『肯定と否定』
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「——ふぅ」
自販機で紅茶を買いながら、星翠が一息を吐いた。
ショッピングモール『エルミレオ』。
駅中の巨大商業施設の中を散策する事一時間近く。昼食を挟んで更に一時間。都合二時間程、歩き詰めでショッピングに勤しむというのは、インドアな星翠にしてみれば中々にハードなスケジュールであった。
尤も。疲弊したのは体力ばかりで、心持ちの方は随分と軽くなっていたのは事実だった。
慣れ親しんだ友人と連れ立って、日常を過ごす。
そんな当たり前がこんなにも楽しい事だと——多くの人が生涯出会すことのないだろう窮状に陥って、初めて気付く。それは確かに得難い体験だったが、それを素直に喜ぶことも憚られる辺り、今の自身が置かれている状況は本当に異質なのだな、と。星翠はどこか、他人事の様に感じていた。
ふと。行き交う人々の奥。
通路脇に置かれたベンチの真ん中に腰掛ける、花蕗静の姿を見付ける。
柄が悪い上に、全身上から下まで派手なものだから、人々の視線をとにかく集めるその姿に……本人の目が無いのを良い事に、星翠は小さく笑ってしまう。そして直後に、強い申し訳なさを感じた。
降って湧いた、友人とのショッピング。星翠がこれを手放しに楽しめた理由の一つは、花蕗静の配慮故だった。
付かず離れず帯同しながら、けれど会話には殆ど参加せず。かと言って退屈を表に出すわけでもなく、要所要所で灯と軽口を叩く。それは確かに、彼の気遣いから来る態度だった。
——想定される、幻想による強襲に備える為には側にいなければならない。けれども、星翠達の友人関係を侵食する様な真似をしたくない。態度の裏に滲んだ彼の思いを感じ取ってしかし、何か返せるものに思い至るでもなく。
結局。先に声を挙げたのは、ただ立ちすくむばかりの星翠へと視線を向けた静の方だった。
「よぉ、首尾はどうだい」
手を挙げ、呼び掛ける。ただそれだけの動作ですら鮮烈に。緩く微笑む少年へと会釈を一つ、僅かばかりの逡巡を挟んで、星翠は声の方へと足を踏み出した。
「読モと頑固者は未だ買い物中かよ」
「ぅ、うん。今は何か、海外雑貨のお店」
「……それ昼飯前にも見てなかったか?」
「……灯ちゃんがもう一回見たいって」
「バイタリティ溢れてらっしゃって、羨ましい限りだぜ」
短い会話をしながら、静がベンチの端へと移動して、一人分のスペースを空ける。その動作の意味がわからない筈もなく……気後れは未だ感じながらも、促されるより先に、星翠がベンチに腰掛ける。
「洒落た連中の買い物は長丁場で感心するぜ。一体何をそんな見てるってのかね」
「——は、花蕗君は見なくていいの?雑貨」
「あぁ。自慢じゃねーが金もねーし。そもそも碌々家になんか居やしねーからな。飾り物なんざ無用の長物だ」
「家にあんまり居ないの?」
高校生男子が日がな一日自宅に篭りきりという事は無いだろう。それでも休日や夜の大半を過ごすであろう自宅に対しての言葉としては、若干の違和感があった。
「居ねーなぁ、とんと。お友達様と連んでみたり、何某か用事にかまけてたり……帰ったところでする事なんかありゃしねーからな。風呂と便所と寝床があれば大満足だな」
少し意外だ、と。聞きながら、星翠は思った。
鮮烈なヴィジュアル。それに伴うファッション。独特の世界観を持って生きる目の前の少年が、自らの私生活に何らこだわりがないというのは、はっきりと予想外だった。
「なんだ、こだわり強めだとでも思われてたかよ」
顔に出ていたらしい。
「えぇと……うん、正直」
「んじゃ、期待に添えずって奴だ」
「……その髪とかも?」
