『遠く、古き王国の物語』
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「しかしまぁ、収穫ねーもんだな」
目線で星翠の許可を得てから、静がその場にどっかりと腰を降ろす。その表情には言葉ほどの落胆も、疲弊も見受けられなかった。その事実に若干胸を撫で下ろしながら、それでも星翠は謝罪の言葉を口にした。
「わ、わざわざ来てくれたのにごめん、なさい……」
そんな星翠の項垂れる姿を見て、静が何をか考え込む様な素振りを見せる。やがて、探りを入れるように、
「お嬢さん、もしかしなくても自己肯定感低い系?」
酷く乱暴に、核心を突いた。
「……いくらなんでもデリカシーなさすぎない?」
抄帷が、棘のある声色で嗜める。これに静は肩をすくめ、「別に悪いって話じゃなくてよ」と、さもなんでもないことの様に先を続ける。
「学校で話してたろ、文芸コンクールの件」
「印象的だった、って言ってたね」
「あぁ。俺は文芸どころか基本活字も漫画も、読む系のコンテンツってのはてんで駄目でな。興味もねーもんで、そういった代物を手掛けてる方らってのがどんな人種かってのは、皆目検討も付かなかったんだよ。ま、これは別に今もそうなんだけどな」
「……それで?」
「だからよ、そういった方らが表彰される場ってのは、そもそも割と興味あったんだよ。文芸だろうとスポーツだろうと、誰かに褒められる位の成果を挙げる同世代ってのがどんな面ぁしてんのかねー、ってな」
そこで一度言葉を切り、視線を上へ。その当時を思い返しながら、静が続ける。
「それが蓋開けてみりゃ、えらく自信なさげなひょろっこい女子が登壇するもんだからよ。口にする機会がなかっただけでな、内心はそりゃもうたまげたもんだぜ」
「……やはり悪口?」
「だっから、ちげーって……こーんな真面目そうでひょろっこい奴が、誰からも評価される結果を残すってとこまでに、一体どんだけ努力を積んだんだろーなー、ってな」
ぱっと視線を星翠へと向け、静はにやりと笑って見せた。
「要は〝すげー奴〟なんだな、って話だよ」
———危ない、と思った。
反射的に視線を下へ、表情を隠す為に俯いた。そんな姿が誤解を招いたのだろう、抄帷が非難めいた声を挙げた。
「……あなたの他人の褒め方は、とてもわかりにくい」
「ぁあ?めちゃくちゃどストレートだったじゃねーかよ」
伝わっている、と。言葉で伝える勇気の出ない歯痒さと申し訳無さとを同時に感じて、星翠は顔を上げることが出来なかった。
そもそもこの場は、そんな事を目的としたものではない。
目の前にいるのは、今日初めてまともに喋った赤の他人。
仙波星翠のこれまでなんてきっと、一つだって知らないし……恐らく興味もないだろう人。
そんな人の言葉に、勝手に救われた気分になってしまった自分自身が気恥ずかしく、申し訳なく。
「——静」
ジト目で見据えるその視線に溜息を吐きながら、「ま、ドッペルゲンガーの件はまた明日以降で良いだろ」と前置きをしてから、静は本棚を指差した。
「なぁ、仙波。あの本ってアレだよな、何年か前に海外で映画化して話題になったやつ」
変わった話題に、辛うじて平静を繕った表情で顔を上げた星翠が頷く。
「——ぁ、うん。『テサウル国物語』っていう、1950年代……すごく昔の、ファンタジー小説だよ」
「聞いたことある。すごく有名なお話だよね」
「うん。元は子供向けのお話なんだけど、昔から大好きで……今でも一番好きな本なんだ」
飾られた三冊のハードカバー本。その表紙を、まるで愛おしむ様に見つめながら語るその表情は、先程までの強張ったものとはまるで違う……柔らかく、どこか嬉しそうな笑顔だった。
抄帷と静が目を見合わせ、小さな笑みを浮かべ合う。
「なぁ、仙波。一個頼まれて欲しーんだけどよ。さっきもちらっと言ったし、まぁま、小っ恥ずかしい話なんだけどよ……俺はどーにも活字ってのがダメでよ。もし嫌じゃなかったら、どんな話か教えてもらえたりしねーか?」
「——えっと、それは——」
言葉の意味をすぐには飲み込めず、まるで助けを求める様に、星翠が抄帷を見る。そんな彼女に、抄帷は小さく微笑み、頷いてみせた。
「——っ」
星翠が、花の咲く様な笑顔を浮かべた。
