『開戦の雷鳴』
幻想は現実に。侵食する虚構は実存を食い潰す。
その果て。挿げ替わった世界を統べるは、超然の君臨者。
「取り込まれた連中……俺ら側の人間はどーなる?」
「それが直接の原因になって、命を落としたりはしないと思う。問題はやっぱり、女王達……騎士団や〝天使〟だと思う」
誰しもが見たこともない、幻想世界の兵力。
現代兵器が無条件に蹂躙されるという事はないだろうが、だとしても、一度争いが巻き起これば、その被害が軽微に収まるとはとても思えない。
「ファンタジーと全面戦争ってか……笑えねー近未来SFだな」
「だからこそ、私達は『創造主』を救い出さねばならない」
「〝白衣〟だけは他の天使と違っての。能力を使役する為の制約が多いのさ。その一つに〝場所〟がある」
再び。四人の視線が極彩色の黄金……不気味に輝く空へと向けられた。
「現世と魔界、そして天界と呼ばれる〝天使〟の領域。その狭間でのみ、〝白衣〟の権能は顕現する。彼の城は〝白衣〟を起動するために作られた神殿というわけだ」
「なるほどねー……ちなみに、そいつが起動するまでの猶予はどんくらいなんだ?」
静の問い掛けに、抄帷が仄かに眉を顰めた。
「……考えたくはないけれど、既に能力が発動している可能性は?」
「あぁ、それはねー。絶対にあり得ねー」
「随分はっきり言い切るね。根拠は?」
「お嬢さんがまだ生きてるから」
ぞくり、と。
抄帷の背を、不穏な冷たさが伝った。
女王デケム。
美と利を愛する、絶対の君臨者。その存在の拠り所が、どこの誰でもないただの少女であるという事実は本来、それだけでも彼女にとっては度し難いものだろう。
「あの文学兎が今尚生き延びてるのは、俺やアンタの手柄じゃねー。『パラドクス』の制約ありきで、連中にその気がなかったってだけの話だ。それこそ多分、制約がなけりゃ、いの一番ぶっ殺されてたのはアイツだろーよ。用済みになったら掃いて捨てる……逆を言や、アイツが生きてる事自体が、未だ連中の目標が未達の証明なんだよ」
「ま、ご明察だの。〝白衣〟の発動にはまだ数時間を要する。一先ず、彼の天使を気にする必要はあまりないだろうの」
「時間制限なしってのはありがてーな。どう転ぶかは知らねーが、俺らと連中にケリが付く方がずっとはえーだろ」
静の口角が吊り上がる。
傲慢不遜。狂気を孕んだ、挑み掛かる弱者の笑み。
抄帷がその顔を横目に見て、微かに顔を伏せる。
花蕗静は、嗤う。
追い詰められた絶望。止むに止まれぬ断崖の淵に立てば立つほど、鋒の様な眼光で嗤う。
自らに立ち止まる事を許さない、狂気。その精神性に何度も助けられてきたこれまでが確かにあって、それでも。
合掌抄帷は。彼のその笑顔が、好きではなかった。
——————
「シジマ。よくないぞ、それ」
不意に放たれたのは、魔法使いの言葉。
「ぁあ?なにがだよ」
「それそれ。その顔」
ラキエスが自らの頬を指先で押し上げて、間抜けな笑顔を作って見せる。
「主のソレはきっと、己を鼓舞する意味合いを多分に含んだ……まぁ、癖の様なもんなんだろうがの。けど、その悪人面では助けられる側も助けられにくい」
「ガキの使いじゃあるまいに、他人の目なんか知るかよ。第一俺ぁ別に、誰かを助けた事も、助けようなんざ思ったこともねーよ」
「不思議な物言い!なら、『創造主』は?」
「成り行き任せの事のついでだって。さっきも言ったろ?一々人のやる事に大仰な理由付け狙ってくんじゃねーよ」
「なるほどなるほど。言わんとする事はわかるが、シジマよ。その言葉には一つ、大切な要素が抜け落ちてるぞ」
「——ぁあ?」
静が目を細め、眉を顰める。そんな静を一瞥して、にこりと一度微笑むと、ラキエスは数歩前進……龍の首元近くまで行って、立ち止まった。
そして、その杖を軽く握り直す。
「それはの、シジマ。主自身ぞ」
『名無し』が徐に剣を抜く。
分身体とはいえ、彼の女王をも退けた幻想の剣。
意図がわからぬその動作を、目で追う抄帷。
「主の善性は疑いようもない。それは主のこれまでが雄弁に、言葉以上にそれを証明している。だが、それはただの事実。自覚はまた、別のところにある」
『名無し』の眼光が鋭さを帯びる。見据える先は遥か前方。
空気が変わる。
吹き荒ぶ風とは別に、取り巻く大気そのものが鋭利な針に成り替わり、全身へとくまなく突き立てられる様な感覚。その感覚を、合掌抄帷は知っていた。
視線を向けた先。雷翼竜の進行方向。
空が、黒く光っていた。
それらは一つ一つ、人の身の丈程もある、暗黒に輝く槍。
