『餞』
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純白を身に纏った清廉な女王が、光となって解けて消える。創作物ではありきたりなその最期はけれども、息を呑む程美しかった。
天へと向かって緩やかに消えていくその名残を見送りながら。短くも長かった旅の終わりを知り、合掌抄帷はようやく肩の力を抜いた。
崩れそうになったその背中を、仙波星翠が駆け寄って支える。
「抄帷ちゃん、大丈夫!怪我はない⁉︎」
慌てふためくその姿を、惚けた様子で暫し眺めた後。
抄帷が吹き出し、その後わざとらしく頬を膨らませた。
「実はこう見えても、結構大変な思いをしてここまで来たんだ。私の台詞を奪わないでよ」
少しだけ驚いて、目を丸くして。
「——仙波さんが無事で、本当に良かった」
照れ臭そうに顔を赤らめながら、星翠は控え目に笑った。
キン、と。『汀』を鞘へと収める音に、星翠が顔を上げる。
「君にこの言葉を伝えられる日が来るなど、思ってもみなかったな——はじめまして、ホシミ。そして、ようやく逢えたな」
穏やかに優しく。まるで昔からの友人との再会を喜ぶ様に。表情そのままの柔らかな声と言葉で、『名無し』は静かに想いを伝える。それを受け取った星翠もまた、どこまでも穏やかに——けれども隠しきれない喜びに口元を綻ばせながら応える。
「うん。私もずっと、ずっと逢いたかった。逢えるだなんて、考えたこともなかった」
多くの言葉は、この期において必要ではなかった。
仙波星翠の心の一欠片。
それを胸に宿した、愛された幻想。
思考の全てが読み解ける訳でも、行動の全てを知っている訳でもなく。それでも、彼女が彼に託した想いが何だったのかと問われれば、これは本当にもう、今更言葉で説明するまでもなかった。
故に言葉は素朴で、ありふれた。
けれども、何にも代え難いたった一言。
「——ありがとう。私の友達を……私を守ってくれて」
その一言。それ以外には無かった。
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「仙波さん、そろそろ——」
心苦しさを押し殺して、抄帷が告げる。それは、避けられぬ別れの合図。
「うん——」
星翠もただ、小さく頷いた。
今日まで自らを苛んできた、幻想の魔手。
けれどもそれは、起きた出来事の一側面でしかない。
夢にまで見た。夢に描いた物語が、自らを救うべくその剣を、魔法を振るってくれた。今や、〝かけがえの無い〟と、臆面もなく言い表せる現実の友人達と共に。
それを嬉しいと思うのは、きっと正しくはないだろう。
けれども。それでも。今この瞬間、出逢う筈の無かった羨望と、同じ世界で巡り逢えたこの事実を。決して忘れることはない——忘れることなど出来ないだろうと、星翠は強く思った。
だが。何にだって終わりがある。
始まった物語は終わらせなければならない。
開いた本を仕舞うなら、閉じなければならない。
今こうしている間にも、その身を賭して戦ってくれているだろうもう一人の友人の為にも、のんびりしている時間はなかった。
「『パラドクス』の解除は出来そう?」
「うん。さっきまではわからなかったけど……今なら大丈夫。出来るよ」
失われていた『パラドクス』に対する自覚を取り戻した仙波星翠の内側には、自らの異能——その機能の全容が既に刻まれていた。
能力は既に少女の管理下に戻り。故に、構築された世界の解体は、最早容易であった。
「——それじゃあ、いくね」
僅かな緊張に震える声で……それでも、誰に促される事もなく、星翠は自ら終わりの合図を口にした。
瞬間。
世界が淡い光と共に、その輪郭を溶かし始めた。
伴って、ボロ布を纏った過客——物語の主人公、『名無し』の姿も、緩やかな光へと還元されていく。
去り行くその姿に声を掛けたのは、抄帷だった。
「何度も助けてもらって——本当にありがとう。貴方の勇気を、私は決して忘れない」
感謝の言葉に、『名無し』は力強く頷く。
「こちらこそ、ありがとう。私達の不義理に、君達は最後まで誠意で応え続けてくれた。今、此処にいる私は君を——君達を決して忘れないと誓おう」
それから、その目が星翠へと向けられる。
「私は貴女の心の一片だ。トバリが私の行動に感じてくれた勇気は、貴女の中に既に、確かにあるものだ。それをどうか、忘れないで欲しい。だから、どうか——」
その言葉の続きを、星翠は首を振って遮った。
そして。控え目ながら——けれども確かに、大きな強さを含んだ笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ。私はもう、大丈夫。だから、心配しないで——ソムヌス」
ハッとした様に驚きの表情を見せた後。『名無し』——ソムヌス王子は、楽しそうに吹き出した。
「そうだった。貴女は私の創造主だったものな——あぁ勿論。何も心配などしていないよ、ホシミ」
それが、最期。
美しくも儚く。寂しげに——けれども確かな温もりを遺して。幻想の勇者は今一度、物語の世界へと還っていった。
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「……そういえばこれ、静が別行動なんだけど、今『パラドクス』解除されたらどうなるの?」
「え?」
「え」
「えぇー……っと……」
「……え、ごめん。あんな良い話の後に聞きにくいんだけど……本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫!この世界も、元は私の家の中だから!解いたら元の部屋に——」
「…………」
「戻る——筈」
「………………信じよう」
「抄帷ちゃん、信じてる顔してないけど……」
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光が徐々にその輝きを増していく。
今や大部分の輪郭を失った、白い世界の中、戦々恐々とする少女二人。その眼前で———
突如。世界に亀裂が走った。




