第47話 大外一気とスリップストリーム
師匠のアドバイスにより、ゼルツェンと〈オレンジ〉は判断ミスを回避――中団後ろを維持できていた。
「反省は後回しだ」
余計なことを考えられるほど基礎の技術が高くないのだから、とにかくいまは展開待ちを成功させることに集中したほうがいい。
〈オレンジ〉は、ひたすら翼を溜め続ける。
他の竜騎手たちの仕掛けは無視。
じっと我慢だ。
ひたすら我慢だ。
最後のコーナーを曲がるときに、前方の先行集団で小刻みな鍔迫り合いが発生しても、関与せずにひたすら自分のタイミングを待つ。
エアベルトを細かくチェックして、いつどこで進路が空いてもいいように準備しておく。
やがて最後の直線を迎えた。
あらゆる飛竜がラストスパートを開始した。
どわっと竜群が激しく動き出す。
競竜は飛行競技なので立体的に進行方向が存在する。
だがすべての角度が正解ではない。
エアベルトが存在するからだ。
いくら上下がガラ空きだからといって、エアベルトから外れてしまうと、あっという間に体力を消耗してしまうし、そもそも空気の流れに乗れていないのでスピードが加速しにくい。
そんなことでは、せっかく溜めこんだ翼が台無しになる。
だから望ましいルートは、上下の立体的に空いたルートにエアベルトが伸びていることなのだが、そんな都合のいい展開はまずやってこない。
ぶち抜けそうな場所は大外しかなかった。
展開待ちと決めていたのだから、大外一気だって覚悟していた。
やるしかない――ゼルツェンと〈オレンジ〉は、ついに動き出した。
竜群の大外に持ち出すとき、先行集団の数頭が失速してきたが、それは織り込み済みなので、きっちり回避。
その間に、先行集団から綺麗に抜け出したのは、デラリアと〈オンラインヒーロー〉だった。
やはり一番人気を背負っているだけあって、デラリアはうまいし、〈オンラインヒーロー〉も強い。
それはいい。彼らに勝つつもりは最初からなかった。
ゼルツェンにとって大切なことは、彼らの後ろでゴールインすることだ。
2着に入って、収得賞金を稼ぐこと。それだけで目標達成だ。
大外に持ち出しただけあって、前は空いている。あとはガムシャラに追うだけだ。
ゼルツェンは、ひたすらつま先を連打して、〈オレンジ〉に加速を命じた。
その熱意にこたえて、〈オレンジ〉も歯を食いしばって翼をはためかせる。
1頭また1頭抜かして、ようやく二番手に躍り出た。
あとはこのままゴールするだけ。
「まさか初めての重賞レースで、目標達成か!?」
とゼルツェンが勝負甲冑の内側でほくそ笑んだとき、事態は急変した。
競竜場の実況解説役が、最後方からやってくる脅威について触れた。
『最後方からハヤテと〈クリムゾンパフューム〉が追い込んできた! とんでもない末翼だ! 先団を飲み込んで、そのまま前方の〈オレンジ〉と並びそうで……いや抜かした!』
そう、抜かした。ハヤテと〈クリムゾンパフューム〉は、弟子を追い越していった。
ゼルツェンは、己の真横を師匠が鮮やかに抜き去っていく姿を、横目で見つめることしかできなかった。
「俺をマークしてたんですか、ハヤテさん」
「いい風よけになると思ってな」
そう、風よけにされたのだ。師匠だけあって弟子がなにをやるのか完全に読めていたから。
〈オレンジ〉を風よけにして、スリップストリームの効果で翼を溜めて、最適なタイミグで最高速に到達。
あとは〈クリムゾンパフューム〉で1着争いに躍り出るだけ。
完璧なレースプランであった。
レース中に弟子にアドバイスして、きっちり自分自身は収得賞金内にねじこんでいく。
さすがにハヤテは師匠をやるだけあったのだ。
ゼルツェンとしては悔しいし、己の実力不足を痛感するのだが、どれだけ嘆いたところで〈オレンジ〉はスピードアップできない。
こうなってしまったら、なるべく上の着順に残してより多くの賞金を狙ったほうがいい。
竜主も竜舎もそのほうが助かる。
こうして泥沼の3着争いが始まった。