空間から這いずる様に顕現したその数は、最早数えられもしない。その密集——広大な空の一角を埋め尽くす、不気味な光こそ『名無し』の語っていた女王のエース……〝虐戮の天使〟、その権能であると。語られるを待たず、抄帷は直感で理解した。
「……いくらなんでもインフレしすぎだろ、舐めやがる——!」
そして。それは、静もまた同じく。
逆理の二枚舌を働かせる寸暇もない……それは具現化した絶望そのものだった。
鋒をこちらへ。
黒き光は空を埋める紗幕として、眼前を塞ぐ。
静の脳裏を掠めたのは、白き光の柱。
封印を目的として、空中より飛来せし光の奔流。
規模感こそ違えど。
その接触効果こそ違えど。
展開された超然の鋒、選び取られる次の動作は——
風が、凪ぐ。
目に映る視界全てを埋め尽くす程の、夥しい数の黒き極光。それらが一斉に、四人へと向けて射出された。
速度自体が驚異的に速い訳ではない。ゆったりとした速度でこそないものの、精々が人の手による投擲と同程度。
ただし、その数があまりにも膨大。
先程静が交戦した際の数とは比較にもならない。
その規模感は、既に戦闘ではなく、戦争。
——ならば、それを迎え撃つ者があるとすれば。それもまた等しく、戦争でしかあり得ない。
「『晩夏、夕立、稲光』」
天を突く様に振り翳された杖。その動作と呼応する様に、周囲の空気がひりついていく。
「『空覆う曇天、風雨竜巻く荒天。帰り路の暗夜、見通せぬを照らす瞬き』」
視認できる帯電。
周囲の空気、そのそこかしこで軽雷が輝き、爆ぜる。
迫り来る極光。黒き極彩の鋒を、
「『星は此処に。広大無辺に轟き渡る、双雷を見よ』」
降り注ぐ、蒼き雷が粉砕した。
「マジもんの怪獣大戦争かよ——」
「——————」
剛雷と極光。その衝突の余波は吹き荒ぶ陣風となって大気を震わせる。静と抄帷が振り落とされぬ様、懸命に雷翼竜にしがみ付くその中で——微塵もよろめく事なく、決然と立つ姿が二つ。
二人の後方で剣を構えたまま微動だにしない『名無し』。
そして———
「続きだがの、シジマ‼︎」
永きを渡る賢者——雷霆の魔法使いが、高らかに声を挙げる。
「主の善性、優しさ——それらがどれだけ『行動の結果』で示されても!どれだけ周りから定義されても!主自身が、自らの行為を『自らの意思』で名付けない限り、その生き方に主の魂は宿らん‼︎」
「——!」
花蕗静が、目を見開く。
空覆う殺意の黒き光も。撃ち落とす蒼き雷も。
そのどれ一つにも目もくれず——自らに語りかける、少女の姿をした魔法使いの言葉に聞き入り、今や身じろぎすら出来ずにいた。
「恥じるな、誇れ!迷うな、進め!主が選んだ生き方が、たとえどれだけ無謀で稚拙でも!それを咎める者など居らん!主がそうだと信じる限り、主の生き方は決して間違わん!」
ラキエスが振り返る。
眠たげな眼のまま、悪戯っぽく笑うその顔を。恐らく、生涯忘れる事はないだろうと、花蕗静は直感した。
「だから、怯えるな!慄き震え、自らの生き方を名付ける事を恐るな!そして、笑え!自らの選択に見合うだけの明るさで!——そっちの方が……」
ラキエスの目が、静を捉える。
見つめ合ったのはほんの刹那。次の瞬間——魔法使いの顔には、力強い笑みが咲いていた。
「——格好良いからの」
「——はっ」
静が笑った。
狂気も、病理も……逆理も含まぬ、どこまでも楽しげな顔で。その笑みに、一層の笑顔で応えた後、ラキエスは再び視線を前へと向ける。
「手本を見せてやる!シジマも、トバリも!よぉーく見ておけ!」
第二波。
絨毯爆撃よろしく降り注ぐ黒き極光。それらはしかし、ラキエスの杖の一振り……伴って放たれた蒼き雷撃によってまたしても霧散した。
風吹き荒び、黒き光子の燻る中、声が響く。
「我が名はラキエス・シーシス!海峡森の守護者にして、〝雷霆〟の魔法使い!我が友シジマとトバリの行く道を開く為——そして、我が友・ホシミを救う為参上した‼︎」
翳される杖。言葉は宣誓と、託宣。
「黒き天使の剣、満足ゆくまで差し向けるがいい!その全て、我が雷を以って撃ち落としてくれる‼︎」
〝雷霆〟ラキエスが振り返る。
その目で花蕗静——合掌抄帷を真っ直ぐに見据える。
「私は必ず、君達をホシミの元まで送り届ける!必ず果たすと、約束する‼︎」
——————
幻想と、現実。
超能と、異能。
人間と、虚構。
ある少女の部屋に現れた、当人の似姿。
同じ形をした、非実存の影から始まった一連。
長く短い戦いの決着の狼煙は今ここに。
陣風と雷鳴の轟く最中、上げられた。




