第42話 竜騎手2年目になっても、クラシックレースとは縁がない
春シーズンも半ばになったので、クラシックレースの季節になった。
3歳飛竜たちの晴れ舞台であり、竜主・飛竜谷・調教師・竜騎手――関係者たちが勇者と同等の栄誉を得るために奮闘する期間だ。
栄誉と利益が飛び交う華やかな舞台だが、落ちこぼれ世代の新人であるゼルツェンに乗鞍なんてあるはずもなく…………。
クラシック一冠目のレース・プルラザ賞G1の発走を、ローカル開催の控室で見守ることになった。
「悔しいな。モニター越しにプルラザ賞を見つめることしかできないなんて」
せめて現地の控室にいるなら、まだ悔しさも減っていただろう。万が一の事故で乗り替わりが発生したときに、もしかしたら代打を頼まれるかもしれないから。
しかしローカル開催に出場しているので、代打とは完全なる無縁である。
実力不足の自分が悪いのだが、それでも悔しさは増え続けるばかりだった。
だからこそ心の中でつぶやく。
『〈オレンジ〉、来年は俺たちでクラシックレースに出走して、絶対勝とうな』
ゼルツェンがまかされている飛竜で一番強いのは〈オレンジ〉であり、まだ二歳だ。
だから来年がクラシックレースのシーズになるのだが、そこに出走するためには2歳重賞で結果を残したほうがいい。
もちろん3歳重賞で権利を獲得することもできるが、先々のレースプランを考えると2歳重賞で勝ったほうがメリットが大きかった。
そんな未来の皮算用はともかく、もうすぐクラシック一冠目プルラザ賞の発走だ。
16頭の選ばれし強豪飛竜たちが、続々とゲートインしていく。
今年も師匠のハヤテと、リーディング竜騎手のデラリアは、プルラザ賞に乗鞍があった。
あの二人が晴れ舞台で活躍するたびに、羨ましいという感情と、なんで自分は彼らほど才能がないんだろうかという嫉妬と、彼らみたいにうまくなりたいという向上心がせめぎ合う。
隣でモニタを見つめる友達のデルデは、ハヤテとデラリアを見つめてこう言った。
「やっぱりあの人たちはG1レースの常連だし、それだけうまいんだな、おいらたちとは違って」
G1みたいなビッグレースになるほど、技術の信頼が必要だった。
年間何万頭と生産されている飛竜のうち、たった16頭しか出走できない名誉あるレースと考えれば、三流や新人なんて絶対乗せられないことはわかるだろう。
しかしゼルツェンやデルデみたいな経験不足の若手といえど、騎乗チャンスはゼロではない。
「デルデだって、〈アールケーハインド〉で二歳重賞勝てたら、クラシック出られるじゃないか」
「もちろんそうなってくれたら嬉しいけどさー、ずっと乗せてもらえるかどうかっていうと、未来のことはわからないさー……」
もし騎乗ミスしたら、かなりの確率で乗り替わりだろう。いくらアールケーの竜主が人情の人であっても、勇者の名誉がかかってくれば話は別だからだ。
「まぁそれはそうだけど……あんまり先のことを考えすぎるのもよくないのかもな」
騎乗ミスしたらどうしようと心配しすぎて、そのせいで集中力を失ってしまえば、あらゆるレースの成績が落ちてしまう。
きっと騎乗技術にはメンタルを整える力もふくまれているんだろう。
という風にゼルツェンとデルデが雑談しているうちに、今年のプルラザ賞も決着した。
なお今年は師匠のハヤテもリーディング竜騎手のデラリアも勝てなかった。
なぜなら大波乱が立て続けに発生したからだ。
先頭を走っている飛竜が疾病で失速、それに巻き込まれる形で有力飛竜たちがエアベルトから弾き飛ばされてしまったのだ。
しかもコーナリング中に発生した事故だったので、もし竜騎手たちの騎乗技術に問題があったら、いまごろ多重落竜事故になっていたかもしれない。
無事に全頭ゴールインできたのは、G1常連の竜騎手たちが事故まで想定して安全運転を心がけていたからである。
