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『本質』

——————


 一秒先か。それとも、もう僅かに余暇があるだろうか。

 どちらにしても、大きな差はない。遠からず、この身は蹂躙される。それが、殺害という分かりやすい形なのか、それとももっと別……筆舌に尽くし難い、尊厳を踏み躙られる様な顛末なのか。横たわるのは精々がその程度。どちらにしても、花蕗静に生き残る未来など残されていない。


 ——だったらどうしたってんだ。


 手足を封じられ。

 激痛に苛まれ。

 恐怖に押し潰され。

 頼みの綱の異能もネタ切れ。

 だとしても。だったとしても。

 何度でも、何十回でも。花蕗静は、同じ言葉を繰り返す。


 ——だったら、どうしたってんだ——!


 救いが無いなら平伏するな。

 望みが無いなら迎合するな。

 恐れと怯えに塗れた負け犬面を晒すな。

 勝ち目が無いなら、せめて笑え。

 見下す総ての連中を、真っ向から嘲嗤え。

 生殺与奪を握られた上に、残った尊厳まで好きにさせてたまるか。


 ——————


 幻想の頂点にして、異界の君臨者。

 女王デケムと軍神マールスにとって、異世界の少年など、本来歯牙にかける事すら躊躇われる路傍の朽ち石。興味を抱く事はあっても、畏れを抱くなどあり得ない。

 立っている場所が違う。見ている世界が異なる。

 人が虫に感情移入しないように、彼女達が無力で矮小な『現実』に心を揺らす道理は、ない。


 ——はず、だった。


 四肢を封じられながら、体の自由の全てを奪われながら。

 燃え盛る煉獄の如く燦然と輝くその瞳は、言葉よりも雄弁に物語る。

 

 ——チャンスだぜ、殺せよファンタジー。ここを逃せば必ず、テメーらの喉笛を掻っ捌いてやる——


「——まるで獣か蛮族だな」

 呆れた様な口振りで騎士が言う。これに女王が朗らかに応える。

「あら、こんなに美しい獣など見た事がないわ。跳ねっ返りも愛らしい——益々貴方が欲しくなったわ」

 言いながら、女王の手が静の頬を離れる。

 そのまま半歩下がって、くるりと身を翻す。


 ドレスがふわりと夜に踊る。

 息を呑む、凄絶な美しさを無遠慮に振り撒きながら、君臨者は謳う。


「シジマ、ねぇシジマ。私、本当に貴方が愛しくなったわ!貴方の願い事ならなんでも聞いてあげてしまいそうな程よ!だから、ねぇシジマ。つまらない意地など張らないで、私と踊りましょう!」

 可憐で華麗。

 見るもの全てを虜にする。そんな形容の議論を許さない圧倒的な美貌。

 神秘性すら帯びるその姿へと向けられる視線はしかし、一貫して凶悪そのものであった。

「魅惑的なお誘い痛みいるぜ。とは言え随分、順序のおかしな話じゃねーかよ。ダンスの相手を探しておいて、ソイツを檻にぶち込むってのは如何なもんだよ」

「檻だなんてとんでもない!私はただ、誰の邪魔もなく、貴方とゆっくりお喋りがしたかっただけだもの」

「言う事悉く無茶苦茶なクイーンだな。茶の誘いならもっと穏やかに願いたいもんだぜ」

「あら、またそんな心にも無い事を!私は貴方に合わせただけだと言うのに!」

「——なに?」


「だって貴方、あの女の子を救おうだなんて、まるで思ってないじゃ無い」

 

 女王が謳う。

 夜の暗澹の底、眩いばかりの輝きを放ったままで。


「隣人の為にその身を焦がす……とても可愛らしくて、愛らしいわ!美しくて、とっても身勝手!……でも、決して気高くはないわ。だって貴方が救いたいのはあの子自身じゃないんだもの」


 見知らぬ誰かを救う為に立ち上がる。

 見栄えは良いし、聞こえも良い。だがそれは言い換えれば、救う相手を選ばないという事。


「貴方がしたいのは〝救う〟事。そしてその相手は、誰でもいいの。その証拠に、貴方は私を助けてくれたでしょう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「——たらればで物語る趣味はねーもんでね。済んじまった話を掘っくり返してうだうだ言ってんのは柄じゃねーんだよ」

「あら、私は大好きよ!だって、訪れなかったその未来は、貴方が選んで〝捨ててきた〟物なんだもの。そうした、もう取り返しのつかない様々を想うと、胸が躍るの。貴方はそうじゃ無いの?シジマ」

「見解の相違だね。こちとらのんべんだらりと生きてる身空なもんで、大して何かを選んだなんざ思っちゃねーけどよ。それでも、選ばなかった何某かよりゃ、選び取った代物にかまけて生きてたいんだよ」

「本当に、とても素敵!まるで御伽話の英雄みたい!でも私が見たいのは、退屈な英雄譚なんかじゃない……シジマならわかってくれるでしょ?」

「買い被りだぜ。なんの話かさっぱりだ」

「——貴方の選択は、未だ終わっていないという事よ」


 女王が笑みを深める。

 妖艶で、可憐な……そして、この世のどんな悪逆よりも邪悪な、無垢な笑みを。

 


「選んで、シジマ。貴方が私と踊るなら、あの女の子の事は諦めるわ」

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