『予言』
その問い掛けに意味は無い。何故なら、両天秤に乗せられたそれぞれの選択に伴うメリットとデメリットが、最初から全く釣り合っていないのだから。
死地を脱し、かつ仙波星翠を救う。
選び取れる選択は、初めから一つしか用意されていなかった。
故に、選択に意味は無い。
不自由な二択。
選び取るより先に選択が在る、穏やかな恫喝。
ただし、選択を求めるには理由がある。
選び取ったのは自分で在る。
女王デケムが強制しようとしていたのは、その事実。自らの選択に殉じるその狂気を逆手に、花蕗静の矜持を折る。
必要性では無く興味から。
必然性では無く享楽故に。
君臨者は、花蕗静の尊厳に指を掛けていた。
「——はっ」
だが、その尊厳こそ源泉。
異能を持った市井ではなく、狂気を携えた逆理の徒たらしめる、花蕗静の根源。
『故に』届かない。
相手が幻想の頂点であろうと、常世の悪逆であろうとも。
「くっだらねー提案をありがとうよ、女王陛下。だがお生憎だ、そんな戯言にお付き合いせしめる程酔狂じゃないもんでな」
「あら、それは貴方の矜持?」
「ただの合理だ。テメーらの提案にただ乗りして、アンタ方が約束を反故にしねー根拠なんざどこにもねーだろ」
「では、二つともを諦めるの?貴方が命を賭して成し得ようとしたもの、その為に費やされた信念も、全て」
「見解の相違さ、フィクション。俺にとっちゃ、達成出来ないってのは敗北の証明じゃねー」
「——それは興味を唆る言説ね。続けて、シジマ」
言葉を促された事への不満も顕に。それでも今、他に何かが出来るわけでもない。場違いな溜息を吐いて、静は再度、眼前の幻想を睨む。
「認めてるさ、幻想。端っから俺がアンタ方に及ばねー事も、土台分の悪ぃ喧嘩だった事も。だけどそれは、テメーの我を通さない理由にはならねー」
「認めなければ負けではない、と?あぁもう、本当に愛らしい人!抱きしめてあげたいくらいよ」
「あぁ、そいつぁ大変光栄だね……ところでクイーン、負け犬の遠吠えついでに一つ、退屈な話をきいてくれねーかよ」
黒鉄マールスが微かに身を揺らす。
——言葉は明らかに、命を長らえさせる為のものではなかった。そもそもこの少年は、既に自らの生存に見切りをつけている。で、あればこそ。彼は一切の躊躇を挟む事なく、その牙を剥き続けていられたのだ。
故に。このタイミングで新たな話題を、彼の方から切り出したのは予想外であった。それは女王にしても同じであり——故にこそ、彼女の笑みは尚一層その邪悪を色濃くした。
「勿論!貴方の願いならばなんでも、と言ったでしょう!命乞い?懇願?それともやっぱり、私と踊りたくなったかしら?」
「どれも中々魅力的だが、今回は別件さ〝二枚舌〟」
女王の眼光が、俄かに鋭さを増す。
見るものを圧倒する絢爛な輝きを前にしかし、なんら構う事も躊躇う事もなく、静が笑みを深める。
「アンタの正体の話さ、エンペラー……俺と同じ、嘘吐きのアンタの腹の底、隠せてなんざいねーってのを教えてやろうか?」
「——興味深いわ!ねぇ、シジマ。是非教えて頂戴」
「はっ。だからって別に特別な話はなんもねーけどな……アンタにとっちゃ俺は取るにも足らない、そこいらの羽虫程度の代物だろーよ」
「あら!そんなこと——」
「けど、アンタは俺に選択肢を与えた」
食い気味に、女王の言葉を塗り潰す。
周囲の空気が一段、冷え込んだ。
「余裕ありきのお戯かとも思ったんだがね、話してる内にわかったよ。アンタが観察してんのは結果そのものじゃねー。右往左往してる連中の苦悶面だ。もっと言えば——選択するって行為そのものだ」
