『望遠のパラドクス』
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言わずにいた。
否。言えずにいた。
少年少女が守ろうと足掻き、傷付き、挑み掛かっていた現実。それらが全て当人の内側——仙波星翠の心の澱によって成された自作自演であったと。
空想の勇者も。幻想の魔法使いも。その事実だけはどうしても、口にする事が出来なかった。
「無論、女王達の思想……その全てがセンバホシミ単一のものではない。解釈を以て生み出された私達の記憶、感情……彼女によって観測された私達の内面も当然、多分に影響している。だから——」
どうか、センバホシミを憎まないで欲しいなどと。一体、どの面を下げて、どの口で言えばいいというのか。
死の間際まで追い込まれた。
実際、あと一歩で死んでいた。
そしてまた、この先を行くと言うならば、その危険は更に深く、色濃く付き纏い続ける。
花蕗静と合掌抄帷。
彼らからすれば正に、仙波星翠こそが諸悪の根源。
「——俺らをぶっ殺そうとしてた女王様が先ず居やがって……要はじゃあ、俺らがおめおめぶっ殺されるのが忍びねーなぁって感情からアンタらが生まれたって話かよ」
「——その通りだ」
産み落とされた理由はたった一つ。
花蕗静と合掌抄帷を守る事。
彼等が救おうと足掻き、傷付き続ける事への後ろ暗さと罪悪感こそが源泉。それは確かに、余りにも虫のいいマッチポンプだった。
「——矛盾するようにしか聞こえないと思うが、この事実を伝えないと決めたのは私とラキエスの意思だ。センバホシミそのものの選択ではない」
「じゃ、なんで今更そいつを俺らに伝えた?黙ってりゃ捲れねー話をわざわざ、今。このタイミングで持ち出してきたのはどーいう意図だよ」
「——君達を、友と呼んだからだ」
静と抄帷。
現実からの来訪者——創造主の友人・知人。
前提にあったのはただそれだけ。感情に含まれていた彼らの人となりはけれど、目的の為には蔑ろにするべきだと。
ほんの僅かな前までは確かに、そう思っていた。
筈だった。
「私達はセンバホシミを助けたい。その為に君達を利用しようとした……許される事ではない。だからこそ今、真実を伝え、君達を現実世界に送り届ける。私の目的が変わった……だから、伝えた」
この少年少女達を死なせるわけには、いかない。
彼らの善意を騙す形で利用し続ける事だけは、避けたい。
それが、奥深く眠るセンバホシミの意思なのか。それとも、贋造物たる自らの揺らぎのようなものなのかも分からないまま、それでも。
「君達は、君達の目的の為に私達が力を貸したと言ったが——逆だ。私達が、センバホシミを救う為に、君達を利用しようとした。繰り返すが、許される事ではない。ないが、それでも……すまなかった」
無論、最初から死なせる気など毛頭なかった。
その為ならば、自身らの身に宿る偽りの命などいくらでも投げ打つ覚悟はあった。それでも、偽った現実は消えない。
贖罪か、悔恨か。
どちら付かずのまま吐き出された現実の真実を聞かされて。
「——なんだよ、やっぱすげー奴だったんじゃねーか」
「だね。足は向けられないな……向けた事ないけど」
場違いな程、朗らかに笑った。
「ったく、どの口であーんななよなよ自信無さ気な面が出来るってんだかな。事が済んだら問いただしといてくれや」
「了解——それで、方針はソレで良いんだよね?」
「応よ……退けなくなったー、なんてのは趣味じゃねーからな。俄然やる気ぃ出てきたってところだ」
余りにも普通に。余りにも何でもないように。
顔を上げた二人の、迷いの一片も含まない表情に、『名無し』は初めて、明確な驚愕を示した。
目を丸くする幻想の勇者に向けて、少年が笑う。
「いきなり胸倉掴んで悪かったな……ま、そっちはそっちで後ろ暗さあったみてーだし、これでチャラってことにしといてくれよ」
「——君達は、怒らないのか?」
「ぁあ?怒ってるに決まってんだろ。ガキの癇癪みてーな代物で、こちとら大怪我しかねねーとこまで追い込まれてんだからよ……けどな、そんだけだ」
悪性の起源はわからない。
仙波星翠の抱えるいかなる闇が、女王や黒騎士の姿を模したのかはわからない。
だが。それらは本来、彼女の内で完結していた筈の感情であり、その責任を彼女に求める気など、静にも抄帷にもありはしなかった。
「『パラドクス』なんて望んでもねー超能力さえ身に付かなきゃ、アイツは今でも誰も傷付けることもなく、思い悩んではぐったりしながら日常を生きてるばっかりだったろーよ。だからまぁ、そーな……怒っちゃいるが、別にアイツのせいじゃねーし、アイツに対してじゃねーよ」
「それに仙波さんはずっと戦ってくれてた。制御不能……どころかその存在すら自覚出来ていない能力を使って、あなた達を私達の下に寄越してくれた——あなた達がいなければ、私達は今ここには居られなかった。それが全部——だよね」
「ま、そーいうこった……一言位文句言いたい気持ちが無くもねーが、ドラゴン乗ってドッグファイトなんて面白エンタメ味わわせて貰ったからな。ソイツでチャラでいーぜ」
「え、私は嫌だった」
「俺に言うんじゃねー」
一通りやり取りを終え、静は改めて『名無し』へと向き直った。
「っつー訳でこっからは別行動だ。お守りがいるとは思っちゃいねーが、まぁこいつも適材適所だ。頼むぜ、『名無し』」
「——別行動、だと?」
「あぁ」
グイッと一度体を伸ばしてから、静が視線を後方——鬱蒼と生い茂る『常闇』の森へと向ける。
刹那。
轟音と共に遠方——森の中腹より雷と爆発、土煙が上がった。その音の出所は、言わずもがな。
「随分派手にやってやがんなー……ま、探す手間省けるだけありがてーけどよ」
「——待て、シジマ。君は一体——」
言い掛けたその言葉が終わるよりも前に。静は再び『名無し』を見やった。
「散歩がてらの腹ごなしよ——ひとっ走り、喧嘩の続きだ」
「——————馬鹿な!」
『名無し』が静の肩を掴む。
鋭さの中に優しさを伴ったその眼差しが、静を真っ直ぐ見据えた。
「君からすれば勝手に映っただろう。だが、彼女は確かに、心底から君達を救う為にその身を投げ出した!そんな彼女の想いを無駄にする気か!そもそも、君があの場に出向いたとて、何かが出来ると本気で思っているのか!」
言葉は、正しい。
花蕗静は軍神マールス・ブロワには及ばない。
よしんばラキエスと共闘したとしても、敗北の結末は決して揺るがない。
「——もう、そーいう話じゃねーんだよ」
それでも赴く。
それでも、行く。
「悪性善性区切りを付けて、決め付けて。ソイツがどんな人間なのか言い表すなんてのは心底下らねーし、反吐が出らぁ。野郎が善でも、お宅の魔法使いが極悪でも、正直俺にとっちゃどっちだって構やしねー」
覆らぬ現実は眼前に。
成し遂げられる何かなどはあり得ない。
「けど、アイツにゃ借りがある。全く、闇金だって引き攣る位の馬鹿でかい借りだ。だから、利子分だけでもきっちり払う。アイツが仙波の善性だってんなら、ガキの癇癪なんぞに芋引きゃしねーってのを証明してやる……それによ、忘れちゃねーかよ、ファンタジー」
『故に』。
「——俺らは逆理だ。負け戦なら百戦錬磨だぜ」
花蕗静が、笑った。




