第41話 教育騎乗のためには負けなければならないことがある
お世話になった先輩・ラースロンが乗っていた飛竜〈アールケーハインド〉を覚えているだろうか?
ラースロンが竜騎手としての進退をかけた新竜戦があって、彼の騎乗ミスにより〈アールケーハインド〉は敗北。
その後、放牧に出されて体を休めていたのだが、来月から未勝利戦に出走することになった。
その騎乗依頼が、友達のデルデに舞い込んだ。
「良血飛竜だよ、ゼルツェン!」
竜主のアールケーは苦労人を好む性質があるため、若手に騎乗依頼を出すにしても、デルデみたいな、くすぶっている竜騎手を選んだわけだ。
「よかったじゃないかデルデ。ついにチャンスをつかんだぞ」
ゼルツェンは、友達がチャンスをつかんだことを、我がことのように喜んだ。〈アールケーハインド〉はちゃんと強い飛竜だ。うまく乗りこなせば、確実に未勝利戦は突破できる。
「ここで勝ち上がらせることができれば、貴重な勝鞍になるし、なにより竜主さんから信頼を勝ち取れるさー」
「ついに報われそうだな、これまでのデルデの努力が」
「がんばりたいんだな。すっごくがんばりたい!」
若手の朗報を聞きつけて、今年いっぱいで引退するラースロンがやってきた。
「デルデに教えるよ、〈アールケーハインド〉の特徴をさ」
彼が〈アールケーハインド〉の前任者だ。新竜戦前の調教にも持っているので、特徴を教えてもらえるなら百人力であった。
「ありがとうございますぅ、ラースロンさん!」
「オレのせいで、かかり癖がついたかもしれないからさ。もしそうだったら、竜舎のみなさんと二人三脚で矯正しなきゃいけなくて。だから手伝わせてくれ」
責任感である。ラースロンは勝ちに執着しすぎて、技術不足の己を後回しにした。その結果が、〈アールケーハインド〉のかかり癖だ。
それを挽回しようとしているわけだ。
ゼルツェンにしてみれば、お世話になった先輩が失敗を取り返そうとしているわけだから、手伝いたいと思った。
「俺にも手伝わせてください。かかり癖を矯正する技術も、癖竜乗りに必要なスキルだと思うので」
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〈アールケーハインド〉を管理しているのは、ショーロー調教師である。
禿頭で中肉中背。竜騎手に求める技術水準が比較的高めの調教師である。
だが新人育成に理解はあるので、多少下手くそであってもチャンスを与える人でもあった。
「ラースロン。なんのつもりだ?」
ショーロー調教師は、以前ラースロンが〈アールケーハインド〉で騎乗ミスしたときは、もう二度と乗せるつもりはないと宣言していた。
それなのにラースロンが〈アールケーハインド〉の調教に現れたら、このリアクションになって当然であった。
だがラースロンには、ひとりの竜騎手としての責任感が残されていた。
「オレが原因で〈アールケーハインド〉は負けてしまったので。もし変な癖がついているとしたら、それを矯正するお手伝いをしたいんです」
ショーロー調教師は散々悩んでから、デルデの頼りない顔をちらっと様子見した。
「わかった。一緒に仕上げてくぞ」
なぜ前言を撤回して、ラースロンの同伴を認めたかといえば、シンプルにデルデが新人すぎて、飛竜の悪い癖を矯正する技術がないからだ。
その点、ラースロンは辛抱強く乗ることだけは得意なので、デルデよりマシと判断されている。
せっかくなのでゼルツェンも挙手した。
「俺も手伝いますよ。癖竜得意ですから」
ショーロー調教師は、ゼルツェンの肩に手を置いて、他の二人に聞こえない声でこう言った。
「ハヤテの弟子が手伝ってくれることは心強いんだが、竜主のアールケーは、〈アールケーハインド〉にお前を乗せない。だから調教を手伝っていることは秘密にしておいてくれ」
なんで〈アールケーハインド〉にゼルツェンを乗せないかといえば、〈アールケーハインド〉が負けた新竜戦で、1着になった〈オレンジ〉に乗っていたのが、ゼルツェンだからだ。
竜主の心理的な抵抗である。もちろん合理的ではないのだが、情熱や人情を優先する竜主であれば、そういう判断もありえるわけだ。
「わかりました。こっそり手伝って、口外しません」
なんだかめんどうな竜主だなぁという正直な感想もあるのだが、癖を矯正する調教を手伝えることは経験値になるので、不満は喉の奥に飲み込んだ。
