『来客』
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冷酷で非道。
であるにも関わらず、何人の逆心も背信も許さず、彼の大国を統治した絶対君主にして頂点者。
諸国を見回しても比肩する者なき軍神。
それにより率いられる百戦錬磨の大騎士団。
そして、『天使』。
幻想の中の幻想。
超然の中の超然。
その実存は、絶望以外の響きをまるで有してはいなかった。
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「魔法やら何やらが現実に持ち出せるかは見当も付かねーが、連中の装備がまるまんま引っ付いて来た所を見るに、皮算用で気ぃ抜けやしねーだろうな。最悪の場合、ファンタジーの勇者よろしくバチバチやり合わなきゃなんねーかもな」
あっさりと口にする静の対面……もはや土塊のような顔色になった星翠は、次の言葉を見つけられずにいた。
何度も何度も、繰り返し読み返した愛すべき英雄譚。
その中で、何度繰り返しても震え上がらずにはいられない、恐るべき存在。物語を熟知している彼女こそ、想定される現状に対して最も正確に、最も強く恐怖を感じていた。
——勝てる勝てないの話ではない。
そんな、コミックやアニメの様な二元論の介入など断固として認めない事実。何の力も持ち得ない、ただの少女が挑むには、余りにも巨大な幻想の影。
「——ま、だからってやられっぱなしとはいかねーけどな」
訳もわからず、理由も知れず。
それでも我が身を狙う非現実に打ちのめされ、昏倒する寸前のまで追い込まれた少女へと向けて、逆理が嗤う。
ぐらつく視線を、それでも何とか上向きに。
視界に収めたその表情は、突き付けられた現実と等量——或いはそれ以上の戦慄を星翠に与えた。
「何か考えが?」
抄帷の問い掛けに、静はやや投げやりな風に肩をすくめた。
「お気に召すかは知らねーけどな……と、事のついでだ。仙波、『タイソウ』って言葉に聞き覚えあるか?」
「たいそう?」
「おー。あの騎士様が口にしてた言葉でな。文脈的にも、野郎の槍の事だと思うんだけどよ」
「あぁ、『破禄の大葬』だね。マールスの赤い槍の名前で……〝城砦穿ち〟なんて呼ばれる、魔槍だよ」
「いいこと聞いたぜ、流石だ」
そこで一度言葉を切って、静は自らの喉笛を掻き切る動作をしてみせた。
「あの騎士野郎だけどな……はっきり言っちまうけど、ありゃ無理だ。天変地異がバーゲンセールでもやらねー限り、まず勝ちの目はねーな」
いっそ清々しいまでに潔く言い切るその姿にはしかし、悲壮感の類は見られなかった。
「……弱点探しとは?」
「あったらあったで一泡吹かせてやりたかったんだよ。けどま、無理なもんはしょーがねー……ちなみに女王のフィジカルが騎士より上って事はねーよな?」
「それは、勿論。〝天使〟を含めた魔術による力を除けば、デケム女王は普通の人間と変わらないけど——ってまさか——」
言葉の途中でその狙いに気付き、星翠が絶句する。
その表情を含めて、とにかく愉快気に、静は口角を上げた。
「勝ちの目がねーなら、スルー推奨。その上で、野郎が仙波を付け狙う動機の方を先に潰してやる。その為にも、やっとかねーとなんねぇ下ごしらえがあるけどな」
「下ごしらえ?」
鸚鵡返しに問い返す抄帷へと向けて、静は殊更凶悪そうな笑みを浮かべてみせた。
「連中がファンタジーの出身なら、こっちもファンタジーを引っ張ってくるんだよ。お嬢さんの話に出てきてたじゃねーか……思い出せよ、女王はなんで『名無し』に負けた?」
土塊色だった星翠の頬に赤みが差す。
両目は見開かれ、微かに濡れたその眼が静へと向けられる。
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彼の剣は、境界を隔てる楔。
異なる種族。
異なる世界。
異なる規律を横断する、不文律の聖剣。
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「——『汀の聖剣』——!」
「ご明察だ文筆家」
打倒不可、攻略不能の幻想の頂。
その牙城を突き崩す為に望まれたのは、再びの幻想。
「パラドクス能力者を先にふんじばって、首根っこ引っ捕まえてでも『聖剣』を作らせる。ソイツを使って女王様を仕留めちまえば、黒騎士様がお嬢様狙う理由も先回りで潰せるだろ」
「——能力者を見つけ出さなければならないという前提が覆らない以上、議論が進展したとは言い難いけどね」
絶望は希望に。
反転した心情を如実に示す表情の弛みに僅か、小さな安堵を覚えつつ。しかし現実への対処を優先した抄帷の言葉が、活気付いた空気に水を差す。
無論、そこに悪意が無いことも。——寧ろそんな役回りに対しての申し訳なさを感じているだろう事も理解して、静が先を続けた。
