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馬で競うギャンブルが競馬なら、竜で競うギャンブルは競竜だ。  作者: 秋山機竜


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第9話 卒業レース・後編

 ゼルツェンは教官に指示された通り、ちょうどいいスタートを決めて先頭を確保した。


 逃げ戦法は難しい。先頭で風圧を受けることになるため、ごりごり体力を削られていくからだ。


 それでいて他の飛竜に絡まれたら、騎乗している飛竜が興奮してペースアップしてしまうかもしれない。


 だから逃げ戦法は安易に選択するべきではないし、二番手という他の飛竜を風よけに使えて、しかも前目を維持できるポジションは有利なのだ。


 それでも逃げに有利な点があるとすれば、もし騎乗した竜騎手がラップタイムを完璧に管理できるのであれば、先頭で距離を稼いだ分を活かして勝てることにある。


 となれば、卒業レースのコース設定が気になってくるだろう。


 競竜学校の上空にあるシンプルな周回コースで、二つの直線と二つの大きなカーブの組み合わせだ。


 スタートポイントからゴールラインまで、コースの形を示すガイドビーコンは空中に描かれていて、すべて魔法で生み出した映像だから衝突しても痛くない。


 ただしガイドビーコンに接触すると失格判定になるので、安全運転が重要だ。


 距離は3200メートル。競馬だと3200メートルは長距離扱いだが、競竜は飛行する競技なので短距離扱いになる。


 なにも難しくないことが特徴なので、競竜の基本を学ぶために最適であった。


 そんな飛びやすいコースを、ゼルツェンは己の体内時計を信じて丁寧に逃げているわけだが、《バックドロップ》の気配に違和感を覚えていた。


「……こいつ本当に逃げ飛竜か?」


 飛竜本人が逃げることを嫌っている気配を感じていた。


 すでに逃げを決めてしまったので、いまさら戦法の変更なんてできないのだが、それでも違和感は消えなかった。


 おかしな話でもある。現役時代の《バックドロップ》は間違いなく逃げ飛竜だったし、それで重賞を一つ勝っているはずなのに、なぜ違和感が出てきたんだろうか?


 そうやって悩んでいるうちに、最後の直線にたどりついてしまった。


 すでに《バックドロップ》は体力気力ともに枯渇していて、ずるずると後退していく。


 一頭、また一頭と抜かされて、あぁこれは勝てないな、とゼルツェンは悟った。


 結局最下位まで沈んでしまって、そこがゴールラインであった。


 ――なお友達のデルデの飛竜だが、無難に5着でゴールインである。


 ● ● ● ●


 ゼルツェンはスタート地点に戻りながら、《バックドロップ》の不機嫌な顔を目撃した。


「……やっぱりこいつ、逃げ飛竜じゃないぞ」


 最下位という結果は残念だったが、そんなことより前評判と実態のズレが気になった。


 なんで現役時代、逃げて勝ったはずの飛竜が、競竜学校で飛んだら逃げを嫌っているのだ?


 教官の指示が間違っていたのではないか?


 そう思いながら、スタート地点に着陸すると、来賓の一人が歩いてきた。


 癖竜に乗らせたら世界一の竜騎手、ハヤテである。


「《バックドロップ》に乗っていたおぬし、名前は?」


 ハヤテを間近で見ると、完全に風景から浮いていた。忍者装束が目立ちすぎるのだ。それでいて雰囲気は超然としているから、まるで武術の達人みたいだった。


 そんな異様な男に、ゼルツェンは自己紹介した。


「ゼルツェン・ハルパーです。よろしくお願いします」


「なるほどゼル坊じゃな。では正直に答えてくれゼル坊。《バックドロップ》は本当に逃げ飛竜のままだったか?」


 現役のトップ竜騎手に正直に答えてくれと言われたので、たとえそれが教官の指示に逆らうことであろうとも、そのまま答えた。


「逃げ飛竜じゃないです。彼は先頭に立つことを嫌っています」


 案の定、教官が目を吊り上げてゼルツェンに反発した。


「飛竜の特徴を無視するばかりか、指示に逆らうのはよくない傾向だぞ、ゼルツェン」


「しかし教官、実際に乗った感触が逃げ飛竜じゃなかったんですよ」


「そんなことあるか。現役時代逃げて重賞勝ってるのに」


 では論争の火種を作ったハヤテがどう判断するのか?


