第8話 卒業レース・前編
競竜学校三年目の期末には、卒業レースが行われる。
今期の卒業生も例年通り100名を超えるため、ちょっとしたイベントの規模である。
途中で脱落者がいたにも関わらず、これだけの人数が卒業するのだから、競竜の規模が大きいことがわかるだろう。
100名以上の卒業レースとなれば、当然複数のレースが組まれることになった。
本場を想定してフルゲート16頭で、7レース組まれた。
ゼルツェンは友達のデルデと同じレースに出走することになった。
「デルデは緊張しないのか? 俺は結構緊張してるんだが……」
ゼルツェンは卒業レースの雰囲気に飲み込まれていた。
いつものように学校関係者だけではなくて、外部の関係者も来場しているからだ。競竜専門誌の取材も入っているし、現役の竜騎手も来賓している。
さすがに観客は入れていないが、それでもいつもと異なる環境で飛竜に乗るのは緊張するようだ。
「そりゃあ緊張してるけどさぁ、でもまぁとにかく安全運転で乗ることを意識してるから」
デルデの心構えは実に正しかった。
この三年間たっぷり訓練してきたんだし、それを活かして安全にゴールすることがなによりも大事であった。
ちなみにゼルツェンが卒業レースで乗るのは、残念ながら故郷のグラーブファームの生産飛竜ではなかった。
超大手ツワモトファームの生産飛竜で、名前は《バックドロップ》だ。現役時代、重賞を勝っている良血飛竜である。
彼のセカンドキャリアとして競竜学校が選ばれたわけだが、その目的は特殊な訓練目的だった。
癖竜なのだ。つまり普通に乗りこなすことが難しい性格なので、スタンダードな騎乗技術では対応できない。
竜騎手は、ときに癖竜に乗らないといけないこともあるため、それを体感するために導入されている。
そんな難しい飛竜を、ゼルツェンは抽選で引いてしまった。正直運がない。だからといって腐るつもりもない。
やれるだけのことをやるだけだ。
《バックドロップ》の乗り方については、教官から説明があった。
「訓練でも一度乗っていると思うが、《バックドロップ》は逃げ飛竜だ。ひたすら先頭を維持すればいい」
そう、お世話もしたことがあるし、飛行訓練で乗ったこともある。
かなり臆病なやつであり、他の飛竜が怖いせいで竜群に入れないのである。
だからひたすら竜群の先頭に立って逃げまくることが必須戦法であった。
そんな個性を持った《バックドロップ》に、ゼルツェンは挨拶した。
「今日はよろしくな、《バックドロップ》」
《バックドロップ》は、ぷおんっと小声で鳴くだけだった。どうやらやる気がないらしい。訓練で使われている飛竜だから、現役時代みたいなぴりっとした雰囲気は消えているのだ。
これぐらい力んでいないほうが乗りやすいかもなぁ、と思った。
もうすぐ第1レースが始まるのだが、その前に校長先生から説明があった。
「現役のトップ竜騎手お二人が見学してくださるので、手を抜かないようにな」
例年と異なり、今年の竜騎手の来賓はトップ層であった。
デラリア・アラヒムと、ハヤテ・オキアミだ。
デラリアが砂漠地域出身の浅黒い男であり、ハヤテは東方出身の忍者装束を着た男だった。
二人は同期であり、今年36歳。両者ともにデビューした年にG1を勝っていた。
一般的にはデビューした年にG1の騎乗依頼がくることはない。経験不足の下手くそだからだ。
だがこの二人だけ特別性で、デビューした年にばんばん勝ち鞍を稼いで、そのままの勢いでG1まで勝ってしまった。
友達のデルデは、卒業レースの雰囲気ではなくて、来賓の豪華さにそわそわしていた。
「デラリア・アラヒムといえば、ゴルドザーム・カルペルが死んだあと、ずっとリーディングトップを維持してる凄腕じゃないか」
天才である父の死後、リーディング――つまり勝利数争いの頂点に君臨したのがデラリアだ。
