第40話 我慢のとき
着拾いは、〈アドバルーン〉みたいな成長待ちの若い飛竜にかぎらず、すでに能力の上限に達した4歳や5歳の飛竜でも行われる。
なるべく現役時代を長引かせたい竜主のご意向ということもあるし、多数の飛竜を抱えた大手竜主がコストを回収したいという思惑だってある。
そういう泥臭い願望をかなえることによって、竜主や調教師に信頼されるようになり、やがてG1でも通用するような強い飛竜の騎乗依頼が転がり込んでくるのだ。
――――というのは理想論であって、誰もが着拾いをすることで強い飛竜と縁が生まれるわけではない。
「ゼルツェン。おいら、着拾いばっかりやらされて、ぜんぜん強い飛竜の騎乗依頼がこなくてこまってるさー……」
と悩んでいるのは、友達のデルデであった。
彼はローカル開催の調整ルームで、競竜の専門誌を読みながら、ゼルツェンにお悩み相談していた。
「俺が〈オレンジ〉に乗れたのは個人的なコネでしかなくて、それ以外の飛竜は敗戦処理とか着拾いばっかりだけど、でも騎乗経験を積むことって大事だと思うぞ」
本番の騎乗経験を積んでいかないと、騎乗技術が向上しないどころか、安全性を高めるための咄嗟の判断力が育たない。
レースに参加した自分以外の竜騎手たちの命を守るためにも、たとえ弱い飛竜であろうともたくさん乗るべきだった。
「そんなことはわかってるさぁ。でもメイン開催に呼んでもらうためには、強い飛竜に乗れるようにならないと、縁が生まれないだろー?」
という不満点は、デルデだけではなくて、ローカル開催でくすぶっている若手の竜騎手たちも持っていた。
たしかに不満を持つ理由はゼルツェンにもわかる。
信用第一の業界ということは、すでに実績のあるベテラン竜騎手たちが圧倒的に騎乗依頼を集めやすいからだ。
そんな環境であれば、とくにゼルツェンたちは落ちこぼれ世代と評されているせいで、どうしても乗鞍が集まりずらい。
だが待遇が悪い根本的な理由は、自分たちの技術不足だ。
たとえ弱い飛竜に乗っていようとも、着拾いや一発狙いの乗り方を求められる水準でこなしていけば、いずれ強い飛竜と出会える。
なぜなら竜主と調教師は平場のレースもチェックしているからだ。
となれば下積み期間をひたすら耐える強い心が必要になるわけだが、ハヤテやデラリアみたいな超一流が強い飛竜に乗ってG1にバンバン出走しているのを見ると、不公平だと感じてしまうのも人の心である。
では、くすぶっている若手たちに必要な言葉がなにかといえば、励ましだろう。
「いつか努力が報われると信じて、ひたすら自分の仕事をこなしていこう」
下積み期間を乗り越えるためには、粘り強さが必要だ。
そんなことはみんなもわかっているのだが、誰もが鋼の心を持っているわけではない。
だから誰かに背中を押してもらうことで、粘り強さが身につくことだってある。
デルデと若手たちは、水やコーヒーをがぶ飲みしながら叫んだ。
「いつか絶対G1出てやるんだな」「ローカルで大暴れしてやるさ」「とにかくチャンスを逃さないようにしよう」
みんな不満がくすぶっているだけで、けっして心は折れていない。
きっといつか報われるはずだ。そうゼルツェンは信じたかった。
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もっともらしい言葉で同期や若手たちを励ましたんだから、他でもないゼルツェン自身が行動で示さないといけない。
ゼルツェンは〈アドバルーン〉と一緒に着拾いすることになった。
以前からの計画どおり、日々のお世話の段階から〈アドバルーン〉とすごしてきたので、以前よりも彼の癖に対する理解が深まっていた。
「スタートは綺麗に決めたいが、竜群に入りたくないんだよな。神経質な性格らしくさ」
〈アドバルーン〉が暮らしている竜房は丁寧に使われていた。
それはティア竜舎のスタッフたちが丁寧に手入れしているからというより、〈アドバルーン〉自身が寝床を荒らさないように使っているからだ。
そういう神経質な性格がレースに反映されていて、彼は飛行フォームも神経質なのである。
だったらゼルツェンがやるべきことは、彼のスタイルにあわせて騎乗スタイルを微調整することだ。
スターティングゲートから勢いよく発進。
だが竜群には入らずに、彼の飛行を邪魔しないようにソフトタッチで手綱を操る。
これだけ細やかな配慮で乗れるようになってくると、〈アドバルーン〉はレース中に力まなくなっていた。
おかげで後ろぽつんをやらずとも、普通の隊列における最後尾からちょっと後ろぐらいで落ち着いて飛べるようになった。
彼は精神的には整ってきた。だが体の成長が追い付いていないので、着拾いで時間を稼ぐ必要があった。
「妄想癖は使わないで大丈夫そうだな」
現段階では無数のレースパターンを想定する必要がなかった。
なぜなら1着を狙っているわけではないからだ。
やがて最後の直線に入ると、温存しておいた力を爆発させて、ぎゅいんと一閃。
4着でフィニッシュだ。
掲示板入りしたので、本賞金まで発生した。現在の〈アドバルーン〉の肉体から考えると大成功といえた。
検量室前に着陸すれば、元許嫁で調教師のティアも、してやったりの顔だった。
「いい感じに稼げましたわね、ゼルツェン」
「この調子で竜体が成長するのを待ちましょう。きっと〈アドバルーン〉はOP入りできますから」
世代重賞を勝つか、条件戦を勝ち上がれば、OPクラスに昇格できる。〈アドバルーン〉の場合、条件戦で一歩ずつ勝ち上がることが大切だ。
とにかく焦ってはいけない。
もし無理なレースプランを組んでしまったら、気性が悪化するかもしれないし、大怪我してしまうかもしれない。
陣営にとっては我慢のときであった。
レース後の後検量を終わらせたゼルツェンが控室に戻れば、友達のデルデが感服した。
「やるなぁゼルツェン。見事な着拾いだったさぁ」
デルデだけではなく、他のくすぶっている若手たちも満足そうだった。
同期の仲間や若手たちに明るい未来を見せられたなら、昨晩励ましの言葉を送ったゼルツェンとしても本望であった。




