表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドッペルライアー・ファンタズム  作者: ほたて
『蒼穹の汀、星翠の微睡』
37/49

『光』

 降り注ぐ光の柱。

 長さは大人の背丈ほど、太さは腕ほどの発光する異能。

 無数のそれらは真っ直ぐに、花蕗静目掛けて飛来する。


 見上げた先には底抜けに青い、いっそ嘘くさいまでの青空が広がるばかり。柱を操る何者かの姿も、柱の出所も視認する事は出来なかった。

 にも関わらず。重力落下に加え、各々の柱には何らかの推進力が付帯されており、降り注ぐその速度は到底、生身で対応する事など不可能な代物であった。


 無論、それら一切は『故に』花蕗静には届かない。

 だからこそ、静の表情に色濃く浮かぶ焦燥の原因は別の所——自らの後方にぴったりと密着する形で身をひそめる、合掌抄帷の安否ただ一つであった。


 ——抄帷の言葉は、まず間違いなく正しい。

 遮蔽物の無い、開けた空間にあって、人外の光を退ける術は彼女には無い。その中に在って、ただ一撃も喰らう事なく無傷を守り通すなど、土台無茶な話なのだ。


 それでも、守り通さなければならない。

 未だ合掌抄帷にも伝えていない、ある仮説——縋れるほどに大層では決して無い、一縷の望み。無策を謳いながら唯一つ、花蕗静が女王達を打倒する為に閃いた、不確かなアイデア。


 ——こんな思い付きに張らなきゃいけねーんだから、我が身ながら命が軽くって嫌になるぜ——


 奔流は止まず。どころか尚一層密度と速度を上げ、今や打ち付ける瀑布と化した光を捌きながら、静が吠える。


なり潜めて不意打ちとは、えらく器の小せぇトップも居たもんだなぁ!てめー等がオメオメ負け仰せたのもご納得だぜ、ヴィラン!全く、あんたんトコの民草が不憫でしかたねーよ!」


 蒼穹に木霊すは、弱者の虚勢。

 ならば。これに応えるは、君臨者の戯れ以外あり得ない。


 最後の一柱を撃ち落とした刹那、瀑布は途絶え、一陣風が吹き抜ける。

 浅く、荒く。肩を上下に、見るからに苦しげに息を乱した赤髪の眼前に——それは、降り立った。


 ——————


 純白のドレスを風に遊ばせながら。

 彼女はたおやかに、姿を魅せた。

 踊る様に、謳う様に。

 虚構の頂点——幻想の君臨者。

 その名を、女王デケム。


 ——————


「ごきげんよう、シジマ。そして今度こそ、改めて——ようこそ、異界の少年」


 夜の闇などまるで意に介さず、いっそ暴力的なまでに発散されていた昨晩までを、いとも容易く飛び越える。陽の下に晒されたその純真無垢は、到底この世のものとは思えぬ、埒外なまでの美しさであった。


「——————」

 抄帷が身を震わせる。

 異常が常のこの状況、断崖の縁にありながらしかし——彼女は確かに、女王に見惚れていた。場違いも場違い、本来決してあり得ぬ自らの感覚に恐怖を覚える。


 あれは、人間では無い。

 人の形をしただけの、怪物だ。

 


「重役出勤ご苦労なこったぜ、勿体付けやがって。客人待たせるなんざマナーがなってねーんじゃねーか」

「あら、そんな事はないわ。証拠にほら、綺麗なおもてなしだったでしょう?どうかしら、気に入ってくれたら嬉しいのだけど」

 言いながら。まるで恥じらう少女の様に、体の前で緩く結んだ指先を弄る。その可憐さを踏み躙らんと、静の口角が上がる。

「随分ハードな出迎えだこった。お気遣い痛みいるぜ、全く」

 言葉に、花が綻ぶ如く女王が笑い、両手をぱんっと顔の前で叩いた。


「いいのよ、お礼なんて!やっぱり、こちらを選んでよかったわ!だって私、貴方が来てくれたのはすぐにわかったのだもの!」


 ぴくり、と。静の眉が動く。


「ぁんだよ、取り込み中だったかい。そっち優先で構いやしなかったってのに、随分と気に入って頂いたご様子でなによりだぜ」

「あぁ、シジマ!本当に、貴方は人を喜ばせるのが上手だわ!」


 くるりと一回転。

 丘陵の緑に純白をたなびかせて、女王は今度こそ、正しく踊ってみせる。


「そう、そうなの!私、貴方の事がとても好きになったわ!夜を越えて、朝を迎えて。今こうやってもう一度廻り逢って、尚一層!気に入ったかですって?勿論、そうに決まってるわ!」

