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『何でも屋まがい』

——————

「だからよー、中華よ中華。龍光りゅうこう行こうぜ」


 まことしやかに流れる噂には続きがあった。

 合掌(がっしょう)抄帷(とばり)と共に『なんでも屋まがい』と称される、もう一人の少年。彼の存在を、仙波星翠せんばほしみは知っていた。


「君に手綱を握らせるといつも中華だな。他に選択肢はないのかい?」


 入学初日。長髪を真っ赤に染め上げてきたことで一躍話題になった少年。悪行の噂絶えない素行不良者。

 『何でも屋まがい』などというあだ名をつけられるまでもなく、その遥か前から校内では名の売れた、大問題児。


 その背中を見つけ、抄帷が彼の名を呼んだ。


「静。探した」


 並び立ち、校舎を後にしようとしていた二人の少年。その内の一人が、呼び掛けに足を止め、声の方へと振り返った。


 赤い長髪をシニョンに結んだ、細身の長身。両耳につけた大ぶりのフープピアスと、目元の隈が大きく目立つ、中性的な顔立ちの少年。

 花蕗静はなふきしじま。彼こそ、『何でも屋まがい』と評される二人組、そのもう一人であった。


「……うっわ」

 眉を顰め、顔をしかめ。駆け寄ってくる少女達——というより抄帷を、殊更疲れ果てたような表情で睨め付けながら、静は大きな溜息を吐いた。

「こんにちは、合掌さん。ご無沙汰だね」

「遠野さん、こんにちは。お帰りのところ、呼び止めてしまってごめんなさい」

 静の隣に並び立ったもう一人の少年、遠野稔とおのうつぎが抄帷と挨拶を交わす。二人の和やかな様子をじっとりとした目付きで見下ろしながら、静は再び大きな溜息を吐いた。そんな彼の目線に晒されながらしかし、抄帷は至って平然とした様子で小首を傾げて見せる。

 

「溜息が多いね。幸せが逃げるよ」

「んな、カス民間伝承みてーな話ぁ願い下げだぜ。なんだよ、アンタも中華行くか?」

「魅力的なお誘いだけど、別件。少し時間頂戴」

「やだ」

「即答。なんでさ」

「どぉーせまた面倒事だろ。勘弁してくれ、俺ぁ今から酢豚食いに行くんだ」

「まぁまぁ、そう言わずに」

「……一切否定してねー辺り、マジで図々しいなてめー」

「照れる」

「引っ叩くぞ」


 面倒そうに頭を掻いてから、静が視線を抄帷から星翠へと移す。不意に向けられた眼光に思わず萎縮する少女の姿こそは愉快そうに、横槍を入れたのは遠野だった。

「お連れ様が困ってるよ、合掌さん。檻に入れておいた方がいいんじゃない?」

 言葉を受けて、抄帷は星翠へと顔を向け、小さく頷いた。

「仙波さん、大丈夫。急に噛みついて来たりしないから」

「……てめーら、俺相手なら何言っても許されると思ってんだろ」

「まさか、とんでもない」

「リスペクト」

「話がすすまねー連中だこって……お嬢さん、確かアレだよな。こっちの無礼者のお友達。名前はえーと……そう、仙波星翠、だよな」

 予想外の言葉に、星翠だけでなく抄帷と遠野を含めた三人全員が目を丸くした。

「なんだ静、知り合いだったのかい」

 遠野が皆を代表して疑問を口にする。だがこの言葉は、あっさりと否定された。

「いや、全然。俺が勝手に知ってるってだけだ。ていうか遠野、逆にてめーはなんで知らねーんだよ。有名人だぜ、こちら」

「へぇ?これはお恥ずかしい、そうなのかい?」

 遠野が抄帷へ視線を移し問い掛ける。だが、彼女に心当たりはなく、ただ肩をすくめるばかりであった。挙句、言われた当人であるところの星翠の困惑が最も色濃い始末であった。

 見かねた静が——しかし面倒そうな素振りは見せずに、口を開く。

「学生文芸コンクールってあるだろ。俺らが一年の時で……確か小説部門だったよな?優秀賞獲って、朝礼かなんかで表彰されてただろ。だよな、お嬢さん」

「——あ」

 言われるまで本当に失念していたのか、言われて初めてその内容に思い当たり——故に、一層驚きを隠せずにいた。

 

