↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドッペルライアー・ファンタズム  作者: ほたて
『蒼穹の汀、星翠の微睡』
59/64

『餞』

——————


 純白を身に纏った清廉な女王が、光となって解けて消える。創作物ではありきたりなその最期はけれども、息を呑む程美しかった。


 天へと向かって緩やかに消えていくその名残を見送りながら。短くも長かった旅の終わりを知り、合掌抄帷はようやく肩の力を抜いた。

 崩れそうになったその背中を、仙波星翠が駆け寄って支える。

「抄帷ちゃん、大丈夫!怪我はない⁉︎」

 慌てふためくその姿を、惚けた様子で暫し眺めた後。

 抄帷が吹き出し、その後わざとらしく頬を膨らませた。

「実はこう見えても、結構大変な思いをしてここまで来たんだ。私の台詞を奪わないでよ」

 

 少しだけ驚いて、目を丸くして。

「——仙波さんが無事で、本当に良かった」

照れ臭そうに顔を赤らめながら、星翠は控え目に笑った。


 キン、と。『汀』を鞘へと収める音に、星翠が顔を上げる。

「君にこの言葉を伝えられる日が来るなど、思ってもみなかったな——はじめまして、ホシミ。そして、ようやく逢えたな」


 穏やかに優しく。まるで昔からの友人との再会を喜ぶ様に。表情そのままの柔らかな声と言葉で、『名無し』は静かに想いを伝える。それを受け取った星翠もまた、どこまでも穏やかに——けれども隠しきれない喜びに口元を綻ばせながら応える。


「うん。私もずっと、ずっと逢いたかった。逢えるだなんて、考えたこともなかった」


 多くの言葉は、この期において必要ではなかった。

 仙波星翠の心の一欠片。

 それを胸に宿した、愛された幻想。

 思考の全てが読み解ける訳でも、行動の全てを知っている訳でもなく。それでも、彼女が彼に託した想いが何だったのかと問われれば、これは本当にもう、今更言葉で説明するまでもなかった。


 故に言葉は素朴で、ありふれた。

 けれども、何にも代え難いたった一言。


「——ありがとう。私の友達を……私を守ってくれて」


 その一言。それ以外には無かった。


 ——————


「仙波さん、そろそろ——」

 心苦しさを押し殺して、抄帷が告げる。それは、避けられぬ別れの合図。

「うん——」

 星翠もただ、小さく頷いた。


 今日まで自らを苛んできた、幻想の魔手。

 けれどもそれは、起きた出来事の一側面でしかない。

 夢にまで見た。夢に描いた物語が、自らを救うべくその剣を、魔法を振るってくれた。今や、〝かけがえの無い〟と、臆面もなく言い表せる現実の友人達と共に。

 それを嬉しいと思うのは、きっと正しくはないだろう。

 けれども。それでも。今この瞬間、出逢う筈の無かった羨望と、同じ世界で巡り逢えたこの事実を。決して忘れることはない——忘れることなど出来ないだろうと、星翠は強く思った。


 だが。何にだって終わりがある。

 始まった物語は終わらせなければならない。

 開いた本を仕舞うなら、閉じなければならない。

 今こうしている間にも、その身を賭して戦ってくれているだろうもう一人の友人の為にも、のんびりしている時間はなかった。


「『パラドクス』の解除は出来そう?」

「うん。さっきまではわからなかったけど……今なら大丈夫。出来るよ」


 失われていた『パラドクス』に対する自覚を取り戻した仙波星翠の内側には、自らの異能——その機能の全容が既に刻まれていた。

 能力は既に少女の管理下に戻り。故に、構築された世界の解体は、最早容易であった。


「——それじゃあ、いくね」

 僅かな緊張に震える声で……それでも、誰に促される事もなく、星翠は自ら終わりの合図を口にした。


 瞬間。

 世界が淡い光と共に、その輪郭を溶かし始めた。

 伴って、ボロ布を纏った過客——物語の主人公、『名無し』の姿も、緩やかな光へと還元されていく。


 去り行くその姿に声を掛けたのは、抄帷だった。


「何度も助けてもらって——本当にありがとう。貴方の勇気を、私は決して忘れない」

 感謝の言葉に、『名無し』は力強く頷く。

「こちらこそ、ありがとう。私達の不義理に、君達は最後まで誠意で応え続けてくれた。今、此処にいる私は君を——君達を決して忘れないと誓おう」


 それから、その目が星翠へと向けられる。


「私は貴女の心の一片だ。トバリが私の行動に感じてくれた勇気は、貴女の中に既に、確かにあるものだ。それをどうか、忘れないで欲しい。だから、どうか——」


 その言葉の続きを、星翠は首を振って遮った。

 そして。控え目ながら——けれども確かに、大きな強さを含んだ笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよ。私はもう、大丈夫。だから、心配しないで——ソムヌス」


 ハッとした様に驚きの表情を見せた後。『名無し』——ソムヌス王子は、楽しそうに吹き出した。


「そうだった。貴女は私の創造主だったものな——あぁ勿論。何も心配などしていないよ、ホシミ」


 それが、最期。

 美しくも儚く。寂しげに——けれども確かな温もりを遺して。幻想の勇者は今一度、物語の世界へと還っていった。


 ——————


「……そういえばこれ、静が別行動なんだけど、今『パラドクス』解除されたらどうなるの?」

「え?」

「え」

「えぇー……っと……」

「……え、ごめん。あんな良い話の後に聞きにくいんだけど……本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫!この世界も、元は私の家の中だから!解いたら元の部屋に——」

「…………」

「戻る——筈」

「………………信じよう」

「抄帷ちゃん、信じてる顔してないけど……」


 ——————


 光が徐々にその輝きを増していく。

 今や大部分の輪郭を失った、白い世界の中、戦々恐々とする少女二人。その眼前で———




突如。世界に亀裂が走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。