 

 まるで演者か踊り子か。

 さりとて、纏う衣装も空気も、それらとまるで一線を画す。舞う様な踊りがぴたりと止り、細くしなやかな腕が静へと向けられる。

 


「——————けれど、〝ソレ〟はいらない」



 音も無く。

 動作らしい動作も挟まず。

 女王の後方から一直線に、光の柱が高速で射出される。

 その標的は——


「——————‼︎」

 抄帷は反応しない——否、出来ない。

 射出された光の鋒、その速度は既に人の手の及ぶ範疇を大きく逸脱している。なんの力も持ち得ない少女に、なす術はない。


 彼女がそれでも生存した理由は、花蕗静の存在のみ。

 射線上に割り込んだ静の拳が、人外の光を撃ち落とす。

 

「人のツレにいきなり噛み付いてくんじゃねーよ。すげぇ育ちしてやがんな、てめー」

「あぁ、ごめんなさい!貴方の言う通りね、シジマ。でも、私の憤りも理解して。だってその伽藍堂、私と貴方の間には邪魔なばかりじゃ無い」


 ギシリ、と。空気が歪む様な、不気味な不快感が場を満たす。


()()()()()


 銀色の長髪が揺らめく。

 その奥に燦然と煌めく淡藤の双眸が見開かれた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 身も凍るとはこの事か、と。

 圧殺されそうな迫力の前に、抄帷が息を呑む。


 ——女王の言葉は、正しい。

 無力な小娘が一人、幻想の只中に飛び込んで、一体何が出来るというのか。その無意味を承知で、それでもこの場に未だ残るこの身の愚を、君臨者は糾弾していた。


「——」


 ふと、静がなにをか言い掛けて、止める。

 代わりに、その視線を一度だけ、抄帷へと向けた。


「——————」


 かち合った視線。

 交わされなかった言葉。

 それでも——————

「……ご忠告ありがとうございます。けれど、ごめんなさい。それは、私には必要ない」


 女王の表情は変わらない。

 威厳も、風格も。そして、温度感を伴わない、底無しの双眸も、なんら揺るがない。その威光に『それでも』。


「私の居る場所は、貴女には決められない。居るべき場所なら、自分で選ぶ。貴女の許可なんて、いらない」

合掌抄帷は、自らの意思で狼煙を上げた。


「——はっ」

 花蕗静が嗤う。

「そーいう事だぜ、女王様。テメーらの常理(物差し)で測れると思うなよ。俺も、コイツも」

「随分と可愛がってるのね、そのの事。貴方はとても魅力的だけど、人を見る目だけはなかったみたいね」

「はっ、アホ抜かせ」


 口角はより吊り上がり。

 今や殆ど獣の如き威圧感を纏った笑みの底で、爛々と瞳を輝かせながら。


「人に誇れるってんなら、ソイツが俺の唯一だぜ。合掌抄帷が、テメー如きに遅れをとってたまるかよ」

「ふぅん」


 女王の眼が、冷酷な光を放つ。

 突如、立ち塞がるその背後に、無数の光の柱が顕現した。

 その数や、十や二十の騒ぎではない。青く広がる空を覆いつくさんばかりの、正しく光の天蓋。


「なにも持たない……弱くて儚いモノがお好みなのね、シジマは」

「カスみてーな挑発だな、ボキャブラリーが死んだかよ」

「あぁ、誤解しないで!決して貴方を否定するつもりはないのよ。だって、その気持ち、私すごくわかるもの!」


 女王の笑み。

 美しさを塗り潰す、圧倒的な傲慢不遜。

 それは確かに、花蕗静と同種の狂気。


「弱くて、儚くて、美しいモノ。それらを手元に置いて愛でたいという、その気持ち。凄くわかるわ……()()()、貴方を頂戴、シジマ」


 言葉を合図に。

 数えることすら不可能な、莫大な数の光の柱が、二人へと向けて放たれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