 ハヤテは《バックドロップ》の頬を撫でながら、教官に反論した。


「飛竜は年を取ってから傾向が変わることもあるんじゃよ。現在の《バックドロップ》は逃げるのが嫌いで、後ろから行きたいんじゃ」


「ええっ!? そんなことあるのか、ハヤテ?」


「あるに決まっておる。おぬしはそういうところがわからないままだったから、成績が伸びなかったのではないか」


 あとでわかったことだが、どうやら教官はハヤテやデラリアと同期だったようだ。


 しかし教官は若いころから成績が普通以下だったので、数年前に引退して競竜学校の教官になっていた。


 そういう縁があったので、今年の卒業レースの来賓が、珍しくトップ竜騎手になったのだ。


 さて、ずっと現役を続けているハヤテの意見と、成績が悪くて早期引退した教官の意見、どちらが正しいかといえば火を見るより明らかであった。


 ゼルツェンは《バックドロップ》の頬を撫でながら、にっこり微笑んだ。


「たまには俺の方が正しいこともありますよ、教官」


 教官は、ぐにゃりと表情を崩して敗北を認めつつ、なぜかゼルツェンと握手した。


「ゼルツェン、もしかしたらお前の長所は、飛竜の個性に気づけることかもしれないな。実際、飛竜のお世話の成績はぶっちぎりでよかったし」


「それが騎乗技術に繋がればいいんですけどねぇ……」


「そうだな。座学と飛竜のお世話だけはとにかく優秀なのに、なぜか飛竜に乗ると下手だ。本当に不思議なやつだ」


 なんで三年間みっちり訓練したのに、飛竜に乗ることだけはうまくならなかったんだろうか。


 我ながら不思議すぎて軽く落ち込んだ。


 そんなゼルツェンを励ますように、現役トップ竜騎手のハヤテが突然踊りだした。


「ワシは決めたぞ。ゼル坊を弟子にする」


 ゼルツェンにしてみれば、なんでこの人いきなり踊りだしたんだ、と驚いた。


 だが周囲の大人たちは、そんなところに驚いていなかった。


「あの変わり者のハヤテが弟子を取るなんてありえるのか!?」


 どうやらハヤテが弟子を取ること自体が異例だったらしい。


 とくに驚いているのは、ハヤテの同期でリーディングトップを突っ走るデラリアであった。


「ハヤテが弟子をとるなんて初めてのことだぞ。この下手くそな若造のどこに将来性があるというのだ?」


 リーディングトップの竜騎手にまでストレートに下手くそと言われてしまって、またまたゼルツェンは心にダメージを受けた。


 だがそんなことはいまさらだ。教官にだって散々言われてきた。だからいま大切なことは、どうしてハヤテみたいな凄腕が前例を覆して、自分を弟子にしようとしたかだ。


「ハヤテさん。どうして落ちこぼれ世代のなかでも、とくに騎乗技術に問題を抱えた俺を弟子にしようと思ったんです?」


「ずばり、おぬしには癖竜に乗る才能がある」


「俺にですか?」


 にわかに信じがたいことであった。


 だがハヤテには確信があるらしく、かつての相棒バックドロップに寄り添った。


「《バックドロップ》もゼル坊を気に入ったことが、なによりの証拠じゃ」


「実感はないんですが、そうなんですね……?」


「うむ。いまはただの下手くそ新人じゃが、いつかその才能が花開くじゃろうて」


 こうも一日に何度も下手くそとバカにされると、傷つくよりも雑草魂が燃え上がった。


「わかりました。ハヤテさんの弟子になって、圧倒的にうまくなって、みなさんを見返しますよ」


 ハヤテの弟子になれば、きっと騎乗技術が向上して、魔王賞を勝てるはずだ。


 そして父の冤罪を証明する。


 そのためであれば、どんな困難だって乗り越えてみせる。

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