第48話 3着争い
収得賞金が手に入らないのに、3着争いに意味があるのかといえば、あるに決まっている。
竜騎手、調教師、竜主、すべてにお金が必要だ。
順位が一つでも上にあがれば、それだけ手に入る賞金の量が増える。
竜券を買っている人たちにとっても、3着以内に入れるかどうかは切実な問題だ。
レース系の賭け事だと、3着以内の駒をどうやって組み合わせるかで予測している。
ゼルツェンと〈オレンジ〉は単勝15番人気なので、もし3着に入ったら竜券の払い戻し金額が跳ねる。
それに、もし若手竜騎手が初めての重賞レースで竜券内に飛び込んだら、競竜関係者の評価が上がって、騎乗依頼が増える。
このようにあらゆる関係者にとってメリットだらけなんだから、3着に残したほうがいい。
しかしハヤテと〈クリムゾンパフューム〉以外にも、後方で控えていた飛竜たちがぐんぐん追い上げてきた。
なぜハヤテ以外の後方集団まで有利になっているかといえば、レース序盤のオーバーペースが先行集団の翼を想定以上に削っていたのだ。
そう考えると、先行集団にいたのに1着になったデラリアと〈オンラインヒーロー〉の異様さが際立つ。
その理由は、デラリアの超技術であり、先行集団における後ろ側で控えておいて、可能なかぎり翼を温存。一番おいしいタイミングで抜け出したのだ。
あまりにも神業であった。
もしゼルツェンが同じことをやろうとしても、先行集団のペース争いに巻き込まれてしまい、翼をごりごりに削られて失速していただろう。
「俺にもああいう技術があれば、3着争いだって簡単に勝てるはずなのに」
現在後ろから追い上げてくる飛竜のうち、もっとも強いのは、このレースにおける3番人気の飛竜だった。
この飛竜の鞍上にしてみれば、人気通りの着順が望ましいので、3着に入りたい。
万が一ゼルツェンみたいな未熟な若手より着順が下になってしまえば、業界関係者の信頼が失われるからだ。
「下手くそな新人なんぞに負けてたまるか」
彼にしてみれば、ぼそっとしたひとりごとのつもりなんだろうが、力んでいるせいでゼルツェンにしっかり聞こえていた。
「冗談じゃない、いくら先輩が相手だからって、こっちにも意地があるんだ」
ゼルツェンは先輩に負けないように腹の底から声を出しながら、〈オレンジ〉を鼓舞するように両足のつま先を連打した。
残り50メートル。
飛竜の飛行速度から考えると一瞬で飛び終わる距離。
だが大事なレース中なので無限にも感じられる叩き合いになった。
もはや3着争いをしている飛竜たちは全員限界であり、いつ完全にバテて飛ぶのをやめてもおかしくなかった。
それでも必死に飛んでいた。3着に入るために。
賞金という概念は人間のエゴかもしれない。
だが飛竜にとっては自分以外の同族に飛行勝負で敗北することは、プライドがズタボロになってしまう屈辱なので、真剣に飛んでいた。
やがて〈オレンジ〉と三番人気の飛竜が横一線で並んだところで、ゴールラインを通過することになった。
『着順の確定は上位二頭まで。1着〈オンラインヒーロー〉、2着〈クリムゾンパフューム〉。3着は写真判定です。お手持ちの竜券は捨てずにお待ちください』
● ● ● ●
決着は写真判定に持ち越された。かなりきわどい勝負なので、しばらく時間がかかるだろう。
夏場のレースなので、担当の厩務員とプラット調教師がシャワーホースを引っ張ってきて、〈オレンジ〉をばしゃばしゃ冷却していく。
ついでに〈オレンジ〉はホースを直飲みで水分補給していた。
その間に、ゼルツェンはレース中の失敗を猛省していた。
「まさかレース中にアドバイスをもらうことになるとは……」
展開待ちと決めていたのに、欲望に負けて早仕掛けしそうになった。
しかもそれを師匠であるハヤテにアドバイスを受けることで、どうにか踏みとどまれた。
恥もいいところであった。
もしあそこでハヤテにアドバイスをもらえていなかったら、そもそも3着争いに参加できていない。
いまごろ着順が15位ぐらいになって、プラット調教師にも実家の親にも怒られていただろう。
こんなとき、師匠にどんな顔をして挨拶すればいいのかわからなかった。
恥、バカ、アホ、死ね、そんな単純で強く否定する言葉が自分自身の脳内で反響して、自分自身を酷く傷つけていた。
するとハヤテのほうから弟子に歩み寄ってきた。
「心をしっかり強く持つんじゃ、ゼル坊。誰にだって失敗はあるし、迷いも出てくる。今回は運がよかった。次は同じミスをしない。それでいいじゃろ」
そう、心が弱いから、事前に展開待ちと決めてあったはずなのに、ワンチャン狙いで動こうとしてしまった。
それに対する反省も、次は同じミスをしないで正解だ。
ゼルツェンは胸に手を当てて、師匠のハヤテに向かって頭を垂れた。
「すいません、次はもうやらかしません」
「その意気じゃ。展開待ちの作戦も悪くなかったし、騎乗方法もそれといって悪いもんじゃなかった。まだ細かいところに改善の余地はあるんじゃが、デビュー二年目でこれなら及第点じゃろうて」
ただひたすら展開待ちをしていただけなのに、あれでもまだ改善の余地ありなのか、とゼルツェンは騎乗技術の奥深さに舌を巻いた。
もっとうまくならないと、G1なんて夢のまた夢なんだろう。
大きなレースを経験した最終的な感想は『なんで天才である父親の血が流れているはずなのに、俺はこんなに努力型なんだろうなぁ』という嘆きだった。
やがて写真判定の結果が出た。
〈オレンジ〉は4着だった。
初めての重賞レースで竜券内にはなれなかった。
無論4着は悪い結果ではないのだが、それでももったいない内容になってしまった。
ゼルツェンはプラット調教師に謝罪した。
「俺がもっとうまかったら、もっと上の着順に入れられたかもしれません」
プラット調教師は、〈オレンジ〉を冷却しながら、軽く鼻で笑った。
「もっとひどい着順になると思ってたから、4着で満足だよ」
「そんなに俺のこと信頼してなかったんですか?」
「当たり前だろ。デビュー二年目でたいした結果を残してないやつが、初めての重賞レースで緊張して大ポカやらかすのが定番なんだ」
「いや実は大ポカやらかす寸前でして……それをハヤテさんのアドバイスで踏みとどまりました……」
「そんなことだろうと思ったよ。ますます4着で満足だ。次のレースこそ2着以内に入って収得賞金手に入れるぞ」
どうやら乗り替わりをせずに、このままコンビ継続になったようだ。
まさしく運がよかったんだろう。
次のレースこそ、ちゃんと精神を安定させて、うまく〈オレンジ〉に乗ってやろうとゼルツェンは思った。




