『再演』
「——別れの挨拶は済んだか」
轟音の名残霞む、束の間の静寂を踏み抜いて、荘厳な声が響く。
立ちはだかるは破碌の騎士。
純白の女王と双璧を成す、幻想世界の頂点。
「お気遣い結構だ。……ソイツぁ後程ゆっくり交わさせて頂くからよ」
迎え撃つは逆理の少年。そして、古よりの賢人——〝雷霆〟の魔法使い。
「てめーんトコの女王様に引っ掻き回されっぱなしだったからな。あの夜の喧嘩の続きで——そんで、これで〆だ」
「この期に及んで未だそんな戯言を口にするか、異界の少年。あの夜とは事情も変わった——万に一つの奇跡も無いと心得よ」
「はっ、今更お目こぼしなんざ欲しがるかよ——とは言え力の差は天地程だ。二体一は大目に見ろよ」
「——好きにすると良い」
——紅き大槍、『破碌の大葬』。
隣国の城砦を一夜にして瓦礫の山へと変えた、魔道兵器。
幻想世界『テサウル』における、〝天使〟に次ぐ超然。呼んでその名を『城砦穿ち』。万象を貫き打ち砕く、軍神マールス最強の矛。
「応よ、そうさせて貰うぜ」
——『パラドクス』。
敵意と悪意、それらを伴う全ての物理、魔術干渉を無力・無効化する超能。逆理を以て現実を塗り替える、逆説の異能。覆る事なき世界を覆す、弱者の盾。
両手は広げられ、前方へ。
軽く広げられた両脚。体は僅かに斜構え、重心は前足。
「その芸達者振りも見納めかと思うと、名残惜しくもなるものだな」
「抜かせよイミテーション。馬鹿の一つ覚えで得物振り回すだけなら園児でも出来らぁ」
双方一歩も退かず。
その沈黙を引き裂いたのは——声。
「『晴れては空、巡るは星』!」
振り上げられた『大葬』、その鋒は眼前の少年では無く、自らの足元へ。抉ったその地点から、洪水の様に赤黒い霧が四方に向けて広がる。
だが、それら霧の濁流が花蕗静へと到達することはなかった。
「——んだありゃ⁉︎」
遥か上空。常闇の森を眼下に臨む蒼穹の内に、花蕗静の姿はあった。
景色の移り変わる一瞬前、叫び放たれた詩の様な詠唱。自身の現状が〝雷霆〟の魔法使いによるものであることは即座に理解出来た。故に、疑念は自らの置かれた状況ではなく、眼下広がる異様な光景。
赤潮が海原を染め上げる様に。噴出した霧はたちどころ、森の只中——その一角を真紅に塗り潰した。
霧に呑まれ、木々は軒並み倒壊していく。
「『大葬』の魔導兵器としての能力だ!——本当に、いらん事をしてくれたの!」
言われ静が振り返れば、そこにラキエスの姿があった。
「よぉ、流石だぜ魔法使い——とは言えそんな邪険にすんなよ、こちとら柄にも無く肩肘張って戻って来たんだからよ」
「それがいらんことだと言うのだ!ホシミはどうする気だ!」
「あっちにゃ抄帷を置いて来た。アイツが居れば……ま、なんとかしやがんだろ。お宅の勇者様も居るしな。お陰でこっちは意地っ張りの助太刀が出来てんだ、足も向けらんねーぜ」
「こんの、アホなことばかりを——!私が何の為に——」
「——使うなよ、切り札」
空中に留まったまま、静ははっきりと言い切った。
言葉の意味を汲み取れず——否、汲み取れたからこそ、ラキエスは二の句を継ぐことが出来ず、困惑を示した。
「アンタの虎の子が、アンタ自身とトレードってのはもう分かってる。アンタ自身が知る由はねーけどよ……実際アンタらの〝原典〟じゃ、その策が採用されたって話だ」
「……それが、だから」
「けどココはテメーの元居た世界じゃねぇ。そんなカスみてーな既定路線、クソ喰らえってやつだ」
少年の言葉に、正しさなどなかった。
彼らの本来の目的——仙波星翠救出は、既に彼らだけの問題ではない。救出の失敗——デケム達の目的達成はそのまま、少年少女の住まう現実世界の崩壊を意味する。
勝ち目は無い。
他の選択肢もやはり、無い。
「だからって——私なんかを助けに来てどうするのだ!」
幻想以下の、紛い物。
虚構以前の、非実存。
命未満の、感情の澱。
そんなモノを助ける、救う、守る事に意味など——合理など、ある筈もなく。
「アンタだから助けに来た‼︎‼︎」
故に。言葉には偽らざる本心以外、もう何も残ってなどいなかった。
「アンタはやらせねーし、俺も生き残る。『名無し』は抄帷を守り通すし、アイツは仙波を救い出す!だから——……」
合理はない。常理でもない。必要はなかったし、必然などは尚の事。それでも。
「——アンタが必要だ。力を貸してくれ、ラキエス」
——応えたいと、確かに思った。
目の前の——無知で無力な少年の言葉に。その心に。
紛い物でいい。
非実存で構わない。
感情の澱というなら、望むところだ。
——————
地上を埋め尽くしていた濃霧が収束し、巨大な鋒と化して上空を目指す。
狙うは未だ空中に留まる死に体の魔法使いと、脆弱な少年。
だが、届かない。
雷鳴が轟く。
放たれた蒼き雷は、地上より迫り来る霧の槍を撃ち抜き、粉砕した。
文字通り霧散する自らの超然の先——幻想の騎士は、見た。
共に眼光鋭く。
等しく口角を上げる。
古の大国にその名を轟かせる最優の魔法使いと、不撓不屈を携えた反逆の逆理——その姿を。




