『受容と本心』
「とは言えま、そこまで取り立てて大仰な理由って話じゃねーけどな。いたいけな十代の照れ隠しってもんよ」
「……いたいけ……?」
自分で思っていたより、不審気な声色が飛び出し。慌てて口を手で覆う星翠に対して、静は尚——ただ穏やかな、カラッとした笑みを見せた。
「ようやっと慣れてきたみてーで喜ばしい限りだぜ——っと、謝ってなんざくれるなよ。世間話で一々米付きバッタみてーにされてもこっちが困るからよ」
謝罪の気配を察して、先回りされる。
「結局のとこ、だ。生まれ持ったもんなり、培った何某なり。何かを持ってるから、持ってねーから……そんな物差しで『だからてめーはこういう人間だ』って言われるのがウザったらしいもんでな。逆張りでおちょくってるってだけだ。お生憎、拘りやプライドなんぞとは殆縁遠いばっかりなんだよ」
その言葉と、配慮に。改めて、目の前の少年は本当に、心の底から信頼出来る人間なのだと、星翠は強い確信を抱いた。
「——羨ましいなぁ」
その油断と。未だ〝友人〟と言い切るには不確かな距離感こそが、星翠の本心を引き出した。
「私は……その、こんな性格だから。人にどう見られてるのか、どう思われてるのかっていうのが凄く気になって、気にして。花蕗君みたいに、自分に対しての確かな自信とか、こういう風に生きているんだから人の目なんか気にしないって言うのがとても難しくて……」
何かを持っているから。
或いは持ち得ないから。
それらと紐付けて、相手の人間性自体を推し量る——或いはわかった様なつもりになる。
これまでの短い生涯の中で何度も晒された……そしてまた、自らも他人に向けてきた、不躾な尺度に基づく判断。
——そんなもの、その人自身とはまるで関係ないと言うのに。
花蕗静の生き方と言葉は、そうした一切に対しての明確な逆理だった。
「人跡未踏の離れ小島でひっそりしてる訳でもあるまいに、人の目気にするなんざ取り立てておかしな事でもねーだろ。俺が言えた義理でもねーけどよ」
「うん——だから多分、羨ましいって感じてるのは、人の目を気にしていない事それ自体じゃ無くて、その生き方を選べる事、なんだと思う」
孤立無縁の孤高でありたいなどと。そんな望み、抱いたこともなかった。あったのはただ、ほんの細やかな願い。
自分が自分のまま、ただここに居ても良いと言う証左。
深刻になるほどに追い詰められた訳でも無く。
あるいは、喉から手が出るほどに強く渇望していた訳でもない。
ただ、一つ。自信とは無縁なこの人生において、拠り所になる様な、何か一つがあれば。
そう、思わずにはいれなかった。
「と、ごめ——んじゃなくって、えぇと、変な話を聞いてもらって、ありがとう……?」
「……どういたしまして?」
互いに、果たしてそれが正しいのかわからず、目を見合わせながら疑問符を交わす。その奇妙な滑稽さに、一瞬の沈黙を挟んだ後、二人は一斉に吹き出してしまった。
「ショッピングモールで人生相談とは、中々味わい深い青い春じゃねーか。他にご感想はあるかよ、ぇえ?」
「そういう——ふふっ、意図はなかったんだけど」
笑いを堪えながら——けれども堪えられずにクスクスと口元を押さえるその姿に。静が笑い掛ける。
「そうそう、そーいうんだぜ、大事なのは」
「——え?」
「無い物ねだりだとまでは言わねーよ。ただ、どうしたって人ん家の芝生は青いもんだからな。どーこーなんねーもん程悩みの種になるもんだ。若輩ながらに一言口出しすんなら、そーゆー時こそ肩の力ぁ抜くんだよ」
「……肩の力を?」
「応よ。ジタバタしても真綿で首、八方塞がりの袋小路だってんなら、一回諦めちまうんだよ。そっから先を考えるのは、腹一杯飯食って、ぐっすり寝てからでも遅かねーだろ」
無責任にも程がある。
何ら根拠の一つも伴わない、具体性の欠片もない、救いの言葉。けれども、言葉を紡ぐ少年……花蕗静の姿には、不思議な説得力が宿っていた。
「……出来るかな、私に」
「出来るさ、アンタなら」
余りにも短く、驚くほどにはっきりと。言い切ったその眼差しは、ひたすら真っ直ぐ少女を見据える。
「なんせ人を見る目にゃ一家言あってな。だから、あぁ……自信ってんなら、コイツだけは確かかもな」
何の躊躇いもなく言い放つその姿は、やはり。彼がどれだけ否定を重ねようとも変わらず、余りにも羨ましく。焦がれてしまう程に眩しかった。
「ただ、そうだな。それでも首も回んねーってところまで追い込まれて。次にてめーがどこに向かえばいいのか思い悩んだら、だ」
だから……失礼な話だが、意外だった。
これだけの輝きを宿した少年が——二人きりのこのタイミングで、
「あの頑固者に相談してやりゃ良い」
「——抄帷ちゃんに?」
この場にはいない、もう一人の少女の名前を出したのは。
「アレは俺なんかとは違う、マジもんの変わり種だからな。こうと決めりゃテコでも動きゃしねーし、天地がひっくり返ったってアンタの味方を辞めやしねー。上手くいくかは時の運だけど、諸手を挙げて信じてやって構わねーと思うぜ」
花蕗静を信頼する合掌抄帷。
それが今日まで見て、感じていた二人の関係性だった。
それが何か歪であるとは思えなかったし、咎められる様な話でもなかった。故に掘り下げて何をか尋ねることはなかったし、今後もそのつもりはなかった。
「——信用してるんだね、抄帷ちゃんの事」
「はっ。そんな穏やかな話じゃねーよ」
口角が上がる。
その様を目の当たりにして、仙波星翠は自らの思い違いを思い知る。
「俺に目一杯を求め続けてきやがんだ。てめーだけ半端なんざ帳尻が合わねーだろ?」
生半な友情や愛情などでは到底言い表すことの叶わない——余りにも苛烈な熱を帯びた刃物の様な、鈍く鋭い信頼という名の脅迫。互いを追い込み続ける、鋒の様な絆。
「——ま、言ってもアイツがただのガキである事に変わりがある訳でもねー。やれる事出来る事にゃ限りもあるだろーがな。そこまで無理強いする気は端からねーけど」
にも関わらず。一秒後に語るその言葉の端々にはなにか……とても尊い何かを慈しむ様な柔らかな響きが宿る。それらは個別に独立した感情では無く、一つ所に束ねられ共存する大きな歪みであるように感じられた。
絶対の信頼と、等量の気遣い。
どちらかではない。きっとどちらも本心なのだ。
「——やっぱり、羨ましいなぁ」
互いを信じ切るその強さも。
誰かを救う為に身を粉にする気高さも。
自分には無いものばかりを持ち合わせた二人に対しての羨望を止める事が、星翠は出来ずにいた。
「おぅ、勘弁しろよ物書き。何他人事みてーに言ってくれてんだよ」
だからこそ。
今度こそ、その言葉は本当に予想外だった。
言葉は間違い無く、今日まで一度も考えた事も……出来ると信じた事もないたった一つを、
「今回は俺らの番だった。事が終わりゃ、次はアンタの番だ。いつになるかは知りゃしんねーけどよ、期待してるぜ文学兎。俺は、アンタに助けられる日をよ」
どこまでも真っ直ぐ。どこまでも強く。仙波星翠へと突き付けた。




