第7話 競竜学校三年目
さらに時間は流れて三年生に進級して、模擬レースが始まった。
ただしいきなり本格的な競争はしない。フルゲート16頭でスターティングゲートから発進して、自然な流れで隊列を組んで、駆け引きをせずにゴールする訓練だ。
まずは騎乗した飛竜をゲートインさせる訓練から。
この時点ですでに難しい。スターティングゲートは鋼鉄のフレームで組まれた箱型だから、飛竜たちは息苦しそうな閉所を嫌がるわけだ。
それでもスターティングゲートに入ってもらわないと模擬レースを始められない。
飛竜は人間の言葉がわからないんだから、いかに彼らをなだめながらゲートインさせられるかも、竜騎手の技術であった。
とはいえ競竜学校で働いている飛竜たちは、年老いた元競争飛竜だから、現役時代に散々ゲートインしてきたので、候補生たちの拙い技術であっても簡単にゲートインしてくれた。
それでもゼルツェンは、生き物を動かす難しさを痛感していた。
「自分より大きな生き物を狭いゲートに入れるのは、こんなに難しいわけか」
飛竜は翼を折りたたんだ状態で、軽自動車と同じサイズになる。
もし翼の面積を換算しないのであれば、さらに小さなミニカーサイズなのだが、それでも人間より大きいわけだから、コントロールが難しい。
そんな条件で、16頭が一斉に空を飛んで、しかも隊列を組まないといけない。
入所前に想像していたより、圧倒的に恐ろしい環境であった。
ようやく候補生たちがゲートインを完了させたので、ついに模擬レース開始である。
教官たちの安全確認が終わったあと、ゲートが開いた。
16頭の飛竜たちが、ゆったりしたスピードでスタートした。
初日は隊列を組む訓練だから、まだスピードを出さない。
現在、時速80kmぐらいで飛んでいた。
もしいきなり本番と同じスピードで飛んだら事故が起きる。
レース本番では時速180kmぐらいで飛ぶことになるし、強い飛竜であれば時速200kmに達する。
それと比べたら、模擬レースのスピードはかなり抑え気味のはずなのだが、それでも候補生たちは命を削りかねないほど必死だった。
空を飛んで隊列を作るのは、たとえ低速飛行していても怖いのだ。
勝負甲冑のヘルメット内部に無線が仕込んであるのだが、そこから教官の怒号が飛び出した。
『お互いの距離をもっと強く意識しろ! ぶつかりそうなやつがいるぞ! とくにゼルツェンお前だ!』
名指しで説教されているわけだが、ゼルツェンにしてみればやっているつもりなのだ。
だから「はいっ!」と返すことしかできない。
それでも教官に名指しされたことで、ちょっとは冷静さが戻ってきたので、隊列内部の距離間隔を強く意識できるようになった。
ゴールラインに到達するころには、なんとか及第点に達したらしい。
着陸地点に戻ってくると、教官が疲れた顔で、ゼルツェンの肩に手を置いた。
「座学の成績はあんなに良いんだから、もっと考えて乗ってくれ」
考えて乗っているつもりなのだが、なぜそれが騎乗技術に反映されないんだろうか。ゼルツェンは己の才能のなさを嘆いた。
その日の晩、同期たち全員で食堂に置いてある共同端末に集まって、自分たちの模擬レース映像を見返した。
「へ、へたすぎる……」
いつも座学で見ている本物のレース映像と比べたら、同期たちの模擬レースはお遊戯会だった。
こんな惨状で、本当に自分たちは卒業できるんだろうか。候補生たちはちょっと不安になった。
● ● ● ●
食堂には共同端末以外にも、普通のテレビが置いてあった。基本的に食事中と休憩時間以外では、テレビをつけてはいけない規則だ。
しかし競竜関連の番組であれば許可が出ることがある。
本日は魔王賞の中継がある日だった。
競竜学校は北半球にあるので、南半球のレースを見ようとすると太陽が昇る前の時間帯になる。
それは競竜学校における起床時間なので、魔王賞を観戦する許可があっさり出た。
ゼルツェンはいつもより三十分ほど早く起きると、競竜新聞の出走表を眺めた。
一枠一番の飛竜は、元許嫁であるティアの管理飛竜だった。
「これを見るために、早起きしたんだ」
彼女が大活躍していることは、日々のデータ分析でちゃんと把握していた。
稀代の才女である。すでにG3を二つ勝っていて、調教師リーディングの上位争いに食い込んでいた。
ちょっと遅れて友達のデルデも起きてきて、テレビ画面に映る各飛竜がゲートインしていく光景を見た。
「この新人調教師のティアってさぁ、名門ジリカン家の才女だよねぇ。すでにG3二つ勝ってるってさ。すごすぎー」
「才能あったからな、昔から」
「おやおやゼルツェン、もしかして彼女のファンなのかい? まぁアイドルみたいに綺麗な人だし、情報を追いかけたくなる気持ちもわかるよー」
ファンではなく元許嫁だ。もちろん偽名で竜騎手になるんだから、そのことは隠さないといけない。
となれば、さきほどの自分の発言はうかつだったことになる。過去を匂わせるような発言は今後禁止だ。
「成績のいい新人調教師のデータは追っておかないとさ、将来ゴマをすらなきゃいけない相手なわけだし」
「そうそう、たくさんゴマをすって、いい飛竜に乗せてもらおう」
うまくごまかせたところで、ついに今年の魔王賞が始まった。
長距離レースなので、落ち着いたペースでレースが運んで、やがて父が亡くなった鍾乳洞コースが画面に映った。
ゼルツェンの心臓が早鐘を打つ。
四年前の出来事なのに、事故当日に立ち会っている気分になった。
ここ最近は落ち着いていたはずの空想癖が悪い方向に働いて、父親の死ぬシーンが何度もリフレインした。
すっかりテレビ画面を認識できなくなって、空想に視界のリソースを奪われる。
やがて波打つような観客の歓声がテレビのスピーカーから聞こえてきたことで、空想が雲散霧消して、今年の魔王賞が決着したことに気づく。
ティアの管理飛竜が魔王賞を制していた。
「もうG1勝ったのか、ティア」
新人調教師が、デビューして二年目でG1勝利である。
とてつもない記録であった。
友達のデルデが、優勝した調教師のインタビュー画面で、ティアの整った顔を指さした。
「完璧すぎて近寄りがたいねぇ。きっと結婚する相手だって完璧に違いない」
それは正しい予測だろう。
あれだけ見た目も優れていて、調教師としても優れていたら、相応の男性がふさわしいことになる。
少なくとも現在のゼルツェンには、そんな資格がない。
だが幼いころ彼女から受け取ったアドバイスもひっそり覚えていた。
『もし許嫁に戻りたいと思うときがきたら、あなた自身の実力で這い上がってきなさい』
父の冤罪を晴らすという目的も大事だが、あんなに美しいティアと許嫁に戻れるなら、戻ってみたいという気持ちもある。
しかし本名を明かしてしまえば、父の冤罪を晴らすのが難しくなるし、気高い彼女のことだから、こんな下手くそ候補生には見向きもしないどころか、厳しいことを言うに違いない。
やはりいまはひたすら努力して、魔王賞を勝てるほどの竜騎手になるしかないのだ。
そうすれば父の冤罪も証明できるはずだし、もしかしたら彼女と許嫁に戻れるかもしれない。