なにか因縁みたいなものをゼルツェンは感じた。
「もう一人の凄腕、ハヤテ・オキアミだって、特殊な才能の持ち主だ」
ハヤテも勝利数が多いのは当然として、プラスワンで絶対的な特技があった。
癖竜に乗せたら世界一なのだ。
彼以上に癖竜を乗りこなせる竜騎手は存在しない。その一点だけでいえば、ゴルドザーム以上と評価されていた。
「オラたちもデビューしたら、ああいう人たちと肩を並べて争うことになるんだなぁ」
デルデは、まるで強敵を前にした下っ端みたいに萎縮していた。
「あのレベルと争う前に、まずは現場に慣れないといけないんだろう。どうやら俺たち落ちこぼれの世代らしいし」
ゼルツェンとデルデは、お風呂の脱衣所で、教官たちの雑談を盗み聞きしたことがある。
どうやら今期の卒業生は、相当出来が悪いらしい。だから落ちこぼれの世代だ。
デルデは、怒ったフグみたいに頬をふくらませた。
「落ちこぼれだって、卒業はできたんだから、チャンスはゼロじゃないはず」
「ああそうだ。落ちこぼれがエリートを追い抜かすことだってあるだろうさ。かつての大帝だってそうだったんだから、俺たちにだってできるはずだ」
前向きな気持ちを維持しなければ、魔王賞を勝つことなんて到底無理だ。
必ず父の冤罪を証明して見せる、と決意を新たにしたところで、ついに卒業レースの発走時刻になった。
● ● ● ●
ゼルツェンとデルデは、一発目のレースに出走する。
「本当はあっちでもよかったんだけどな」
ゼルツェンがぼやいたのは、友達のデルデがグラーブファームで生産した飛竜に乗るからだ。
もちろんツワモトファームで生産された《バックドロップ》だって良い飛竜だが、第二の故郷で生まれた飛竜で卒業レースに挑んでみたい気持ちもあった。
来賓席のハヤテが、ゼルツェンの《バックドロップ》に反応していた。
「ワシの乗っておった《バックドロップ》、新人が乗れるんかのぉ。なかなかの臆病者で、そこそこ手こずったっちゅーに」
癖竜といえばハヤテ。となれば現役時代の《バックドロップ》はハヤテが主戦竜騎手を務めていた。
同じく来賓席のデラリアが、《バックドロップ》のくたびれた鱗に注目した。
「どんな癖竜でも、8歳になれば落ち着く。三十代後半になっても落ち着かないお前と違ってな」
「ワシは落ち着いておらんのじゃなくて、元気いっぱいなだけじゃい!」
ハヤテは来賓席にいるのに創作ダンスをはじめた。
それを目撃した競竜専門誌の記者たちも、いまさら驚かない。
なぜならハヤテが踊るのは日常茶飯事だからだ。お祝い事があれば躍るし、G1に勝っても踊る。暇さえあれば躍る。そういう男なのだ。
デラリアも呆れるばかりだった。
「そういうところが落ち着きがないと言っているのだ」
「デラリアおぬしも踊ればいいんじゃ」
「絶対にお断りだ」
「さてはダンスのうまいワシが羨ましいんじゃろ?」
「そんなことあるかこのバカモノが!」
来賓席の漫才みたいなやりとりを横目に、各飛竜のゲートインが始まった。
競竜記者たちのカメラが回っているし、なんならそこを経由してネット中継も始まっていた。
もしここに観客の声援があったら本物のレースと同じだったんだろう。だがさすがに卒業レースであれば関係者しかいないので、飛竜たちがゲートインしていく足音ばかりが響いていた。
「落ちこぼれ世代だって、爪あとを残さないとな」
卒業生たちの前評判は、調教師たちや竜主たちにも伝わっている。
もし無様な卒業レースをしたら、せっかく竜騎手デビューしても騎乗依頼は集まらないだろう。
だからゼルツェンはいつになく気合を入れた。
やがてすべての飛竜のゲートインが完了した。
本番さながらの緊迫した空気が流れて、教官たちが安全確認を終わらせると、発走許可の手旗を掲げた。
スターティングゲートのランプが緑に輝いて、ついにゼルツェンの卒業レースがスタートした。




