『空の只中』
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パラドクス。
逆説の異能、逆理の超能。
それによって引き起こされる様々は人智を超え、常識の範疇を大きく出る。そんな超常を体験してきた静と抄帷にとって、ほとんど全ての怪奇はしかし、納得の範囲に収まるものばかりだった。
「うおおおお!」
「——————」
そんな彼らをもってしても。
翼竜の背に乗って、大空を舞うなどという荒唐無稽は、一欠片だって想像もしたことすらない事態であった。
「はっは、コイツぁいいや!不謹慎ながらに役得極まりって奴だ!なぁ、抄帷!」
「——————」
「……ぁあ?」
「——……——」
「……高い所駄目な人かよ」
「ぬはは!爽快だろう爽快だろう!」
顔面蒼白でひっしりと龍に……というかその鱗にしがみ付く抄帷、楽しげに下方を眺める静。二人を見やってラキエスが胸を張る。
「雷翼竜の背に乗るなど、一部の王族でもそうは出来ぬ経験だからのー!気分はどうだ、少年少女!」
「おー!最っ高だぜ、魔法使い!TPOはカスだけど、こんなにテンション上がることねーぜ!」
「ぬはははは!そうだろうそうだろう!……ちなみにシジマ。実はこの龍、ぐるんと回れるぞ」
「……マジ言ってる?」
「おおともよ……いっちゃう?景気付けに」
「アンタ、お前、そんな馬鹿言ってんなよ。これから敵地突っ込もうって時にお前それ……え、いっちゃう?やっちゃう?」
ニマニマと笑みを交わし盛り上がる両名。
そんな二人の片割れ……静の手が、軽く握られる。
見れば抄帷が口元を手で覆い、抗議の眼差しを向けてきていた。よくよく見れば鉄面皮、無表情を常とするその瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいた。
「あー……ウチの相棒はお気に召さねーってよ。口惜しいけどご遠慮願うぜ」
「なんだー!つまらんのー!」
ぶーたれるラキエスの姿に……これもまた珍しい、静が大口を開けて笑った。
「ま、そーだな。……そうだ、それかあれだ!事がぜーんぶ終わった後もっかい頼むぜ!そん時ぁお前の全力見せてくれよ、守り神様!」
言いつつ、優しげな手付きで雷翼竜の背中を撫でる。
巨大な龍の体躯。その背中は四人人間が乗って尚十分すぎる広さがあった。
中央に抄帷、その傍らやや前方に静。最前にラキエス、最後方に『名無し』。現実と幻想、入り乱れた四人を乗せ、雷翼竜は空を行く。
「……面白い少年だな」
付き合いきれぬとばかりに、更にやや後方へと退避した抄帷へと向けて、『名無し』がぽつりとつぶやいた。
その言葉の真意を測りかね、少女はくりっと後方へと視線を向けた。
「無論自覚がある訳ではないが……私達は幻想。君達からみれば虚構の紛い物。此度の闘いが終わった後、我らに未来がある保証などどこにも無い」
「それは——」
否定材料は、ない。
創り上げられたこの世界、内包される幻想の住人達。
根源たるパラドクスが解除された後、それらが継続して保持される事は——恐らく、ない。
解除を挟んで再現界がなされた時。その存在が、今目の前に在る彼らと同一であると言い切る根拠は、どこにもない。
「あぁ、すまない。何もその事実を憂いている訳では無い。ただ、そんな存在である我々をも、一個の人間として接する……彼の善性が成せる業なのだろうな」
「——そう、ですね」
——本当に、すごい。
出会ってからはほんの僅か。にも関わらず、彼等は『花蕗静』の根底……源泉たる善意を、正しく見抜いている。
それは、合掌抄帷が一年以上を費やして、ようやく辿り着いた認識でもあった。
「なー、シジマ……ちょこっと。ちょこっとだけ、ヒュンって回ってみん?」
「えー、イヤでもお前そんな——バレねーでやれっかな」
「聞こえてるからね?二人とも」
「ひっ」
だからと言って、承服しかねるものはしかねるのだが。
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「なー、魔法使い」
「ん、なんぞ」
「あちら様は、こっちの世界のトップオブトップなんだろ?その寝床が、なーんでこんな僻地にあんだよ」