逆に考えれば、大事故を避けるために急減速したり、エアベルトから離脱したりしたので、大きく負けることになってしまった。
どれだけ優れた飛竜と竜騎手であっても、アクシデントに巻き込まれたら一着は不可能になるわけだ。
「こんな感じで波乱が起きるなら、三冠なんて遠ざかるばかりじゃないか」
三冠を獲得するためには、きっと運の要素も必要なんだろう、とゼルツェンは思った。
● ● ● ●
日曜日のメインレースが終わったので、ゼルツェンは管理委員会がチャーターしている関係者専用ミニバスに乗り込むと、トレ谷に帰還した。
このまま独身寮に戻ってもいいのだが、事務仕事が残っているので、所属竜舎であるプラット竜舎に出勤した。
ちょうどプラット調教師が、ゼルツェンの実家であるグラーブファームと電話していて、〈オレンジ〉の次走について話し合っていた。
「わかりました、はい、はい、では2歳重賞戦は夏スタートということで」
どうやら〈オレンジ〉は夏から始まる2歳重賞に出走するようだ。
順調なレースプランといえた。もちろん結果が出なければクラシックレースにはつながらないのだが、少なくとも初手の動きは適切であった。
実家との電話が終わったみたいなので、ゼルツェンはプラット調教師に声をかけた。
「プラット先生、〈オレンジ〉はどのレースに出すんですか?」
「夏シーズンの一発目、【かがり火2歳ステークス】に出走だ」
【かがり火2歳ステークス】は、実質グランドマイルの短距離戦だ。
2歳飛竜はまだまだ肉体が成長していないので、グランドマイルの距離だと負荷が大きすぎる。だから普段はグランドマイルで使われているコースを距離短縮してレースするのだ。
「先生、〈オレンジ〉の距離適性、どんなもんでしょうね?」
「いまのところクラシックに対応できると思うが…………こればっかりは成長曲線でいくらでも変わるからな」
飛竜は三歳になったあたりで、肉体の成長にあわせて距離適性がダイナミックに変化していく。
ずっと短距離向きだと思っていた飛竜が、成長に伴って中距離に対応できるようになることもあるし、その逆もあるのだ。
いまのところ〈オレンジ〉は中距離を飛べそうだが、正直長距離は怪しかった。
ゼルツェンの目標は魔王賞G1――これは長距離重賞である。
だから〈オレンジ〉はたとえ素質があったとしても、魔王賞は飛べないかもしれない。
それでも実家が生産した強い飛竜であることに変わりはないので、どんなレースであっても楽しみだった。
「まずは、かがり火2歳ステークスが楽しみです。俺にとっては初めての重賞レースですから」
「大きなレースを前にして、楽しみといえるのか。お前も成長したな」
普段辛口のプラット調教師に褒められると、ゼルツェンは背中がかゆくなった。
「いや、もちろん緊張はしてますよ。でも竜騎手としてステップアップできるのが嬉しいものでして」
「そうだな。三流の竜騎手は重賞レースの乗鞍がこないからな。一年間どころか十年間重賞の乗鞍ゼロなんて当たり前にある。お前はそうならないように、ずっと努力を続けろ、油断せずにだ」
調教師の目線から見ると、重賞乗鞍ゼロが常態化した竜騎手は甘えた存在なのかもしれない。
しかしゼルツェンみたいな竜騎手の目線から見ると、たとえ重賞乗鞍ゼロであっても、なにかしらの役割があるから現役を続けているんじゃないか、という感想もあった。
とはいえプラット調教師だって自分の管理している飛竜に三流竜騎手を乗せることもあるわけで、あくまで直系の所属竜騎手に対する厳しい指導なんだろう。
そうであれば、ゼルツェンがやるべきことはいつもと変わらず、とにかく上を目指してがんばることだ。
「まずは〈オレンジ〉と一緒に2歳重賞ですよ。がんばります」
父の冤罪を晴らすためには、魔王賞の乗鞍が貰えるほどの竜騎手に成長しないといけない。
そのためにはどんな努力も惜しまないことが大切であった。




