『再臨』
「ぬはは!やるのう、やるのうシジマ!」
ぺしりぺしりと背中を叩かれながら、静が迷惑そうに溜息を吐く。
「ダル絡みやめろっつーの。つーかそもそも、アンタ俺の能力知ってんだろ。タネの明けたマジックみてーなもんだ、面白味なんかありゃしねーだろ」
「まー、そう言うな!知っていることと、直に見て触れる事!これには天地程も隔たりがある!からの!」
「その言い回しも、もーいーっての……」
「……よくあの場面で対応できたな」
ぐるぐると周囲を彷徨くラキエスを牽制している最中、『名無し』から問われ、静は軽く肩をすくめた。
「ま、半分位は勘だけどな。あの性格ごり悪な女王陛下が、闇雲質量ぶっぱで押し込んでくるってのもイメージ合わなくってよ。狙ってくんなら、俺らが一番緩んだタイミングだろーって、山張って待ち伏せてたんだよ……悪ぃが、こーいう性格の終わってるー、で競い合ったら負ける気しねーぜ」
「それは果たして、誇って言う様なことなの……?」
じとっとした抄帷の視線に、静はんべっと舌を出して応える。
「ともかく。これで今度こそ、〝天印〟は突破だな」
「だのー。ここまで来たら、後はあの性悪と直接対決を残すだけぞ……と、あれも居たか。マールス」
「考えない様にしてた事、サラッと持ち出すじゃねーかよ魔法使い。とは言え、目ぇ瞑って目ぇ逸らして問題解決する訳でもねーからな。実際どーすっかな……」
黒鉄の騎士、軍神マールス・ブロワ。
女王デケムをも上回る絶対的な戦力。百戦錬磨の怪物。
「実際どーなんだ。俺ら三人で総がかりで何とかなる代物なのかよ」
「打倒を考えるならば、まず不可能だろう」
「まぁ、時間稼ぎが出来れば手がなくも無いんだがの」
「なんだよ、なんか隠し球あんのか?」
「——〝封印の魔術〟」
呟いたのは、抄帷だった。
仙波星翠の口から語られた、軍神マールス・ブロワ……その戦いの顛末。
一向総力を以てしても及ぶことのなかった絶対強者へと向けられた、唯一の策。
「なんだ!知っていたのか、トバリ!」
「それは……はい、仙波さんから聞かされていました」
「なら、説明は不要だの。基本的にはその作戦でいこうぞ」
にこやかに笑うラキエス。その背後で、『名無し』が微かに目を細めたのを、静は見た。
「——?」
これが現実の世界ならば。静にとって、他者の考えを汲み取る事自体はそれほど難しいものではなかった。
生まれ持った観察眼と——本人の決して認めない感受性に支えられたそれらの洞察を以てしかし、幻想の兵……『名無し』の内心を推し量る事は出来ずにいた。
「ま、だからと言って問題がないではない。そもそもこちらの戦力が圧倒的に不足しているのは間違いないしの……ここは一つ、私に策がある」
考えあぐねる静を他所に、ラキエスがニヤリと不敵……みたいな顔で笑う。
「それは——?」
各々の機微に気付かない抄帷が問い掛ける。これにラキエスは、
「——雷翼竜で突撃を!掛ける!」
かなり大胆かつ、ダイハードな言葉を宣った。
「おぅ、どーした魔法使い。魔法のやりすぎで知能指数小学生位まで落っこちたかよ」
「強めの悪口!いやいやシジマ、これが存外理に適ってての。まぁ、聞くといい」
「……はぁ」
「まず!私の防御結界を最大出力まで上げる!」
「ほぉ」
「雷翼竜含めた全員!ばっちりの体勢を整えて!」
「整えて?」
「どーーーーん!!」
「おい勇者。アンタんとこの魔法使いイカれたぞ。なんとかしてくれ」
「——————」
「……もしもし?」
「——悪く無いかもしれない」
「抄帷。どうも俺ら、これから死ぬみたいだぞ」
「えぇ……」
戦々恐々とする、現実の少年少女へと向けて、幻想の剣士が向き直る。
「現実問題として、この戦力であの二人と真っ向から戦うというのは自殺行為だ。ならば、我々が取るべき選択は一つ……戦わない」
ラキエスが深く頷いて同意する。
「封印魔法の詠唱が割と長めでの。集中力も要するだけに、一度張った防御結界以外に追加の魔法を出す余裕はない!ので!突撃中に詠唱を終わらせ、突入直後にマールスを封印してしまおう!」
「してしまおう……って、そんなちょろくやれるかー?あの野郎が」
「いけるいける!混乱に乗じて、それもうひょいひょーいよ!で、その後女王は……坊や!任せるぞ!」
『名無し』もまた、静かに頷く。
「〝汀〟を用いて女王の〝天使〟を封印する。その隙に、トバリ。君は我らの『創造主』を頼む……どちらにしても分の悪い賭けには変わらないが、彼我の戦力を考えれば、現状最も現実的な策だと思う」
「……ドラゴンで、どーんが?」
「どーーーん!が!」
静が空を眺め、暫し考え込む。
だが、当然。都合良く他に良策が思い付く訳もなく。
「………………マジでかー。どーーーん、かぁ……」
項垂れて同意……というより、降参の意思を示した。
抄帷に至っては、開始前から既に顔面蒼白であった。
「しゃーねー……出して貰った渡りの船だ。行くとこまでトコトン行ったろーじゃねーか」
「ぬはは!その意気やよし!」
ラキエスが杖を構える。
「ちなみに、どこに〝どーん〟すんだ?」
「城の作り自体は簡素でな。正面入ってまっすぐ奥に玉座がある。女王とマールス……そして『創造主』もそこだろう」
「捜索パートがねーのはありがてぇ……んじゃま、一丁いってみるか……」
「……ノリノリ?」
「イヤイヤだよ……」
項垂れる二人を横目に、ラキエスが詠唱を始める。
蒼い、陽炎のような光が雷翼竜——その背に乗った四人を包み込む。
その光が、唐突に砕け散った。
「———— —— ——」
耳を劈く轟音。
その正体が、足元の雷翼竜の号哭だと静達が気付くまでには、一瞬の時を要した。
雷翼竜の身体が不自然に傾く。
咄嗟に顔を上げた静がその原因に辿り着くまでに、更にもう一瞬。
右手側の翼が、貫かれている。
赤黒い血液を吹き出しながら引き裂かれた、その翼の奥……その姿は、在った。
——————
陽光の下ですら荘厳に。
見る者全てに屈服を強制させるが如き、高圧な光を放つ黒鉄。
巨大な盾と、それより尚巨大な赤槍を携えて。
軍神マールス・ブロワは、再臨した。