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さっそく癖を矯正する調教が始まった。まずは〈アールケーハインド〉を引き運動していく。
彼の手綱を握って、竜舎の周りをぐるっと回ることで、肉体の準備運動しつつ、どんな癖がついてしまったのか見極めるのだ。
さて、ぐるっと二周ほど回って、すぐにわかったことがある。
前進気勢がかなり強くなっていた。新竜戦で逃げてしまった影響である。
ショーロー調教師は〈アールケーハインド〉の胴体を撫でて落ち着かせながら、デルデに忠告した。
「デルデ、おそらく〈アールケーハインド〉は、次のレースも逃げようとするだろう。だからお前の役割は、あえてスタートを失敗して、力みを消すことだ」
「わかりました。控えることを覚えさせるんですね」
「そうだ。もしかしたら一度や二度ぐらいじゃ覚えないかもしれない。何度も負けるかもしれない。それでも辛抱強く向き合うんだ」
それなりに難しい覚悟である。
〈アールケーハインド〉のポテンシャルであれば、もしかしたら勝てるかもしれないのだ。
しかし勝てたとしても、もしかかり癖が固定化されてしまえば、今後のレースプランが全部壊れてしまう。
だから負けてもいいからかかり癖を矯正しなければならない。
それがデルデに求められている忍耐である。
「一生懸命やります」
デルデは緊張した面持ちでうなずいた。
それにつられて、友達であるゼルツェンもうなずいた。
いつか自分も同じような場面に立ち会うかもしれない。そのときは負けることを覚悟したほうがいい。
そんながんばっている若者二人に、ショーロー調教師は満足げに片腕でガッツポーズした。
「よし、その調子だ。がんばれ若者。競竜業界を盛り上げていかないとな」
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レース当日。ゼルツェンは自分の乗鞍の合間に、デルデと〈アールケーハインド〉の未勝利戦を見守ることになった。
レース直前から、すでに〈アールケーハインド〉は興奮していて、いまにもゲートを破って飛び出してしまいそうだった。
ああいう暴れかねない飛竜であれば、癖竜使いであるゼルツェンも得意なのだが、竜主はデルデを乗せたいのだから、彼がやるしかないのだ。
たとえ負けることになろうとも、癖を矯正しなければならない。
素質がない飛竜ばかり乗ってきた若手が、いきなり良血飛竜に乗ってしまったら、つい色気を出して勝ちたくなることもあるだろう。
だが教育騎乗しなければならない。我慢が大切だ。
ついにゲートが開いたわけだが、デルデは立場をわきまえて、あえてスタートを遅らせた。
それでも〈アールケーハインド〉本人の全身気勢が強くなりすぎていたので、手綱を抑えているはずなのに、竜群の中団までポジションが上がってしまった。
ゼルツェンは、まるで自分自身に襲いかかった苦難に耐えるように、ぐっと両手を握った。
「こらえてくれよ、デルデも〈アールケーハインド〉も」
もし最後の直線まで我慢できれば、それだけでこのレースの騎乗は合格といえた。
デルデは歯を食いしばって、手綱をがっしり抑えている。
実は難しいシーンだった。いくら我慢させるといっても、単純な力任せで我慢させすぎると、飛竜がふてくされて今後二度と真面目に飛ばないことだってある。
かといって我慢を覚えさせないと、ずっと先頭で暴走逃げするだけの危うい性格になってしまう。
デルデがうまくアドリブで調和を取るしかなかった。
やがてレースは向こう正面に入った。
ここがもっとも難しい場面だ。
これまではコーナリングをするために減速できたが、翼を動かしやすい直線に入ってしまったことで、その前提が崩れる。
すでに〈アールケーハインド〉は全身が力んでいて、いまにも暴走しそうであった。
デルデは最終手段として、手綱を全力で引っ張った。
もうこうなってしまったら急減速することになるので、着順はほぼ確実に最下位確定だ。
それでも教育騎乗するほうが将来のためになる。
こうして〈アールケーハインド〉は最下位でゴールラインを通過した。
着順だけなら最悪だが、教育騎乗としては最高である。
なぜなら、ただの一度も暴走逃げしなかったからだ。
見守っていたゼルツェンも、乗っていたデルデも、管理しているショーロー調教師も、そして癖をつけることになった原因であるラースロ―も、みんな飛び跳ねるほどに喜んでいた。