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舞台は、古の大地。
巨大な王国とそれを守護する剣、闇を祓う魔術と天界の遣いが織りなす壮大な英雄譚。
「すごく簡単に言うと、祖国を支配された元王子が仲間を集めて悪い女王を打倒するー、っていうお話なの。主人公の〝名無し〟が故郷を追われるところから始まる物語なんだよ」
「〝名無し〟……って、それが名前なのか?えらく尖ったネーミングしやがるじゃねーか」
「祖国を奪われた主人公が国を取り戻す事を誓った時にね、再び王子として戻るまでは自分の名前を封印することにしたの」
「名前を……それは、なんで?」
「色んな評論があるけど……多分とても単純に、彼の覚悟の現れなんじゃないかなって、私は思ってるよ」
弱さと共に自らの名前を封じた王子は各地で仲間を集め、数多の種族と手を取り合い、遂に女王を打ち倒すための剣を手に入れる。
「その銘は『汀の聖剣』。かつて天界で造られ、魔界で鍛えられ、人の世に封じられた奇跡の一振り。天使を封じる力を宿した、世界唯一の儀礼剣。〝名無し〟はその聖剣を携え、女王デケムに挑むの」
「ぁあ?待て待て、その魔物みてーな名前の女王って悪者なんだよな?それ相手取るのに、なんで天使封じる剣がいるんだ?味方じゃねーのかよ、天使」
「『テサウル国物語』における天使っていうのは、現実の私達が思い描いているそれとは大分毛色が違って……契約を以て現世に顕現して、大いなる威光を齎す存在として描かれる——要は、すごく強い大魔術みたいな扱いなの」
天使の威光は天を裂き、地を焼き、世を薙ぎ払う。
人を含めたあらゆる種族に、天使を打ち倒す術などない。
ただ一つ、『汀の聖剣』を除いて。
「顕現せし大天使を封じ、遂に女王デケムを打倒した〝名無し〟はようやく自らの名と平穏、そして祖国を取り戻す——と、これが『テサウル国物語』の大まかなストーリーだよ」
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「なんつーか……ロープレみてーな話だな」
「酷い感想」
静の安直な感想と、それに向けられた抄帷の至極尤もなツッコミに、星翠は口元に手を添えながら小さく笑った。
「私はあまりやらないけど、いわゆるファンタジー系RPGゲームの設定の源流になってる、なんて話は昔から言われているから、花蕗君がそう感じるのは変じゃないと思うよ」
「ほーら、やっぱそうじゃねーかよ。謝れよてめー」
「…………それにしても『汀の聖剣』というのも、どこか不思議な響きの言葉だね」
「無視かよ」
「多分元ネタはアーサー王伝説の『湖の聖剣』なんだけど……テサウル国北端の『シス湖』の波打ち際——汀に突き立てられたまま封印されていたことからその名で呼ばれていた剣なの」
「伝説って感じでかっけーな」
「やはり酷い感想」
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『テサウル国物語』についての話は、三人が思っていた以上に盛り上がった。解説をする星翠、それに対して都度疑問質問を投げ掛ける静。それに対してツッコミを入れた後、また新たな質問をする抄帷。途切れる事なく交わされる会話に、星翠の緊張はいつの間にかすっかり解きほぐされていた。
そんな時間が一時間程過ぎた頃、ノックの音と共に母・月波が部屋を訪ねてきた。
「抄帷ちゃん、静くん。突然の話であれなんだけど、今日のご夕飯って何かしら?」
言葉通りの唐突な質問に、先に答えたのは抄帷だった。
「仕事都合で両親の帰宅が遅いので、コンビニか何かで済ます予定でした」
続けて静もこれに倣う。
「俺も似た様なもんすね。酢豚ぁ食い損ねたんで、なんか中華屋にでも行こうかと」
「……一生中華しか食べないね、あなた」
「ほっとけ」
「あら、中華好きなの?静君」
「はい。選べるんなら中華ばっかすね」
間の抜けた会話に再び割って入った月波が、嬉しそうな笑顔を二人に向ける。
「今日晩ご飯海老チリなんだけど、海老を少し多く買っちゃってね。もしよかったら晩ご飯、ご一緒にどうかなって。勿論、ご両親の許可と、夕飯のご予定とが問題なければだけど」




