第43話 下手くそな新人は、想像以上にあつかいが悪い
あれよあれよとクラシック二冠目の帝都賞も終わって、夏シーズンが到来した。
世間の話題は「今年の三冠は悪い意味で盛り上がってるな。プルラザ賞も帝都賞も波乱の展開で穴飛竜が勝ってるし」なので、2歳重賞戦の注目が薄れていた。
たぶんそれぐらい注目されていないほうが、技術不足の若手であるゼルツェンにとっては都合がいいんだろう。
競竜メディアにもお客さんにも注目されなければ、余計な雑音も入ってこないからだ。
というわけでゼルツェンは精神的に万全な状態で、人生二度目のメイン開催に挑むことになった。
そう、いつものローカル開催ではない。重賞レースが開催される場所はメイン開催のみだから、一流の竜騎手たちと真っ向勝負しなければならない。
以前参加したときは基礎の力が違いすぎて圧倒されるばかりだったが、あのころより数か月ほど経験を積んだんだから、もう少しはまともに勝負できるはず。
〈オレンジ〉の体調も万全だし、最終追い切りの内容も良好だった。
あとは同じレースに出走する強豪飛竜たちに勝てれば、クラシックレースに駒を進められる。
しかしライバルたちは強力だ。当然だが、師匠のハヤテもメイン開催に登録していた。
「ゼル坊、二回目じゃな、ワシと調整ルームが同じになるのは」
ハヤテは相変わらず調整ルームの入り口で踊っていた。
なんで師匠は踊るんだろうか、という瑞々しい感想は、すでにゼルツェンの心から消えていた。
だが、これだけ癖のある男だから癖竜乗るのうまいんだろうなぁ、という確信は強まるばかりだった。
「ハヤテさん、重賞レースって、独特の緊張感ありますね」
ゼルツェンは、ちゃんとした緊張をしていた。メイン開催に登録された緊張感と、重賞レースの重みに身震いしているのだ。
「力みすぎても失敗するし、緊張感がなさすぎると事故が起きる。このあたりの塩梅は覚えていくしかないのでな」
「はい、がんばって経験を積みます」
師弟で調整ルームの食堂に入ると、リーディング竜騎手のデラリアが食事をしていた。
「今日はメイン開催か、ゼルツェン」
「はい、〈オレンジ〉という飛竜で、かがり火2歳ステークスに」
「お前みたいなひよっ子が重賞レースに乗るとはな。いくらG3であってもまだ早いのではないか?」
ゼルツェンはなにも反論できなかった。いや本心としては反論したいのだが、現実として経験も実績も技術もすべて足りていないから説得力がないのだ。
師匠のハヤテが、ゼルツェンの肩に力強く手を置いて、デラリアにこう伝えた。
「ゼル坊はこれからうまくなるんじゃよ、大器晩成型というやつじゃ」
まさか師匠に大器晩成型と呼んでもらえるとは思わなくて、ゼルツェンは嬉しく思うと同時に責任を感じた。
期待されているのだから、もっと気を引き締めて練習したほうがいい。
無論いまでもがんばって自分のセンスのなさを努力でカバーしているのだが、現実のレースに反映されていないのだからもっと精度をあげたほうがいい。
という意見を他人が言うとどうなるかというのを、デラリアが実演した。
「平場のレースで経験を積んでから、重賞レースに乗るほうが正道ではないか。技術が低ければ多重落竜事故を起こすこともあるわけだし」
まさにその通りだ。騎乗ミスをして自分だけが痛い目にあうならどうでもいいが、重賞レースは竜群がタイトなので多重落竜事故に繋がりやすいのだ。
それでも師匠のハヤテは、デラリアに対抗した。
「ワシもデラリアもデビュー二年目でG1に乗ってたし、なんなら勝ったではないか」
「私とハヤテには素質があった。だがゼルツェンにはない」
そこまではっきりというのか、という反発がゼルツェンにあった。
だがハヤテとデラリアに素質があるのはただの事実だ。
彼らはデビュー時から現在にいたるまでずっと最前線を走っていた。
天才として持てはやされていないのは、ゴルドザーム・カルペルという本物の天才がいたからだ。
もしゴルドザームがいなかったら、いまごろ天才二枚看板としてハヤテとデラリアが注目されていたはずだ。
ではその天才の息子であるはずの自分は、なぜこんなにも才能がないんだろうか。
原初の挫折を思い出してしまって、ゼルツェンは若者らしく落ち込んだ。
そんな肩を落とすゼルツェンが横にいても、ハヤテは意見を変えなかった。
「とにかくゼル坊には、重賞レース特有のシビアな内容については教えてあるのでな。安心せぇ」
「そこまでいうなら信じるが……余計なことはするなよゼルツェン」
余計なことをするなよ、の部分に関しては、デラリアだけではなくて、メイン開催に登録した他のベテラン一流竜騎手たち共通の意見らしく、全員が刺すような視線をゼルツェンに向けていた。
「……やってやりますよ。ここまで師匠にかばってもらったのに、バカみたいな騎乗ミスをするんじゃ人としての道理に反するでしょう」
あまりにもバカにされすぎたせいで、むしろゼルツェンの闘志に火がついた。
誰もがベテランのプレッシャーに怖気づいて、無難にレースを終わらせると思うなよ。そういう反発がゼルツェンの気高い瞳に宿っていた。




