第39話 距離適性と収得賞金と着拾い
プラット竜舎の2歳重賞の予定だが、いまのところ〈オレンジ〉が出走するだけだ。
〈ライトニングストーム〉も新竜戦は勝ったものの、レースの前後で暴れまくったせいで2か月間も出走停止なので、レースプランは白紙であった。
プラット調教師は、ホワイトボードに書いてある〈ライトニングストーム〉の予定欄を『放牧中』に書き換えた。
「本当なら夏終わりの2歳重賞を〈ライトニングストーム〉で制覇する計画だったのになぁ……」
予定は未定というが、いくらポテンシャルの高い飛竜であっても、性格に問題があれば波乱万丈の未来になるわけだ。
ゼルツェンは、竜運車で放牧先に運ばれていく〈ライトニングストーム〉を見送っていた。
「もっと落ち着いてほしいんだが、人間の事情通りに動いてくれるわけじゃないもんな……」
〈ライトニングストーム〉は、竜運車の窓に顔を寄せると、まるで人間のように鼻で笑ってから、ぐーすか眠ってしまった。
マイペースかつ人間の事情なんて完全に無視するやつであった。
それとは対照的に、ゼルツェンが新竜戦で勝たせた〈オレンジ〉は次のレースもやる気まんまんであり、ふんすふんすと鼻息が荒かった。
ゼルツェンは、〈オレンジ〉の体を水で洗いながら、2歳重賞のことを考えた。
「もし2歳重賞に勝てたら、クラシックレース確定だもんな」
飛竜がグレードの高いレースに出走できるかどうかは、収得賞金で決まっている。
もし2歳重賞を勝てたら、多額の収得賞金を獲得できるので、条件戦を飛び級して、いきなりG1に挑戦できる。
つまり人生の目標である魔王賞に出走できるのだ。
「勝ち負け以前に、出走しないことには冤罪を証明できないからな」
現在の自分の実力では、G1レースにふさわしくないことはわかっている。
それでも父の名誉を回復するために、そして竜騎手としての存在を証明するために、魔王賞に出たい、絶対に。
だが忘れてはいけないこともあって、〈オレンジ〉以外にも任されている飛竜がいることだ。
もし〈オレンジ〉に没頭して、他の飛竜が疎かになるようでは、竜騎手失格なのだ。
ちょうどプラット調教師も、そのことを確認してきた。
「ゼルツェン、いま主戦として任されている飛竜は2頭だけだな?」
「はい、うちの竜舎の〈オレンジ〉と、お隣のティア竜舎の〈アドバルーン〉ですね」
「〈オレンジ〉がクラシック戦線で、〈アドバルーン〉は短距離路線か。ちょうどいいな」
「はい。他の飛竜に関しては、主戦ではないですからね。乗り替わると思ったほうがいいでしょう」
「任されている飛竜の数が少ないうちに、調教の技術をしっかり磨いたほうがいい。しっかり頭を使って乗り込んでいけ」
その指摘は実に正しかった。
騎乗依頼が増えるほど、1頭あたりにかけられる時間は減ってしまう。
そうなれば基礎技術に問題を抱えたゼルツェンは、任された飛竜の力を発揮させられないままレースを終える可能性が高い。
それでは誰も幸せにならないのだから、調教の基礎技術も向上させたほうがいい。
〈オレンジ〉に関しては日々のお世話を通じて細かい性格もわかっているから、時間をかければどうにかなるだろう。
だが〈アドバルーン〉に関してはティア竜舎の飛竜なので、追い切りとレースにまたがったときの感触しか知らない。
いまちょうど時間が空いているので、〈アドバルーン〉のお世話を手伝おうと思った。
● ● ● ●
お隣のティア竜舎にお邪魔すると、元許嫁で調教師のティアはレースプログラムとにらめっこしていた。
「うーん、うーん、〈セントムーンライト〉の距離適性がわかりませんわね」
「ティア先生、レースプランに迷ってるんですか?」
「ええ、〈セントムーンライト〉が新竜戦勝ちしたのですが、距離適性がわからなくて」
かつて暴れん坊の〈ライトニングストーム〉とケンカした〈セントムーンライト〉も新竜戦を勝ったわけだが、そのレース内容は不気味だった。
普通に乗って、普通にぐるっと回って、1竜身差で無難に勝利だ。
走破タイムと上りタイムも平均値で、レース内容は平凡である。
数字だけを見たらありふれた優等生なのだが、飛んでいる姿勢から力をセーブしていることが伝わってきた。