 ——複数選ばれた作品の内の一つ。決して大それた結果ではなかったし、校内で表彰されたのも星翠一人ではなかった。

 そんな些細で遠い、一度きり表舞台に上がった時の姿を覚えている人間がいるなどと、星翠は露とも思っていなかったのだ。

「仙波さん、有名人だったんだ」

 心底感心した様子で呟く抄帷に対して、赤面し、目を伏せ、大袈裟に手を振ることでこれを否定する。

「本当に、全然、大したあれじゃなくて、本当に」

 謙遜というにもやや過剰気味な否定に、あまり触れられたく無いことなのだろうか、と。抄帷はそれ以上を追求することを止める。そんな彼女の姿と、目を伏せる星翠とを順繰りに眺め、遠野が顎に手を当てる。

「君が文芸を嗜む人間だったってのは知らなかったな。正直、そちらの方が個人的には余程驚きだったよ」

 言葉は真っ当で。花蕗静の風体は、とても活字を好む人種には見えないものであった。勿論、印象は全くの偏見でしかなかったが、決して的外れでもなかったらしい。静は肩をすくめ、小さく舌を出した。

「安心しろよ、ちゃんと興味ねーから。ま、こちらのお嬢さんはちょっと印象的だったからな——っと、まーた脱線だ。んで?そんな文学少女引き連れて、一体俺に何の用があるってんだ、不感症。そいつぁ龍光の酢豚を後回しにするだけの重大な要件なんだろうな。——そうだったら、マジで勘弁願いたいんだけど」

投げやりな肯定と共に要求された本題説明に対してら抄帷が頷く。

 

 

「そうそう、実はドッペルゲンガーについてなんだけど」

「帰れ」


 静が踵を返す。

「辛辣」

「うるせー。初手から想定の外っ側から殴ってくんじゃねーよ、なんだそのオカルト全開の入口」

「それが本当にただのオカルトなのかを確かめようって話だよ」

「お門違いだ勘弁しろよ。役にも立たねぇ上に義理もねぇとなりゃ、そもそも話を聞く道理もねーだろ」

「そうだね確かに。道理はないし、義理もない。だから——はい、静っ」


 言葉と共に、ブラックの缶コーヒーが宙を舞う。

 鈴の音を思わせる、透き通った凛とした声。その響きを受け、思わず振り向いた静がそれを掴んだ。

 缶コーヒーから、それを投げた当人へ。動かした視線の先で、抄帷が小さく微笑んだ。

「だから、これはお願い。そのコーヒーを飲み切るまでの間で構わないから私の話を聞いてよ、静」


 余裕でも、信用でもない。

 ただ、その願いは聞き入れられると既に知っているような、不思議な程に穏やかな笑み。その裏付けに足るだけの信頼とは一体、どれだけの何を積み重ねれば結ばれるのか。わからずに、思わず星翠は抄帷と——その言葉を受け、観念した風に頭を掻く静とを交互に見やった。


「——遠野、飯は延期だ」

 項垂れた赤髪に、遠野稔はひどく楽しげに笑う

「承知したよ。全く、素敵なお目付役で羨ましい限りだよ」

「こちとら牧歌平穏が座右の銘だってんだよ、ったく……」


 ——————


「しかしまぁ、ドッペルゲンガーねぇ……」

 遠野と別れた後、件の内容を一通り聞き終えた静は、単語の示す意味を推し量るように一人呟き……しかし何をか妙案めいたものを思い付く訳でもなく、困った様に頭を掻くばかりであった。

「気持ちの良い話じゃねーけど、だから具体的にどうってのも思い浮かばねぇな。そもそもそちらの文学少女の言葉通り、実害がねー以上対策もなにもねーんじゃねーか」

 夜半、部屋の片隅より自らを見つめる、自身と同じ姿をした影。その現出に伴う明確な被害は確かに、今時点においては何も存在していなかった。

 故に静の言葉は正しく、加えてそれはつい先ほど、結立灯に向けて抄帷が口にした物とも相違なかった。

 違ったのは、その先。灯に向けて発した自らと同じ言葉を、しかし今度は抄帷自身が明確に否定したことだった。

「実害がないというのは『現状においては』、という条件付きでしょ。明らかな怪異が既にあって、それでもこの先はきっと安全、なんて保証はないよね?」

「そらそーだ……とはいえ有識者でもねー俺らが首突っ込む案件とは思わねーけどなぁ」

「だからこそ、だよ」

「ぁあ?」

 静が眉を顰める。元の風体が風体なだけに、顰めたその顔には相応の迫力があり、会話の成り行きを見守っていた星翠が思わず半歩後ずさった。

 一方。真っ向から、その訝しげな眼差しを向けられた当の少女はと言えば、こちらは全くたじろぎもしなかった。

「異常はある。だけど被害はない。挙句にそれがオカルトめいた代物とくれば、その原因や解決策を探してくれる様な機関はないと思う。個人としても勿論、ね。だからこそ……未だ何も起きていない今だからこそ、私たちの手で調べてみようよ」

