「あき」の場合②
今思うと、このコミュニケーションを楽しんでいたのは俺だけだったのかもしれない
"神威、私からも質問していい?"
改まって「あき」は問うてきた
"「見える」ってどんな感じなの?"
難しい質問だった
当たり前に見ているものを、当たり前に見えない人にどう説明したらいいのか分からなかった
"⋯どう伝えたらいいのか⋯良いことと悪いことと
見たいものと見たくないものと⋯そんな感じかな"
全く芯を食ったことは言えなかった
"本! 本が読めるんだ!"
良いことがようやく絞り出てきた
"ほん? ほんって何?"
「あき」は本のことを知らないらしい
無理もない 見えない人間と本の相性は水と油だから
"本は文字が書いてある紙のことなんだ。
文字ってのは、言葉を見えるようにしたもので⋯"
「あき」は不思議そうな顔をしている
"見える人間は少ないのに、見える人間にしか分からないものがあるのね。"
俺は続きの言葉を飲み込んだ
多分、「あき」と本は縁のないものだから
これ以上この話をしても良くないと思った
俺は本が好きだった
特に空想の物語を描いた小説が好きだった
今日まで本だけ読んで過ごしてきたと言っても過言ではない
"ところで「あき」の子供はどこにいるの?"
俺の質問を境に「あき」の表情は一変した
再び深い悲しみの顔になっていた
"子供は⋯分からないの。
どこにいるのか。なんて名前かも。"
俺はどんな言葉をかけるべきか分からなかった
ただ、「あき」を慰めたいと思った
"大丈夫。きっと大丈夫。"
ゆっくりと「あき」のそばに近づいた
"きっと子供は元気だよ。大丈夫。"
そっと「あき」の肩を抱きしめた
「あき」は飛び跳ねる勢いで驚いていた
"いや、ちょ、神威よね?"
「あき」はかなり動揺しているようだった
こんな展開を本で読んだことがある
悲しむ女性に対して、主人公がそっと肩を抱きしめる
そして主人公が優しい言葉を吐き、主人公の胸の中で女性が涙を流す
自然と俺はその流れを踏襲していた
"「あき」はとても美しいね"
TPOなんて関係ないし、この言葉が所謂口説き文句であることなど10の俺には知る由もなかった
俺の胸の中で「あき」は涙を
流さなかった
"⋯⋯"
ただ胸に顔を埋めて微動だにしなかった
小説は空想の物語なので、実際はこんな感じなんだろう
そう思うことにした
"俺が息子を探してあげる"
なんの正義感なのか自分でもよく分からない
もしかしたらこれが初恋なのかもしれない
ただ格好つけたかっただけなのかもしれない
"また来るね"
俺が離れてもなお、「あき」は言葉を交わすことはおろか身体を動かしていなかった
微かに震える口元以外
彼女の悲しみに触れ高まる正義感を携えて
俺はその場を去った
次の日
同じ場所で横たわる「あき」の姿があった
首を石で切り裂かれた無惨な姿がそこにはあった
「あき」の手には血まみれの石が握られていた