素朴な疑問ではあった。けれどそれが少年にとっての地雷では無かっただろうかと不安になり、口にした次の瞬間には後悔の波に攫われる。だが、当の静はと言えば、
「あぁ、コイツもただのセルフプロデュースの一環でな。特別思い入れも拘りもありゃしねーよ」
本当に何も気にしていない様子で、あっさりと言ってのけた。
「……セルフプロデュース?」
言葉が示すところを理解出来ず、星翠がこてっと小首を傾げる。その表情を見て、静が口元に手を添え、僅かばかり思考する風を見せる。
「なぁ、お嬢さん」
それから徐に、顔に掛かる前髪を両手で持ち上げて、それをずずいと星翠へと寄せた。
「俺のツラ、どう思う?」
「え」
突如放たれた奇怪な問い掛けに動揺しつつ、流されるままその顔をじっと見つめる。
切れ長で、僅かに垂れ気味の目。整えられた眉。
虹彩は淡く、赤味掛かった茶色。
高い鼻に、薄紅色の唇。
大きな隈こそ目立つものの、きめ細かい肌には荒れ一つなく。その顔は、整い過ぎるほどに整った物だった。
髪や服装、言動や立ち振る舞いで今日までまるで意識した事がなかった。
花蕗静は、突出した美少年だった。
「えぇと……大変いいお顔立ち、でして……?」
「お褒めに預かり、だ。けど俺にとっちゃこんなもんは、アンタ方が眺めてた雑貨と変わりゃしねーんだよ」
「……つまり……?」
「無用の長物ってことだよ」
ばさっと髪を下ろし、適当に頭を掻きながら、心底退屈そうに静は吐き捨てた。それは、ありがちな謙遜の類とは明らかに異なる、本心からの辟易の言葉であるように思えた。
「不出来よりゃ整ってるに越した事ぁねーかもしんねーけどな。生憎ツラで食っていこうとも思ってねー以上、テンプレのイケメン顔なんてのは存外邪魔くせーばっかりなんだよ。俺は特に、ガワと中身がジャンル違いだからな」
「えぇと……見た目で中身を誤解されがち、みたいな事?」
「ニアピンだな……俺中坊の頃、ずっと坊主頭にしててよ」
「え」
本日一の驚きを示した星翠の声に笑いながら、静がもう一度自分の頭をポンポンと雑に叩く。
「ツラが良いみてーな理由で寄ってくる連中が煩わしい時期があってな。だったらいっそ、そう言う品定めから一等縁遠い装いにしてやろうかって——ま、中二病の一環だな。で、高校上がったのを機に別方向に舵切ったってだけでよ。ナリも見栄えも、人に誇れる程の思い入れも拘りもありゃしねーんだよ」
「な、なるほど……?」
曖昧な相槌を打ちながら、星翠が考える。
言葉は、両手を挙げて共感できる内容とは言い難かった。
見た目で人に判断されたくない、というのは理解が出来る。自分の内面を、外面の出来不出来で皮算用される違和感や不満は……実の所、星翠自身も経験のある話であった。
だから、そんな誤解を招かない様、自らの風体を変える。これもまた、理解が出来る。星翠自身は選ばず、実行することのなかった選択肢でこそあれど、道理としては十二分共感出来る。
ただ、彼の——花蕗静の選択はどこか、そういった道理とは違う目的を有している様に感じられた。
思慮深く、配慮に富み。
見ず知らずの誰かの為、労を尽くす事を厭わない。
強い倫理観と、思い遣りを持ちながら、それを鼻に掛けない。
僅かと呼ぶにも心許ない短い時間。
交わされた言葉と示された行動から抱いた〝花蕗静〟像。それは間違い無く、極めて気高い善性だった。
善性を誤解されたくないというならば、彼の今の風体に意味は無い。
ただ確かに、間口は大きく狭められている。
だとすれば、彼が望んでいる——或いは目指しているのは、つまり。
「——良い人、って言われたくない、の?」
言葉に、静がにやりと嗤う。
「悪くないヨミだぜ、本の虫」




