第38話 どれだけポテンシャルが高くても、問題児は問題児のまま
ゼルツェンは己の実力不足を痛感しながら、〈アドバルーン〉に乗ったまま検量室の前に戻ろうとした。
すると、このレースで1着になったデラリア・アラヒムの飛竜が隣に並んだ。
「まだまだ甘いなゼルツェン・ハルパー。コーナーリングも、エアベルトの乗り方も、ペースの掴み方も、なにもかもが」
この惑星でもっとも成績の良い竜騎手が、ゼルツェンの騎乗技術を全否定した。
相変わらず厳しい人ではあるのだが、ただの事実だし、ありがたいアドバイスだとゼルツェンは思った。
「デラリアさん、俺、もっとうまくなります。しばらくローカル開催で修行して、いつか必ずメイン開催に戻ってきますよ」
「そういって戻ってこられなかった竜騎手は山ほどいる。研鑽を怠るなよ」
デラリアの瞳には、いくつもの勝負を見守ってきた戦士の魂が宿っていた。
きっと最前線で活躍する超一流にとって、ゼルツェンのような基礎技術の欠けた若者は、怠け者に見えるんだろう。
だが若者ゆえに意地がある。
「負けませんよ。逆境にも、あなたにも」
心に闘志を燃やして大先輩に反発しながら、〈アドバルーン〉を動かして検量室の前に着陸。
元許嫁で調教師のティアが待っていた。
「結果は6着ですか。奨励金は手に入りましたわね。まぁ及第点じゃないでしょうか」
しょせんは及第点であって、合格点ではない。
ティアも見抜いているのだ、ゼルツェンは騎乗ミスこそしていないが、基礎技術が低かったせいで掲示板入りできなかったことを。
「もし完璧に乗れてたら4着もありました。俺が未熟だから掲示板に入れなかったんです。次はもっとうまく乗ります」
ゼルツェンは言い訳をせずに、自分自身の客観的な立ち位置と、次のレースの展望を語った。
だが競竜の習慣的に、竜騎手の技術不足が原因で負けたら、次走は乗り替わるパターンが多い。
もしこれで〈アドバルーン〉を降ろされるなら、甘んじて受け入れるしかない。
では〈アドバルーン〉の管理者であるティアの反応はどうなのか?
「自分で気づけているなら、きっと成長もあるでしょう。〈アドバルーン〉との次のレース、楽しみに待っていますわよ」
どうやら次走も《アドバルーン》に乗せてくれるようだ。
「ありがとうございます、ティア先生」
次のレースは、もっと上手に乗ってやる。そのためには本日の屈辱を努力の燃料にしよう。
そう総括して、ゼルツェンはメイン開催唯一の騎乗を終わらせた。
● ● ● ●
メイン開催では土曜日に1鞍しか乗鞍がなかったので、日曜日は所属竜舎であるプラット竜舎に出勤することになった。
「久々ですね、日曜日に乗鞍がないのは」
デビュー1年目では頻繁にあったことだが、デビュー2年目では久々だった。
残念ながらゼルツェンの実力では、たとえローカル開催で需要があっても、メイン開催では需要がないのである。
かなり悔しいし、いつかは見返してやろうと思った。
プラット竜舎のスタッフたちは、悔しがるゼルツェンをこう慰めた。
「デビュー2年目なんて、誰だってそんなもんさ。もっと経験積んでうまくなれば、いつかはメイン開催でも乗鞍集まるようになるよ」
統計的にはスタッフの言った通りの傾向があるのだが、G1で勝ち負けするような才気あふれた竜騎手たちは若いころから乗鞍が集まるので、いまの成績に危機感を持ったほうがいいのだ。
だからといってスタッフの気遣いをムダにする必要はないので「ありがとうございます。がんばります」と返した。
それからすぐに気持ちを切り替えて竜舎の雑務をこなすわけだが、日曜日の出走表に気になる飛竜がいた。