まだ本気で飛んでいないだけで、秘めたるポテンシャルはかなりのものだろう。
「〈セントムーンライト〉に乗ったのって、リーディング竜騎手のデラリアさんですよね。あれだけうまい人でも、本番経験して適正がわからないんですか?」
「多少はわかっているんですのよ。長い方が得意っていうのは。でも2歳重賞は体が育ってない飛竜が出走することを前提にしているから、短い距離ばかりでしょう」
「あー。たしかに短い距離で勝負すると、スプリント適正の高い飛竜にジャイアントキリングされる可能性がありますね」
「中距離以上であれば確実に勝ち負けできるんですが……まぁこのあたりはオーナーと相談することになるでしょう」
実を言うと〈オレンジ〉も適正距離がわかっていない。
短い方に適正があるのか、それとも長い方なのか。
血統だけで判断できることもあれば、数レース走らせてみないとわからないこともある。
「〈アドバルーン〉は短いところですけど、これもかなり数をこなしてからじゃないとわからなかったですもんね」
ゼルツェンが〈アドバルーン〉と初めて出会ったとき、すらっとした体格からスタミナがありそうだと判断した。
その特徴から距離適性を導いてしまうと、長い距離が得意だと勘違いしがちだが、いざ自分で乗って突き詰めてみると短距離向きだと判明した。
つまり何回もレースを走らせてみないとわからないこともあるのだ。
「そこに関してはわたくしの実力不足ですわ。あなたを乗せる前からわからなければならなかったのに」
「若くして、たくさんG1を勝った調教師なのに、実力不足なんですか?」
「はい、まだまだ経験不足なので、見抜けないことも多々とありますの」
彼女のような才気あふれた人物であっても、研鑽を怠っていない。
ならばゼルツェンみたいな雑草は、さらに努力しなければならないのだ。
「ティア先生、〈アドバルーン〉のお世話を手伝わせてください。そうすればレース前の追い切りの効果だって高まりますよ」
「いいですわよ。前回のレースでは、たとえあなたが完璧に乗ったとしても勝てたわけじゃないですからね。ならば飛竜をしっかり鍛えることが陣営の役目」
「どこまで〈アドバルーン〉の能力は伸びてくれるんでしょうか?」
「未知数ですわね。いくら陣営が最善をつくしたとしても、潜在能力以上の結果は出せませんから」
どれだけ調教師と竜騎手が完璧に仕事をこなしても、〈アドバルーン〉は歴史に名前を残せるほどの名竜にはなれない。
もしそんな素質があるならば、未勝利戦で足踏みしていないのだ。
血統と才能に大きく左右される世界では、生まれた瞬間から序列が決まってしまう。
残酷だと思うし、やるせない気持ちにもなる。うちの飛竜はこんなにも必死にトレーニングしているのに、なんで重賞レースに縁がないのかと。
だからといって『どうせこんなもんでしょ』と未来を捨てることは間違っているし
、目の前のレースを舐めてかかるのも間違いだ。
「もし〈アドバルーン〉が晩成型でしたら、そこまで成長する間、着拾いをやったほうがいいんでしょうね」
着拾い=勝つことが目的ではなくて、可能なかぎり着順をあげることで賞金を稼ぐ乗り方だ。
飛竜は維持費がかかるのだから、それを補うために着拾いをしてほしい竜主が出てくる。
不名誉な乗り方ではあるのだが、誰かがやらなければならない汚れ仕事でもあった。
だからティアも、〈アドバルーン〉のレースプランをいかにも着拾いしやすそうなレースに決定した。
「着拾いも立派な竜騎手のお仕事ですわね」
「若手のころは、着拾いを通じて得られる経験もあるでしょうし、〈アドバルーン〉の場合は肉体が成長するまでの時間を稼げますよ」
「目指せ、半年後に1勝クラス突破」
というわけで、ゼルツェンは〈アドバルーン〉の竜房を手入れするために、彼を一度外に出そうとした。
だが彼は神経質に怒っていて、ぐるるるっと唸り声をあげていた。
部外者に寝床を触ってほしくないのである。
「そうだよな。お前は繊細なやつだから、かつて未勝利戦でくすぶってたんだもんな。わかってるよ。まずは仲良くなるところからスタートだ」




