『到達』
〝虐戮の天印〟。
女王デケムの手札——直接戦闘用の能力としては、正に最強の剣。生成され、射出される無尽蔵な黒き極光はまさしく具現化された殺意。貫かれれば最期、対象の命まで容易く届く狂気の鋒。
迎え撃つは〝雷霆〟の魔法使い。
大気を震わせる蒼き雷。人の手には余る莫大な出力を以て、迫り来る極彩を薙ぎ払う。
向かう先は断崖の城。
囚われた本体——仙波星翠奪還を目指し、降り注ぐ光の奔流の只中を、雷翼竜は飛ぶ。
「『地に縫い合わせ大地に』」
詠唱に伴い、竜の背に乗る四人の体が淡い赤茶色の光に包まれる。
「主らの体を雷翼竜に固定した!両脚同時に離れぬ限り、振り落とされる事はないからの!安心めされよー!」
「なんでもありだな、魔法使い。有難い事この上、って奴だ!」
「ぬはは!もっと褒めても!いいよ!」
豪快に笑う幼い容姿。
その実態——似つかわしくない厳しい二つ名を証明せんとばかりに、雷鳴が轟く。
「——また来る!」
嵐の様に吹き荒ぶ風。
瞬きの間に後方へと流れていく景色の残像などは気にも留めず、前方だけを見据えていた抄帷が叫ぶ。
既に数を数える事など叶わないだけの掃射が行われたにも関わらず、空を覆い尽くす様に浮遊する黒い光の槍に目減りした気配はない。
撃ち放たれては産み落とされ。
待機が済めば撃ち出される。
終わりなき質量の暴力。これこそ〝虐戮の天印〟が『国落とし』の異名を冠する、その所以であった。
「なんの——!」
雷撃は稲光。
青空にすら映える蒼い軌跡を描き、放たれる。
幻想の龍を中心に、激突する両者のせめぎ合いは煌々たる光の雨となって空を覆っていた。
ふと。地平の彼方まで続くものかと思われた、青々しい丘陵が途絶えた。海原に近寄るごとに狭まる丘の両端を覆う様に、黒い影が一直線に伸びていた。
「あれは——森?」
抄帷の推察は正しかった。
丘陵の中途より、突如姿を現したのは、広大な黒い森。
不自然な程に背の高い木々が所狭しと並び、緑の大地を影色に染め上げていたのだった。
「『常闇』と呼ばれる森だ。外部からの侵入、侵入者の脱出を許さぬ——陸路による城への進軍を阻む、女王の盾だ」
「——そんでどん詰まって、ヤケ糞で空から攻め入りゃ、あの黒い奴がぶっ放されるってか。よく出来てやがんな、全く——」
『名無し』の解説に悪態を吐く。そんな静の辟易とした様子に、ラキエスは軽く目配せをする。
「とは言え虐戮の天印も万能って代物でもなくての。ここまで大規模な攻撃だと、自らの城付近で展開出来るほど精度は出ない。ので!あの性悪の懐まで飛び込んでしまえば!こっちのもんぞ!」
「なるほど、そいつぁ金言だ。つまり、こっから先は——」
「勿論——突撃あるのみ‼︎」
ラキエスの口角があがる。
悪戯っぽい、楽しげな笑顔の奥底で。
その瞳だけが、爛々と輝いていた。
「約束には一足早いが、我らが守神よ!今こそ御身の全力、示してやろうぞ!」
言葉に呼応して、雷翼竜が急停止し、次の瞬間大きく羽ばたいてほぼ垂直に飛び上がる。
高度は瞬く間に上昇していき、一つ呼吸の頃には、展開される〝天印〟——そして彼方に、目的地〝断崖の城〟を見下ろす高さまで到達した。
一瞬の停止。
先程全開まで広げていた翼を、自らの巨体に這わす様にぴったりと折りたたむ。そして、次の瞬間。巨躯は滑空、砲弾の如く一直線に〝天印〟渦巻く只中へと突入した。
眼前には夥しい量の黒き槍。
密集したそれらは一枚の壁。縫う間隙などどこにも見当たらない。突破するべきルートなど、最初から何処にも存在しなかった。
——ならば、創り出す。
「——切り拓け、坊や!」
声に応えるは境界の聖剣。
人理と魔窟、天上を分つ別離の楔。
上昇の最中、詠唱は完了していた。
故に、残る動作は実行ただ一つ。再び大上段へと掲げられた幻想兵器が、最大火力を以って行手を阻む黒き壁へと放たれる。
指示を待たず、静と抄帷が傍に避け、射線を開ける。それと同時に、雷翼竜が首を垂れ視界を確保する。
「——『無銘の汀』」
口にされた名と共に、剣より光の熱波が噴き出す。
縦一閃。
全てを塗り潰す流星の如き光が、眼前広がる黒き壁を焼き払った。
「『天蓋可楽、雷雨と運河。行先の大河、水下の一雫』」