「本当は〈ライトニグストーム〉の新竜戦、現地で見たかったんですけどねぇ」
本日がプラット竜舎の問題児〈ライトニングストーム〉のデビュー戦だった。
あいつは現在進行形で問題行動を起こしまくっているので、現地の厩務員は疲労困憊で倒れかけているし、同行しているプラット調教師は目の下にクマができていた。
そんな問題児のもっとも困った行動は、現場にいるすべての飛竜にケンカを売ることだ。
それは厩舎のテレビ画面越しにも観測できた。
師匠のハヤテが騎乗してから、〈ライトニングスト―ム〉は地下ルートを通るさいに、他の飛竜に噛みつこうとした。
それを慌ててハヤテが制御して、ギリギリセーフで事故を回避していた。
ゼルツェンは苦笑いした。
「やっぱ難しい飛竜だなぁ、あいつは」
ここまで極限に難しい癖竜になってくると、ハヤテしか乗れない。多少癖竜に乗るのがうまい程度のゼルツェンでは太刀打ちできないのだ。
これだけ難しい条件が揃っていても、〈ライトニングストーム〉はレースに出走する。
なぜならとてつもないポテンシャルを秘めているからだ。
やがて〈ライトニングスト―ム〉はやる気なさそうにゲートイン。
ああ、なんかやらかすな、と誰もが思った瞬間、本当にあいつはやらかした。
スターティングゲートから出る瞬間、あくびをしながらゆっくり出たのだ。
出遅れである。それも特大の。
「あんな露骨にやる気ないなら、もはやハヤテさんの技術関係ないだろ」
中距離でデビューしているからまだ救いがあるのだが、それでもあれだけの出遅れは致命的だ。
狙ってやったわけじゃないのに、後ろポツン状態になってしまった。
もし無理に追いつこうとして押していったら、それだけスタミナを消耗することになる。
それに生まれて初めてレースに参加する飛竜に悪い癖をつけることになるかもしれない。
だから最後の直線にかけるしかない。
レースは淡々と流れて隊列に変更はなく、やがて最後の直線に入った。
その瞬間、〈ライトニングストーム〉は寝ぼけた顔のまま恐ろしい加速で順位を上げて、そのまま全頭差し切って1着でゴールしてしまった。
あまりにも非常識なレース展開と結果に、会場は騒然としていた。
ゼルツェンも腰を抜かしていた。
「〈ライトニングスト―ム〉ここまで強かったのか。いつか必ずG1を勝つ逸材じゃないか」
だがこいつは問題点だらけだった。
ゴールした瞬間、同じレースに参加していた飛竜たちをバカにしまくったのだ。
飛竜たちには同族にだけ通じるボディランゲージがあるのだが、今回の〈ライトニングストーム〉は、相手の目の前で口を大きく開けて牙をむき出しにしながら、両腕と尻尾を鞭のように振り回すポーズをやった。
これは『雑魚め俺様に屈服しろ』という意味である。
こんなことをやったら同じレースに参加した飛竜たちもカンカンに怒ってしまって、乱闘直前みたいな雰囲気になった。
鞍上のハヤテが必死になだめるのだが、あまり効果がない。
まさか本当に乱闘になってしまうのか、と現地の誰もが恐怖した。
しかし競竜業界には、きちんと対応策があった。
現地の魔法使いが、鎮静の魔法を使用して、〈ライトニングストーム〉をすやすやと眠らせたのだ。
おかげで乱闘は防げたのだが、ペナルティは防げなかった。
〈ライトニングストーム〉には、2か月間の再調教審査が課せられて、それが終わるまでレースに出られなくなったのだ。
管理者であるプラット調教師は、疲れ果てた顔で頭を抱えた。
「せっかく新竜戦勝ったのに、レースプラン崩れたじゃねぇかぁ。2か月間も出走禁止になったら、貴重な2歳重賞いくつか出られんのだぞ……!」




