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馬で競うギャンブルが競馬なら、竜で競うギャンブルは競竜だ。  作者: 秋山機竜


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第6話 競竜学校二年目

 競竜学校も二年目を迎えると、ようやく本物の飛竜に乗って飛行訓練を行う段階になった。


 これまでずっと機械のシミュレーターだったので、たとえ事故を起こしても減点がつくだけだったが、これから事故を起こしたら最悪死ぬかもしれない。


 だから本物のレースと同じレベルの安全策を施してから訓練を行う。


 勝負甲冑を装着することと、訓練コースに魔法をかけるのだ。


 まずは勝負甲冑からだ。競竜学校に雇われた魔法使いが、魔法の杖を振った。すると召喚魔法が発動して、ゼルツェンの肉体は勝負甲冑に包まれた。


 中世時代の騎士が装備していた全身鎧そっくりな見た目で、性能は軍用強化服と同じであり、そこに防御力向上のエンチャント魔法を付与してある。


 最新科学によって動きやすく設計されているため、関節の動きも良好であり、かつ軽量だ。


 次は訓練コースに魔法をかけていく。同じく雇われた魔法使いが、コースの地面を柔らかくする土の魔法や、衝撃を吸収する風の魔法を放った。


 本来硬いはずの地盤がふわふわのふかふかになれば、万が一落下事故が発生したとしても、落下ダメージが軽減される仕組みだった。


 ただしこれだけの対策を施してあっても、調教中やレース中に大きな事故が起きれば、ゴルドザームみたいに亡くなってしまう。


 ゼルツェンは父親の死に際を思い出して、ぞわっと全身が粟立った。


 幼いころであれば、恐怖のせいで空想癖が誘発されていたのだが、青年期になれば理性によってある程度抑え込むことができた。


 それでもすべてを制御できるわけではない。自分自身が飛竜と一緒に自由落下して地面に叩きつけられるイメージが鮮明に浮かんでしまう。


「……それでも冤罪を証明すると決めたんだ」


 目的意識を前面に押し出すことで空想癖をねじ伏せると、すぐ近くで待機している飛竜に近づいた。


 いつもお世話していた飛竜たちには、すでに頭絡とゼッケンと鞍がついていた。


 鞍には専用の接続パーツがあるので、そこに勝負甲冑の靴底をかちりと固定した。


 教官たちも保安員用の強化服で身を固めてから、飛竜に騎乗した候補生たちの安全チェックを行っていく。


「勝負甲冑よし、鞍の固定よし、靴底の接続よし」


 問題なしと判断されたら、いよいよ本物の飛竜を使った飛行訓練だ。


 候補生たちは、シミュレーターでやってきたとおりに、手綱とつま先で飛竜に指示を出した。


 飛竜たちは、ばさりと翼を広げて、青空を見上げると、ふわりと飛び上がった。


 まずは高さ五メートルぐらいでホバリングだ。いきなり雑居ビルぐらいの高さまで飛ぶわけではない。


 それでも地面から離れて浮遊すると、人間が重力に縛られた生き物であることをゼルツェンは強く意識した。


「ファームにいたころは、飛竜に乗ったところで、こんなに不安を感じなかったんだが……」


 きっと心構えの違いだろう。ファームにいたときは低速で単独飛行するだけだった。


 だがレース本番になれば、恐ろしいスピードで飛ぶだけではなくて、16頭が密集して飛ぶことになる。


 そのリスクを一年間のシミュレーターで学習してきたから、正しい意味で不安を感じているわけだ。


「大丈夫。俺ならできる」


 たとえ父の才能を受け継いでいなかったとしても、大帝のように努力で乗り越えればいい。


 そうやって自分自身を鼓舞することで、この日の訓練を乗り切ることになった。


 といっても、ひたすら低空をホバリング飛行するだけだ。たとえ落下してもケガしない高度なので、それ以上の困難はなかった。


 ● ● ● ●


 本物の飛竜を使った飛行訓練は、一か月経過すると、だんだんレースに近い動きをするようになってきた。


 時速200キロぐらい出して、競竜学校のシンプルな楕円型コースをぐるぐる周回するのだ。


 以前のホバリング飛行と違って、かなりスピードも出ているし、競竜学校の校舎を見下ろせる高さを飛んでいた。


 この段階であれば、まだ耐えられた。なぜなら単独飛行による訓練だったからだ。


 だが二か月経過すると、本番のレースと同じように複数の飛竜が並んで飛行する段階になって――その訓練開始直前に問題が起きた。


 同期の女の子が、全身をガタガタと震わせて、訓練コースに出るための扉の前で立ち止まった。


「怖い。空を飛ぶのが怖い」


 たった一人の若者が怖いという本音を口にしたら、他の若者たちも連鎖した。


「こわいな、僕も」「うん、あんなスピードで飛ぶと怖いね」「しかも一緒に飛ぶ頭数が増えて、最終的には16頭だろ」「あんなスピードで密集してたら、玉つき事故が起きるよ」「……そうなったら死んじゃうよな」


 恐怖は伝染するらしい。誰もが訓練コースに繋がる扉を開けられなくなっていた。


 その気持ちはゼルツェンにもよくわかった。


 ありふれた人間としての恐怖心も持っているし、父親がレース中の事故で死んだことへのトラウマもあった。


 しかし年相応の勇気も持っていた。


「みんな、もう少しだけがんばってみよう。飛ぶことに慣れてきたら、怖さが薄れるかもしれない」


 ただの気休めでしかないし、具体的なアドバイスでもない。


 それでも同期の仲間たちは、ゼルツェンの勇気に背中を後押しされて、この日の訓練に立ち向かった。


 なおオチもついた。あれだけ勇ましいことをいったゼルツェンだが、やっぱり飛行訓練の成績は下から数えたほうが早かったのだ。


 ● ● ● ●


 半年経過するころには、10名ほどの同期が空への恐怖を振り切れなくて自主退所してしまった。


 その日の夜の食堂で、友達のデルデが悲しそうな顔でこう言った。


「なんだかもったいないねー。あと一年半がんばるだけで、竜騎手になれるのにさぁ」


 ゼルツェンは、自主退所してしまった10名がいつも座っていた空き席を見つめながらこう言った。


「しょうがないさ。空を飛ぶ恐怖に勝てないままなら、竜騎手になってから苦労するだろうし」


「やめたやつら、これからどうするんだろ。普通の高校に通いなおすのかねー」


「きっとそうだろうし、そこで新しい道を見つけるはず」


「いいこというねぇ。ゼルツェンの励ましのおかげで踏んばってる同期、たくさんいると思うよー」


「前向きな言葉で自分自身を励まさなきゃいけないぐらい、俺は飛行訓練の成績が悪いんだよ」


 たくさん努力しているし、油断もしていない。教官の指導も真剣に聞いているし、創意工夫もしている。


 それでも飛行訓練の成績は悪いままだった。


 いったいどんな努力が足りないというのか。はぁーと大きなため息をつくゼルツェンを、友達のデルデはこう励ました。


「でも座学と飛竜のお世話の成績は、ぶっちぎりで一番じゃないか」


「そこが一番でもなぁ……」


 座学と飛竜のお世話が得意であっても、肝心の飛竜乗りのスキルが低いのであればレースに勝てない。


 かつて教官に評されたとおり、理論先行型でセンスがないのだ。


 いくら大帝のように努力でのし上がろうとしていても、さすがに先行きが不安であった。

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