「ノリノリな話だこって……ちなみに一応聞いとくぜ。そんだけ前のめりに大言吐く位だ、なにか具体案はあんのかよ」

「それを今から考えるんだよ」

「……結局ノープランかよ。つっかえねー名探偵だ」

「それほどでも」

「嫌味だ、アホ」


 うんざりした様な顔のまま、静が徐にスマートフォンを取り出す。画面へと目線を落としたまま、口を開く。

「ドッペルゲンガーの話題が流行り始めたの、確か夏休みの暮れ位からだったよな。それも確か、この街の近隣一体限定って話だったよな」

 言葉の矛先が自身に向いていることに一瞬気付かなかったらしく、一拍ほど沈黙を挟み、慌てた様子で星翠が頷く。

「う、うん。私もすごく詳しいわけじゃないんだけど、か、かなり大きな話題にはなってる、らしい、です……」

「で、お嬢さんの自室にドッペル野郎が不法侵入し始めたのも丁度その位の時期、で合ってるか?」

「は、はい……」

「部屋以外でソイツに出会した事は?」

「それは——ない、です……」

 静が口元に手をやり、考え込む。

「取っ掛かりが少ねーなー……ネットくんだりと紐付けるにしろ切り離すにしろ、なんせ手掛かりがなさ過ぎるだろ」

「うん。だから一先ず、SNSの話題については無視でいいのかなって。考えなきゃいけない範囲を無理に広げても、時間の無駄かな、と」

「だな。となりゃ、探り入れんならやっぱ——」

「仙波さんの部屋、だね」

「え」


 抄帷と静の視線に、素っ頓狂な声を挙げて星翠が目を丸くする。そんな少女の真っ当な戸惑いなどまるでお構い無しに、抄帷が話を進める。

「ということで、お邪魔してもいい?」

「え、え、い、今から……!?」

「うん、今から。構わない?」

「構うにきまってんだろ、倫理観吹き飛んでのかてめー」


 静が心底呆れた様に話を遮る。咎められた意味がわからないといった様子で首を傾げる。

「……他意はないんだけれど」

「あってたまるか。っつーかそもそもそう言う問題じゃねーっての。どこの世の中にアポ取ってねー女子の自宅に突撃掛けるバカがいるんだっての」

「でも、調べをいれるならなるべく早い方がいいでしょう?星翠さん、この後予定があったりする?」

 再び話の矛先を向けられた星翠が、慌てふためく。

「ぅえ、い、いえ、ない、ですけど……」

「では、行きましょう」

「え、えぇ」

 言い切る抄帷に、狼狽える星翠。代わりに言葉を発したのは静であった。

「いや行かねーよ怖過ぎるだろ。見ろ、文学少女が恐怖のあまりドン引きだぞ」


 花蕗静の言葉の通り、仙波星翠はひどく狼狽していた。ただそれは、合掌抄帷が口にした突拍子もない言葉に対してというより、それを口にした彼女の内心を測りかねていたが故であった。


『ドッペルゲンガー』などと言う、荒唐無稽の怪異。或いはきっとそんなもの、笑い話の一つにでもしてしまえば済むだろう……真剣に向き合う意味などまるでない戯言。そんな仙波星翠の言葉を、何故、合掌抄帷はここまで気に掛けるのか。

 自宅に押し掛ける、なんて非常識極まる提案。これを星翠が咄嗟に拒絶出来なかったのは、その真意がまるでわからなかったからであった。

 合掌抄帷がどんな人間なのかを、明確に言い表す事が星翠には出来ない。それでも彼女の突飛な言葉の内に、何らかの悪意や下心の類は欠片も感じ取る事が出来なかったのだ。

 そんな戸惑いも起因して、

「お、お母さ——えと、母に聞いてみて、問題がなけれ、ば……?」

星翠は、条件付きでの了承を口にしていた。

「わかった。それじゃあ、お願いしてもいい?」

 相変わらずな抄帷に押し切られる形で、星翠が自宅へ連絡をする為に、スマートフォンを取り出す。

「嫌な事は嫌ってハッキリ言った方がいーぜ。あの手の手合いはさもなきゃ、どこまーでもてめーの意見通そうとしやがんだからよ」などと、呆れた様に言い捨てる静に対して、

「ぇ、っと。無かったし、予定……それに、私が始めた相談だから——」

星翠は困った様に、控え目に笑うばかりであった。

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