『汀の聖剣』
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女王デケムの背後——玉座が崩壊する。
その場に居合わせた全員の視線が、破壊の方へと向けられる。その眼前に、少女の姿が。
顕現し、姿を現したのは始まりの少女。
幻想を現実に、世界を塗り替える逆説の異能を持つ——何者でもないただ一人の少女。
閉じられていたその双眸が開く。
これまでずっと。
少女の顔に浮かべられていた自信のない、所在無さげな表情は最早ない。穏やかなまま——しかして確かに決然と、仙波星翠はようやく、自らの生み出した世界に降り立った。
「——それこそは、だからなんだという話——!」
女王デケムが腕を振る。
目覚めた創造主——仙波星翠を惨殺するために、紅き極光が飛ぶ。
だが、届かない。詠唱は、既に完了していた。
放たれた〝天印〟。その全てを撃ち落とすは光の奔流。
撃ち放たれた『無銘の汀』……出力された斬撃が星翠とデケムを隔てる壁となる。
「——いらない事を——!」
デケムが腕を振り、〝天印〟の再展開を実行しようとした刹那。その手首を掴んだのは、合掌抄帷。
女王デケムは戦士ではない。剣士でも、百戦錬磨の兵でもない。圧倒的な異能を支配下に置くだけの——戦闘においては本来素人同然の存在。驚愕や驚嘆を理由に、その動作が後れを取ることは、半ば必然であった。
数多の戦場を潜り抜けてきた幻想の剣士は、蓄積されたその経験から。そして、デケムと同じく戦士ではないながら、——常に絶望の一瞬ばかりを踏み越えてきた少女はその矜持から。踏み出したその一歩……ただそれだけが、幻想の君臨者を凌駕する。
「この——!」
合掌抄帷の双眸が、女王デケムを見据える。
——負けるわけにはいかない。
そもそも無能力。仙波星翠への呼び掛けを完遂した今、この場において合掌抄帷が何をか為せる可能性の種火が残されているとすれば、この瞬間を除いて他にはあり得ない。それは女王だけでなく、『名無し』にとっても——無論抄帷自身にとっても当然の共通認識。
ならば、出来る。
矢継ぎ早に訪れた想定外、鈍り切った判断のその間隙を縫ったこの一合は、必ず通る。必ず、通す。
無力を嘆いた。無能を悲嘆した。それでも立ち止まることだけはなく、瑣末な努力を続けてきた。積み上げてきたこれまでは、たった一瞬の為に。今、この瞬間の為に。
——負けるわけが、ない。
掴んだ手首を捻り上げる。
幻想の頂点、逆理の君臨者。さりとてその肉体構造は人間と同一。
激痛により顔を歪めながら、デケムが体勢を崩す。バランスを失ったその懐に自らの身を滑り込ませ、旋回運動を加えて尚捻りを強める。
女王の両脚がふわりと浮かぶ。
接地を失った体躯はいとも容易く、背面から地面に叩きつけられた。
合気。少女の四方投げが遂に、屹立する女王の背中に土を付けた。
「——っは、ぁ」
自重と重力落下。武の心得などある由もない、受け身も満足にとれぬまま打ち付けられた女王が苦悶にその顔を歪める。
「——伽藍堂が、無礼な——!」
極光が抄帷を包囲する。
一撃でも貫通すれば絶命は免れない、天上兵器。少女を取り囲む様に展開された紅き光の凶刃。
脅しなどではない、突き付けられたのは一秒先の避けられぬ、死。
ただし相手は合掌抄帷。無能と無力を承知で、それでも死地へと降り立った破綻者。ならば、退かない。たった一度きりの勝利へのか細い道を、自ら手放すなどはあり得ない。
それを、『名無し』は信じた。
知らずとも、聞かずとも。彼女が最期まで戦う事を止めはしないだろうと、信じていた。
故に剣は間に合った。
限られた時間の中、限定的な詠唱に伴い威力は目減りしながらも。それでも放たれた『汀』の一撃は正確に、抄帷を包囲していた〝天印〟を打ち砕いた。
「——つまらない話!それで、これからどうするつもりかしら!」
発動直後、次手の詠唱が間に合わぬ『汀』。
体を制しながら、その先を持ち得ない少女。
生まれた一瞬の均衡は、程なく崩壊する。その暇を以て放たれる次の一手よりも、〝天印〟の再発動の方が速い。
それでも、それで十分。
既に用意されていた行動を、無抵抗なその身にぶつけるには、十二分な一瞬。
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駆け出したのは本物の弱者。
逆説の異能とも、超然の幻想とも程遠い、未だ何者でもない一人の人間。
誰にも誇れる何かがあった訳ではなかった。
だとすればきっと、その身に何かしらの価値や意味を見出すことこそは愚か。そんなもの、探したから見つかる様な代物ではきっとない。
故にその手に握られた幻想——本来存在し得ない、もう一振りの聖剣もまた、彼女の価値にはなり得ない。その一振りを手にしている事に、きっと意味はない。
それは、楔。
現実と幻想。
異能と超能。
自分と、世界。
それら全てが決して相容れないと認める為の、ささやかな指標。どれだけ望もうと届くことがないと突き付ける、ただ一つの証。
自ら選び、自ら突き立てる。ならば、そこに意味がある。
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仙波星翠の手に握られた、『汀の聖剣』。
その鋒が女王デケムを貫いた。




