。
だが。
「私は知らないですけど……どうなの?」
「頭も耳も高校上がってからだよ。中坊でこのナリしてたらやべー奴過ぎるだろ」
あっさりとしたその会話には、微かな違和感があった。その違和感に、最初に言及したのは陽夏だった。
「静さんと合掌さんって、中学別だったんですか?」
「あぁ。面突き合わせたのは高一の夏前だから……知り合ってから一年経ってねー位だな、確か。だよな?」
話を振られた抄帷が頷く。
「入学してからそれまでは面識なかったね。問題児がいるとは認知していたけれど」
「ほっとけ」
仙波一家が揃って驚いた様な表情を見せる。中でも、一際驚嘆の色が濃かったのは、誰あろう星翠だった。
彼らが——所謂男女の仲であるようにはとても見えなかった。だが、二人の間には確かに……ただの友人という間柄で片付けるのは憚られる、奇妙な信頼関係が見てとれた。故に彼女は、二人の関係性が長い年月に裏打ちされたものだと信じて疑わなかったのだ。
「それはちょっとびっくりしちゃった。てっきり、もう随分長い付き合いがあるのかと思ってたわ。だって二人とも、本当に仲がいいんだもの!」
朗らかな月波の言葉に、静達は顔を見合わせた。
「仲が……」
「……良い?」
二人それぞれに呟いてから、共に皮肉っぽい笑みを浮かべる。そしてそのまま各々、月波の言葉を否定した。
「きっと、お母様の想像されている様な友人関係ではないと思います。私達は」
「違いねー。こんなもん、腐れ縁とも呼べねー様な代物ですよ。奇縁である事は、まぁ間違いねーけどな」
——なにか。
自分にはとても立ち入れぬ、何かしらが二人の間に横たわっている。その事実を厳然と感じた星翠の胸中に去来したのは——先程感じたものに似た確かな羨望と……微かな疎外感だった。
周りに気付かれぬ様、星翠が頭を振る。
この感情は、ここには相応しくない。そんな漠然とした感覚から発せられた、それは確かに拒絶の動作だった。
そんな、星翠の見せた僅かばかりの葛藤を横目でちらりと見て。しかし何をか言及するでもなく、その視線はすぐに、隣に座る陽夏へと向けられた。
「ま、俺からすりゃ今の中坊がどんな感じに日々を謳歌してるかってのの方がよっぽど謎だけどな。陽夏、学校で何流行ってんだよ、今」
話題を逸らす意図が花蕗静にあったのかはわからない。だが幸いにも、この話題は陽夏の気を逸らすには十二分であったし、月波もそれ以上二人の間を探る様な真似をする事はなかった。
「えー、なんだろ。ゲームとか……あ、でもあれ流行ってますよ、今。『都市伝説』、とか」
静が僅か、目を見開く。
「都市伝説ぅ?またえらくニッチなモン流行ってんなぁ、大丈夫かよ中学生」
「都市伝説っていうのは、例えば学校の怪談みたいな?」
抄帷の疑念に、陽夏は「まさか」と首を振る。
「そこまで子供っぽいのじゃないですよ。今話題なのは鎖の怪人とか、話題になってるドッペルゲンガー——それに『明石真』、とか」
「……鎖の怪人、ねぇ」
静が頬杖を突きながら、苦々しい笑みを浮かべた。その複雑な表情の意味する所を察することが出来ず、陽夏が首を傾げる。
そんな陽夏に向けて、抄帷が口を開く。
何をか思いついたような——彼女にしては珍しい、悪戯っぽい微笑みだった。
「——都市伝説ならひとつ、私も知ってるよ。陽夏君」
「え、なになに⁉︎」
言葉が予想外だったのは陽夏だけでなく、静も同じくであったらしい。眉を顰め、視線を抄帷へと向ける。その視線が、見つめ返す視線とかち合う。
「——『花蕗静は超能力者』……っていうのはどう?」
「え」
陽夏と……加えて星翠も重ねて、驚きの声を挙げる。更に言えば、声こそ挙げなかったものの、その驚きは月波も同様に感じている様子であった。
場の視線が一斉に静へと向く。そんな只中にあって、特段の動揺や——不思議なことに否定の類をも口にしない静は、一瞬だけ不満げな目線を抄帷へと送るだけであった。
「——いやいや、いくらなんでもそんなの信じないですよ。そんな訳ないじゃないですか……ですよ、ね?静さん……?」
陽夏が笑いながら、否定を口にした。
言葉は間違いなく、その通りであった。
信じる信じないを論ずることすら馬鹿馬鹿しい、あまりにもふざけた絵空事、覆る事なき常理。
『故に』。
「——隠してて悪かったな、陽夏。実は俺ぁ、超能力者なんだよ」
からかう様な響きを多分に含んだその言葉に、はいそうですかと頷く者などいないだろう。静達より幼いとは言え、それは陽夏も例外では無かった。
「じゃあ、見せてくださいよ。超能力」
不満も顕なその顔に、こちらはひたすら愉快そうな静が応える。
「お生憎とな、俺の超能力はバッチバチの喧嘩向けでな。美味い飯が並んでるこんな只中じゃ、欠片も役にゃ立たねー代物なんだよ」
「……サイコキネシス、とか」
「いや?グーパン」
「へ?」
言いながら、静が左手で拳をつくり、それを陽夏の眼前へと差し出してみせる。
「俺の事を気に入らねーって奴が、殴るなら蹴るなりしてきたらよ、得物がなんであれ、全自動でコイツが撃ち落としちまうんだよ。ナイフでも銃弾でもな」
「……嘘くさー」
「だろ?俺もそう思うぜ」
「なんですかそれー。じゃあ結局なんだったんですか、この話」
肩の力の抜け切ったその姿に、釈然としないのか、口を尖らせる。そんな陽夏に、抄帷は柔らかく微笑んだ。
「都市伝説も、不可解も。思っているよりもずっと身近にあるかもしれないよってお話だよ。出会さないに越した事はないけれど、もしそんな不条理に陽夏君が出会すことがあったら——」
「……あったら?」
「——私達を頼ると良いよ」
その言葉が本当の意味で、何を伝えたかったのかはわからない。だが、最後の一言。その言葉の凛とした響きと強さには、正体のわからない説得力が伴っていた。
「——まぁ機会があればってやつだ。その内に一度位は拝ませてやるよ」
差し出していた左手を下ろしながら、静が嗤う。
傲慢不遜。
その笑顔は、見る者に余裕と圧を押し付ける——凶悪そのものであった。