その生き方は、知っている。
強烈なキャラクター性のガワを用いて本心を煙に巻いてその実、己のエゴの完遂だけを目的とする、余りにも自己中心的な生き方を、花蕗静は知っていた。
「誰でもいいっつったよな。そっくりそのままお返しするぜ、ライアー。超然だ幻想だ言ったところで、アンタの本質は変わらねぇ。——俺と同じ、壊れのエゴイストさ」
逆理と幻想。
両者は対照的な——しかし、余りにも近しく、嗤った。
「——本当に面白い人。自らの命に指を掛けられて、そうまで退くことなく嗤うだなんて。本当に、いつかの誰かを見ているみたい!ねぇ、マールス?」
騎士は答えない。
その沈黙の意味する所など知る由もなく。故にこそ、静の言葉は尚続く。
「掛かってるからにきまってんだろ、寝惚けんなよ。遅かれ早かれぶっ殺されるんなら、憎まれ口でもなんでも、言いたいこと言っとかねーとなぁ」
「あぁ、本当に!何故私よりも先に、あんな娘が貴方と出会ったのかしら!本当に悔やまれて仕方ないわ!」
——その一言に。花蕗静の眼光が、鈍く揺らめいた。
「——同じ事なんども言い聞かせる趣味はねーもんでな。ま、同情はしてやるよ。目の上のたんこぶが、何者でもねーただの小娘ってのは、アンタからすりゃ度し難いもんだろーよ」
「あら、わかってくれるのね。とは言え実の所、そこまで気に掛けているわけでも無いのだけどね——だって、あの子には何も無いじゃ無い」
女王は笑みを湛えている。それは変わらない。
だが、煌めく星屑の様なその瞳から、すっと光が消え失せるのを、静は見た。
「信念も矜持も。狂気も合理も。輝く何かのたった一つも持ち得ない、本当に、ただの娘。そんな伽藍堂が貴方を縛っているこの今が、私には耐えられないの。貴方ならわかるでしょう、シジマ」
「はっ。こらまた随分と手厳しい話じゃねーかよ。アンタら幻想生まれとは違うんだ、年端もいかねー小娘風情が頭一つ抜けた何かなんぞそうそう持っててたまるかよ」
「そう——そうね。だから本当に、私はあの子に、なんの興味もありはしないの」
退屈を持て余した様な、虚な笑顔。言葉に偽りは無いのだろう、心なしか女王の声色からは、先程までの踊る様な軽やかさは失われていた。
「だったら捨て置いちまえばいーじゃねーかよ。興味の湧かねー代物にかまけるなんざ、精神衛生上よろしくねーんじゃねーの?」
「そうしたい所なのだけど、ほら。物事には順序というものがあるでしょう?私達にも色々事情があるのよ」
微かに差した、刹那の翳り。
花蕗静の口角が、上がる。
「小娘風情とこき下ろしておいて、結局身の振り縛られてんのはそっちじゃねーか。いい笑い話じゃねーかよ」
女王の目から更に一段、温度感が失われる。
その、光の欠けた虹彩を目の当たりにして——静は一つの仮説に辿り着く。
——テメーがパラドクス持ちってのが頭ぁ凝り固まらせてたな。理屈はわかんねーが、あり得るセンとしちゃ、まぁ妥当って訳だ。だったらまぁ、折角の機会だ——
「なぁ、女王様。それと、びっくり騎士様も。負け犬の遠吠えついでに、最後にもう一つ聞かせてやるよ」
「あら、未だ他にもなにかあるのかしら?」
「あぁ——超能力者のありがたーい予言だ。聞いてけよ」
「——予言?」
——おちょくるだけおちょくって、ってのは初っ端からの指針だからな。初志貫徹といこうじゃねーか——
「未来だ。それもそう遠く無い内に、な。テメーらは仙波星翠に平伏す。努努忘れない方が身の為だぜ」