「あー、それはな……ほれ、あっち」
促され、進行方向へと目線を向け直す。
すると。その異様は、すぐさま視界に飛び込んできた。
「——あれは、なに」
未だ遥か遠方。
透き通る空の一角が、不自然に色付いていた。その色は——黄金。
「女王デケムが使役する〝天使〟……その中で最も強い、世界への影響力を有する天使が在る。——名を、〝白衣の天使〟」
「待て待て。天使って一匹じゃねーのかよ。あの、光の柱の」
「あれは〝封露の天使〟の力だの。殺傷能力は低いが、一度貫かれれば、丸っ切り動きを封じられる……ま、厄介な代物ぞ。昨晩シジマが喰らってたやつの」
「——屈辱極まる羞恥プレイだったな、ありゃ。思い出すだけで腑煮えるぜ」
「奴は他に〝虐戮の天使〟〝呼水の天使〟を支配下に置いている。〝呼水の天使〟の力が、先程の分身体だな」
本体の複製。
遠方からでも姿を現し、加えて部分的とはいえその他の〝天使〟の能力まで使用できる。
「無敵じゃねーかよなんだそら。腹ぁ立つな」
「んにゃ、実際そうでもなくての。〝呼水〟で創った分身体のままだと、〝虐戮〟が使えんのよ。アレが出てこんなら、まだまだ与し易いもんぞ」
「……では、その〝虐戮の天使〟というのが——」
抄帷の言葉に、『名無し』が頷く。
「『誉れの騎士団』に次ぐ、女王デケム最強の剣だ。『国落としの天使』などと、人々からは呼ばれている」
「城が穿たれたと思ったら、遂に国が落ちやがったか。ハイパーインフレ待ったなしで涙が出るぜ。そんで?そんなモンスター連中前説に追いやるあたり、そんなにやべー代物なのかよ、その〝白衣〟ってのは」
「戦闘能力は皆無だ。ただし、その権能が厄介でな」
「厄介?」
「——『世界の再編』」
——〝白衣の天使〟。司る権能は、世界の理そのもの。
可逆を不可逆に、不可能を可能に。世に存在するあらゆる常理を書き換える、改編の異能。
「……どっかで聞いた事あるような話じゃねーか」
「……それは、まるで——」
『パラドクス』。
古き幻想の王国に存在する、最大の超常は。奇しくも、花蕗静の内に宿る逆説と同種のものだった。
「ここからは仮定だが……恐らく奴の狙いは、〝白衣〟を使ってセンバホシミ……『創造主』の能力を手中に収める事だろう」
「なに?」
静と抄帷が、一斉に『名無し』を見上げる。
そんな二人へと、続きを口にしたのはラキエスだった。
「今時点での私らの〝現実〟への干渉程度というのは、極々些細なもんでの。あくまでそれらは、『創り上げられたこの世界の内側』に留まっている——そーれで満足する性悪ではなかったという事だの」
「ちょっと待てよ。んじゃ、黒騎士やら女王陛下共が〝俺ら〟の世界に渡って来たのはどういう理屈だ?」
「——そうか」
会話の途中。
考え込んでいた抄帷が一言呟いて、顔を上げた。
「仙波さんの『パラドクス』は、幻想を現実に持ち出す能力じゃなくて、〝幻想を内包する世界で現実を塗り替える〟能力だったんだ」
「ほほう!」
感嘆の声と共に、ラキエスが先を促す。
「軍神マールスが存在する世界。女王デケムが居る世界。創り上げられたその世界を、現実に上書きしていた。だから戦闘中、近隣住民の目に留まる事はなかったし、起きた破壊がフィードバックされることもなかったんだ」
「——なくも無さそうな話だな。けど、だったらなんで景色が変わらなかった?こんなどデカいファンタジー、あの夜のどこにも転がっちゃなかったぜ」
「……多分、単純に練度の問題だったんだと思う。夏休みの終わり前……ドッペルゲンガーを目撃し始めたタイミングが『パラドクス』発現の時期だとして、それから数週間を掛けて能力の影響範囲が広がったんだと思う」
言って、抄帷が周囲を見渡す。
「多分、私達は今この瞬間も『仙波さんの自宅』に居る。家の中が丸々『テサウル国物語』の世界に書き換えられてるんだ。そして、能力の拡大が進めば、侵食される範囲は更に広がるから——まさか、女王の目的って」
『名無し』が頷く。
「君達の現実世界全土を『テサウル国物語』で上書きした上で、その実権を握る……恐らくこれが、女王デケムの狙いだ」
それは、決して看過することの出来ない——絶望の肯定だった。