『名無し』によって拓かれた一筋の路。
その両脇を隔てる紗幕の如く、蒼き雷が疾る。
莫大な雷撃の連なりは黒き槍の侵入を拒み、路を守護する。
「——抜けろ」
黒き極光の暴風。
その中に差し込んだ、陽光照らす青い空路。
一瞬たりとも速度を落とす事なく、振り返る事もせず。
「抜けろ‼︎」
遂に極光は背後に。
翼は再び青空の下、大きく広げられた。
「——やった!」
柄にもなく。第一声を挙げたのは、合掌抄帷だった。
その珍しさを気に留める余裕はしかし、花蕗静にも勿論、なかった。
「——これはマジで、ぶったまげたぜ!最高だな、勇者一行!」
笑みを浮かべ、心底からの敬意を表して二人を見やる。
その笑顔に、『名無し』は静かな頷きを——ラキエスは、負けじとばかり、とびっきりの笑顔で応えた。
「ぬはははは!ざっとこんなもん!恐れ入ったか、少年少女!」
「ぐぅの音も出ねーよ!MVPなら総なめだぜ!」
「そうだろうそうだろう!」
言いながら、ラキエスが軽い足取りで抄帷へと歩み寄り、その肩を軽く叩く。
「制空圏の内側に入ったからの。先程までの様な大規模攻撃はまず撃てまい。一先ずこれで、約束は果たしたかの!」
「本当に凄かったです。ありがとうございました」
「だな——けどよ、内側って言や、要は連中の腹ん中だろ?こんな悠長やってていーのかよ」
「そこはそれほれご安心!〝天印〟を抜けた時点で防御結界を張り直してあるからの——」
〝雷霆〟ラキエスの防御結界。
地上にて、女王デケムの複製体が放った〝封露の天印〟を防ぎ切った、堅守の魔法。その展開と保持には一定の集中を要する為、常時の発動は出来ない。故に、ある限定的な場面において、その防御は無効化される。
例えばそれは——攻撃魔法の全力運用直後。
ラキエス、抄帷、『名無し』が一斉に息を呑む。
四人を中心に周囲を包囲される形で突如顕現した〝虐戮の天印〟。暗く輝く、極光の槍。
それらはつい今し方彼らが突破した無尽蔵なそれらよりも二回りは小さく、細い……それでも確実な殺傷能力を有した、幻想の凶器。
事態をいち早く察したのは、同じく幻想の住人たる二人。
『名無し』が後方——自分達が抜け出てきたばかりの一筋の空路を振り返る。
無尽蔵とも思えた莫大な〝天印〟。
その一切が忽然と姿を消していた。
——一斉掃射に用いていた〝天印〟の解除を一手早めたのか。恐らく〝汀〟の発動を確認し……その後の一拍を狙い澄まして——!
ラキエスが杖を振る。その目には微かな焦りが滲んでいた。
——最大火力後の隙を狙ってくるとは思っていたが、意図的に機をずらしてくるとはの……!あんの性悪に出し抜かれるとは——!
〝天印〟の攻撃規模は事前設定に準拠する。
一度掃射を始めれば、各々の〝天印〟の威力、規模、発動範囲と掃射領域は変更出来ない。
小さな的へと狙いを定める為には、威力を絞り、設定範囲の再調整が必要となる。それらはシームレスには行われず、再設定には一息の間を要する。
女王デケムは一呼吸分、掃射を早く打ち切っていた。
ラキエスと『名無し』の最大火力、大規模攻撃の余波に乗じる形で、人知れず。それらの動作終了後の間隙——最も無防備になる瞬間を捕らえる為に。
全方位を取り囲む鋒。
中心にいる四人との距離はごく僅か。当然、幻想の二人——虎の子の魔法、その詠唱はとても間に合わない。
「——!」
ラキエスと『名無し』が抄帷の前後を挟む形で得物を構える。創造主——仙波星翠を救う為。何よりも、彼ら自身が立てた誓いを完遂する為に。
「二人とも、我らから離れるな!この場、必ず切り抜けてみせるからの!」
強い言葉。無慈悲な現実に立ち向かう、信念を宿したその宣誓にしかし、現実は応えない。
〝天印〟が揺らめく。
至近からの全方位一斉射出。それらを無傷のまま、捌き切る術などありはしない。
「あぁ。離れるなっつーのは同意見だ。なんせ、届かなくなっちまうからな」
『故に、迎撃可能である』。
取り囲み、一息の内に放たれた十を超える〝天印〟。
その全ては、たった一つの例外もなく。
徒手空拳に握られた、逆説の異能によって撃ち落とされた。
「おんぶに抱っこは趣味じゃねー。ついでに、手の届く範囲なら——悪意と殺意は俺の得意分野なもんでな」




