「あき」の場合①
「あき」は小さな女だった。
初めて「あき」を見たのは、俺がまだこの街以外に世界を知らなかった10歳の頃だ。
「あき」は〈聴覚〉と〈触覚〉しかない女だった。
女で2持ちってのは災難だよな。
誰かの慰み者になるか、誰も近づけずに孤独に生きるか
「あき」は後者の人間だったのだろうな
俺が見かけた時、俺のいる方向を息を殺して向いていた
少し大きな石を握りしめ、耳を澄ませていたんだ
"なあ、おい"
「あき」は驚きのあまり持っていた石を落とした
"俺は丸腰だ。"
俺の話を聞く耳を持たず「あき」は必死に散らばった石を拾い集めた
鼻息荒くなったことで周りの音が聞こえにくくなったのだろう
必死に辺りを見回すように首を振っている
"頼むよ。お喋りがしたいんだ。"
"⋯"
「あき」は会話を返すことはなく、凄い形相で辺りを警戒している
"俺は神威っていうんだ。あんたは。"
この言葉を受けて「あき」は静止した
何かを悟ったような、何かを諦めたような
悲しみと憂いを帯びた表情をしている
"「あき」"
初めて「あき」とコミュニケーションが取れた瞬間だった
俺は嬉しくなって「あき」の元に歩み寄ろうとしたが
「あき」が怯えているのが分かり足を止めた
先程までの威嚇する様子はなくなった
"「あき」は何持ちなんだ?"
俺はその場で腰を落とした
"言うわけないでしょ。バカじゃないの"
当時の俺はこの質問がタブーであることを知らなかった
【何持ち】即ち、感覚をいくつ持っているかは
この街ではヒエラルキーを表すものだった
いくつ、何の、感覚を持っているか
この情報は生命線であり、弱者は虐げられるしかなかったのだ
"⋯ごめんなさい。今のは言い過ぎたわ"
「あき」は我に返ったように丁寧だった
"あなた⋯神威は確か10歳よね。知らなくても仕方がないわね。"
「あき」は凄くお喋りな女だった
先程の質問がタブーなこと
俺のことは生まれた時から知っていたこと
息子がいること
つい数分前まで他人を警戒していたとは思えないほど
「あき」は色々なことを教えてくれた
"だってあなた有名人だもの。見える子だって"
この街では数少ない〈視覚〉持ちは、ヒエラルキーの上位に位置していることを俺は初めて知った
"何を取っても「見える」ことに勝らず。
あなたも知ってるでしょう。
「見える」子には最上の「神」の名が入るのよ"
"あなたは知らなそうだから言うけど、私の名前は「あき」。本当は名前も気軽に名乗っちゃだめなのよ。"
その日初めて「あき」が微笑んだように見えた