「それに関しては一個、考えがあるぜ。ぶったまげのウルトラCって奴だ」
「古めかしい言い回し」
「ほっとけ」
「それで?考えっていうのは」
「それは——」
「えぇえ、物珍しい組み合わせ!」
言い掛けた静。
耳を傾ける抄帷。
そんな二人の対面の星翠。
全員が全員、動作の一切を中断して顔を上げた。
「あ」
最初に声を挙げたのは星翠だった。
現実味の欠片もない、超常蔓延る混沌の非日常の渦中。突如姿を現した日常の使者。
「私からの連絡をほっぽって、優雅に朝のティータイムとは……!酷い裏切りではあるまいか!」
不恰好かつ、全く以て不完全。何とも間の抜けた格闘の構えを見せながら、結立灯は自らを除け者にしているらしい親友へと向けて、高らかに不満を口にした。
「——灯ちゃん」
素っ頓狂。
そう言い表す他ない程に珍妙で、実際全く何の役にも立たない構えは引き続き。加えて更にゆらゆらと不可解な挙動を見せながら、結立灯の非難は続く。
「昨日の夜からずーっと私を無視して、事もあろうに抄帷とカフェとは……なんという疎外感……!」
「え、あれ、と、ごめん——」
急速かつ突然に。
現実に引き戻された星翠が、わたわたとショルダーバッグの中を漁る。探り当てたスマートフォンの通知を確認したその表情が、さっと青ざめる。
「ご、ごめん!ちょっと昨日、その——バタバタしてて、気付かないで寝ちゃった」
——まさか、この世ならざる者どもに追い立てられた挙句、疲れ果てて昏倒したなどとは口が裂けても言えない。なんとも苦しいその言い分に、灯が語気を強める。
「いいや、許さん。お詫びに私も仲間に入れて欲しい。是非に」
要求自体は相変わらず、何とも間の抜けたものであったが。
「えぇ、えー、っと」
星翠がちらりと、抄帷へと視線を向ける。とは言え、突然の乱入者——それも今回の超然とは全くの無縁である灯にどう対応すべきか、咄嗟に判断が出来ないのは彼女も一緒だった。
一瞬にも満たない、間。助け舟を出したのは、静だった。
「ショバ代席料占めて五千円貰ってるけど、財布の中身は問題ないかよ、スーパーモデル」
「おぅ、なんというぼったくり。それではこちらの可愛い女子にツケておいて下さいな」
三文芝居も程々に。言うやいそいそと星翠の隣に腰を下ろす。そんな姿を目の当たりにして、静が軽く口の端に笑みを浮かべた。
「朝っぱらから豪胆結構。愉快なお客様で何よりだ」
「そちらもどうして、中々棘塗れな歓迎をありがとー」
軽快に交わされる会話に、驚きの声を挙げたのは抄帷であった。
「……二人って、面識あったんだ。知らなかった」
これに、言われた二人は声を揃えて
「ん?全然」
言い切った。
「流石に初対面ってことはないけど、ちゃんとお喋りするのは初めてかな?噂や、後はたまーに学校ですれ違う位かな?ね、花蕗君」
「同じくってやつだな。入学からこっち、ツラ突き合わせた事ぁなかった筈だぜ」
「……コミュ強怖」
抄帷の短いツッコミに、星翠もコクコクと頷き、同意を示した。
「あ、でも一方通行だけど知ってはいたよ。なんたって有名人ですからねー、花蕗君は」
「まーたどうせ禄でもねー噂だろ。それに実の所はイッツーじゃねーぜ」
「ほほぅ、と言いますと?」
「アンタの事もまた同じくってやつだ。噂ってんなら、そちらさんも大概な有名人だろ、結立さんよ」
「え、そうなの?」
ごく自然に尋ねた抄帷に向けて、静がジトっとした視線を送る。
「……なんでアンタが知らねーんだよ。連んでるんじゃなかったのか」
「え、本当に知らない。何かあるの」
「あー、なんかあんま話す機会なかったもんねー……っと、見て見て」
言いつつ、灯が自らのスマートフォンを操作して、表示された画面を抄帷へと差し出した。
ティーン向けのファッショ誌、そのネット掲載写真。そこには可愛らしいものからクール系まで、様々な服を着こなしながらポージングをとる灯の姿があった。
「え、すごい。可愛いし、カッコいい」
「ほほぅ、流石抄帷さん。見る目がありますなぁ」
「結立さん、モデルだったの?」
真正面から尋ねられた灯は、さも何でもないかのように手を振り、これを軽く否定してみせた。
「ただの読者モデルだよー。高校入ってから、アルバイトとしてちょろりちょろりやってるんだー」
「入学早々だっけか。えらくツラの良い女子が居るって話題になっててよ。その折に名前だけな」
「いやー、それほどです」
褒め慣れられているのだろう、特段の否定の素振りも見せず……かと言って鼻にかけた様子もないまま、わざとらしく照れる動作をしてみせる灯の隣で、
「…………」
抄帷が、やや非難めいた眼差しを静へと向けていた。
「なんだよ」
「……いや、静も男の子だったんだなー、と」
「噂で聞いただけだっての。悪ぃが、個人的には全然興味ねーよ」
「むむ、それはそれで若干の悔しさ。ちなみに花蕗の旦那、女性のタイプはどんなもんで?」
「イングリッド・バーグマン」
「なんて?」




