第5話 競竜学校一年目
ヴァルケナンあらためゼルツェンは、競竜学校・竜騎手部門に通うことになった。
競竜学校は、地方都市の郊外に建設された訓練施設で、飛竜谷と同じ機能を持つ必要があるから面積は広大であった。
校舎はありふれた学校の形をしていて、厳しい外出制限があった。
竜騎手候補生たちに求められている条件はかなり緩やかだった。
体重制限が65キロ。最低限の筆記試験と、意思疎通を図るための面接を突破するだけでいい。
毎年100人以上新人竜騎手がデビューする業界なので、幅広く候補生を確保してから、三年間の訓練期間でふるいにかける仕組みだ。
元許嫁であるティアは、ゼルツェンと入れ替わりで調教師部門を卒業して、今年から競竜デビューするので、直接顔を合わせる機会がない――本名がバレる心配はなさそうだった。
もう一度彼女と会いたいという気持ちも正直あったが、偽名で生きていくと決めたので、無駄なリスクは背負わないほうがいい。
そもそも四年前の別れ際と違って、ゼルツェンも16歳になったので、許嫁を解消する意味をちゃんと理解していた。
すっかり没落してしまった自分が、名門の娘と結婚なんて絶対に無理だ。
あれだけ美しくて家柄も優れているわけだし、きっと新しい許嫁もできたんだろう。
もはや過去の関わりは忘れたほうがいい。そのほうがお互いにとって幸せだ。
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竜騎手候補生たちは、三年後のプロデビューを目指して、厳しい訓練を受けることになった。
訓練項目は大きく三つに分かれていて、座学、飛行訓練、飛竜のお世話だ。
ゼルツェンは座学も得意だったし、飛竜のお世話も得意なのだが、肝心の飛行訓練が散々であった。
競竜学校一年目では、本物の飛竜を使用せずに、機械を使ったヴァーチャルシミュレーターで訓練するわけだが、この段階で失敗ばかりである。
三十代後半の教官が、鬼みたいに目を吊り上げて、成績表にマイナスをつけた。
「こらゼルツェン! ちゃんと周りを見て乗れ! そんな状態で本物の飛竜に乗ったら事故を起こすぞ!」
という感じで、ほぼ毎日怒られっぱなしであった。
ゼルツェンは入所して数日で、自分には父親のような才能がないことを悟った。
すっかり自信喪失である。幼いころからずっと飛竜に乗ってきたはずなのに、その経験は本格的なレースではあまり役に立たないらしい。
たぶんカルペル家時代に乗っていた飛竜は軍隊用でありレース用ではなかったから適性が異なっていることと、グラーブファーム時代に乗ったレース用の飛竜では高速飛行をやらなかったからだ。
それでも騎乗経験があることは多少のプラスにはなっていた。
なぜなら同期の仲間には、まったく飛竜に乗ったことがないまま競竜学校に入所したメンバーがいて、彼らはゼルツェンの比ではないぐらい苦労していた。
そのうち一人が、デルデ・イラ・オルカという同い年の青年であった。
南国出身で浅黒い肌と天然パーマの髪には潮風の香りが染みついていた。目は糸のように細くて、いつもマイペースでニコニコしている。同期の若者たちのなかでも精神的に大人だった。
彼とゼルツェンは不思議と気が合うので、すっかり打ち解けて友達になった。
「ゼルツェンは、勝ってみたいレースあるか?」
そんなもの決まっていた。
「魔王賞だ」
父の亡くなったレースだ。
なぜ二冠竜が鍾乳洞コースに突入したのかを調べて、父の冤罪を証明する。
そのために本名を捨てて、竜騎手になることを決めたのだ。
ちなみに魔王賞のレースグレードはG1であり、クラシック三冠のラストレースになる。
レースグレードは下から順番に、平場→OP→G3→G2→G1と上がっていく。
クラシック三冠というのは、三歳のときしか出走できない世代最強を決めるレースのことだ。
デルデは教科書の重賞レースのページを開くと、魔王賞の項目を指でなぞった。
「長距離G1で、クラシック三冠のラストかぁ。なんか思い入れでもあるのかい?」
まさか父のことを話すわけにはいかない。偽名で生きていくと決めたのだから、カルペル家のことを知られてはいけないのだ。
「かっこいいじゃないか。長距離レースは竜騎手の腕前が大きく影響するわけだし」
「そだねー。かつてゴルドザーム・カルペルって天才も、なぜか鍾乳洞コースに突入して事故起こしたし、長距離レースっていうのは魔物が住んでるのかもねぇ」
いきなり父の話題が出てきてしまって、ゼルツェンは冷や汗をかいた。
だが動揺を顔に出してはいけない。本名を捨てて偽名で生きているのだから、過去を怪しまれる前に、さっさと話題を切り替えたほうがいい。
「そういうデルデは、どんなレースを勝ってみたいんだ?」
「プルラザ賞だよ。クラシック三冠の一つ目。勇者の名前がついたG1に勝ってみたいねー」
話題の切り替えに成功したことに内心ほっとしつつ、勇者にも興味を持った。
「勇者って、どんなやつだったんだろう?」
「教科書情報だと、やたらと元気なやつだったらしいね。帝都飛竜隊のムードメーカーだったとか」
それぐらいの元気が正直羨ましかった。最近のゼルツェンは、自分が父のような天才ではなく、どうしようもない凡才であったことを嘆くばかりなので、勇者の元気をわけてほしかった。
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訓練にふくまれている飛竜のお世話だが、毎日行われていた。
毎朝、日が昇る前から竜房に入って、せっせとフンを掃除して体を洗って餌をやる。
ゼルツェンの得意科目であった。母の実家であるグラーブファームで何百頭という飛竜をお世話してきたからだ。
厳しい教官も、こればっかりは手放しで褒めた。
「ゼルツェン、飛竜のお世話だけは本当に上手だな」
「ずっと手伝ってきましたから、両親の住み込み先の仕事を」
さらっと偽装経歴を説明した。もし母の実家なんて本当のことをいってしまったら、ヴァルケナン・カルペルという本名がバレてしまう。
「幼いころから飛竜と関わってきたはずなのに、なんでお前は飛行訓練の成績だけ伸びないんだろうな?」
そう、ゼルツェンは座学と飛竜のお世話だけ好成績なのだが、シミュレーターで飛竜に乗る訓練だけ下から数えたほうが早かった。
「もしかして、あんまり前例ないんですか?」
「ない。騎乗経験ありなのに、ここまで飛行訓練の成績が悪い訓練生はレアだ。おそらく理論先行でセンスがないタイプなんだろう」
「せ、センスがないってストレートにいわれると、結構傷つきますよ……」
ゼルツェンは梅雨の時期みたいにどよーんと落ち込んだ。
なんで父が天才だったのに、その息子はセンスがないんだろうか。神様と遺伝子は意地悪である。
「まぁセンスがないやつでも、努力すればG1勝てるよ。かつての大帝がそうだったし」
「大帝って、本当にセンスなかったんですか? あんなにG1勝ちまくってたのに」
「デビュー当時は本当にズタボロの成績だったのさ。でもたくさん努力して、少しずつ成績を伸ばして、最終的に大帝になった」
ちょっと信じられない情報だが、大帝の生涯成績を調べてみると、教官の言ったとおりだった。
ならばセンスのない自分も希望を持っていいんだな、とゼルツェンは気を取り直した。




