第37話 メイン開催は竜群がタイトだった
メイン開催の土曜日を迎えた。
今回のゼルツェンが登録した競竜場は、【パドランチ競竜場】である。
森林地帯の合間を、飛竜に乗って通過する難しいコースだ。
低空飛行を維持しなければならないし、森が壁のように続くせいで見通しも悪い。
そんな場所を、竜群を維持したままコーナリングするとなれば、竜騎手に求められる技術は格段に上がってくる。
「初めて飛ぶコースは、本当に緊張するなぁ……」
いくら空想癖を利用して、初めて飛ぶ難しいコースをエミュレーションしてあっても、プレッシャーを消せるわけではない。
それに竜騎手控室に並んでいる先輩たちが、例外なく凄腕の有名人ばかりなので、緊張感が増していた。
形式的な挨拶だけであれば、昨晩の調整ルームで終わらせてあるのだが、それでも彼らと一緒に本番を飛ぶとなったら、なんだか恐れおおいな、と思ってしまう。
実際、こんな有名人だらけのところに、デビュー2年目でぜんぜん勝てていない若手が混ざってしまうと、はっきりいって肩身がせまかった。
だがしかし、小さく縮こまっているだけでは進歩がない。
竜騎手としてのメンタルを鍛えるためにも、凄腕の先輩と交流したほうがいい。
そう思ったゼルツェンは、手始めに顔見知りであるリーディング竜騎手のデラリアに話しかけようとした。
だが彼は普段だから厳しい人だから、無言の圧がすごすぎて二の足を踏んでしまった。
それでも諦めるという選択肢はなかったので、そろーっと忍び足でデラリアの隣に座った。
なにも会話が発生しない。
気まずい沈黙が続いて、胃がはちきれそうになったが、勇気を出して話しかけた。
「あのぉ、デラリアさんは、どんな食べものが好きですか?」
「それを聞いて、お前のレースの役に立つのか?」
真顔でお堅い返事をされてしまったら、ゼルツェンにはどうすることもできない。
「失礼しましたぁ……」
謝罪をしてから、そーっと席を離れた。
デラリアに話しかけるのは失敗したが、他の凄腕先輩たちであれば大丈夫なのではないか。
というのは希望的観測にすぎなかった。
明確な壁を感じた。どうやらゼルツェンは凄腕先輩たちに歓迎されていないようだ。
ある意味、当たり前である。デビューして2年目のクソザコ竜騎手が、いきなりメイン開催に登録したら、こいつレースを邪魔するんじゃないか、と疑われるからだ。
それでも登録してしまったものはしょうがないではないか。《アドバルーン》が飛べそうなちょうどいい条件がここしかなかったんだから。
しかし気まずいのも嫌なので、いったいどうやってこの時間をやり過ごせばいいのか、師匠のハヤテに聞いた。
「ハヤテさん、俺、こういうときどうしたらいいんです?」
ハヤテは白湯を飲みながら、余裕を感じさせる笑みを浮かべた。
「じたばたしないで、得意の分析をやっておればいいんじゃ。ここにはお手本になる竜騎手がたくさんおるのでな」
その通りだった。これだけ近い距離で彼らの騎乗方法を学べるのは貴重な機会であった。
ゼルツェンはひたすら凄腕先輩たちのレースを分析した。
結論からいって、とにかくひたすらうまい。
いつものローカル開催に登録している竜騎手たちとは基礎の力が違いすぎるのだ。
これだけうまい人が一か所に集まってしまったら、ゼルツェンの乗鞍が《アドバルーン》だけになってしまうのも無理はなかった。
だからといって現状に満足するつもりはない。
もっとうまくなって、メイン開催でたくさん乗鞍をもらえるぐらいうまくなろうと思った。
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午前が終わって、午後になって、ついにゼルツェンの出番がやってきた。
貴重な1鞍なので、大切に乗ろうと思った。
いつも通り勝負甲冑を装着して騎乗所に向かうわけだが、その途中の道はいつもより緊迫感が増していた。
まるで煮え立つマグマのようだった。
これがG1でもおなじみの竜騎手たちの集中力なのか、と驚きつつ、たぶんこれはデビュー2年目の下手くそが歓迎されていないオーラでもあるな、と納得した。
その感覚は正しくて、同じレースに出走するリーディング竜騎手のデラリアが、わざわざゼルツェンに顔を近づけて警告した。
「メイン開催はローカル開催と違って、コースが難しいうえに竜群がタイトになる。だからもしお前が下手を打つと多重事故に繋がる。気をつけろよ、レースはいつだって命がけだ」
まるでワニが噛みついてくるような迫力だったので、ゼルツェンはごくりと息をのんだ。
「気をつけます、はい」
安全運転であればいつも肝に銘じているが、メイン開催は初めて飛ぶわけだから、神経質になるぐらいでちょうどいいんだろう。
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まるで戦場におもむく兵士みたいな気持ちで騎乗所に入り、元許嫁で調教師のティアと合流した。
ティアは《アドバルーン》に頭絡をつけながら、ゼルツェンに伝えた。
「わかっていると思いますが、メイン開催は乗り方が難しくなりますから、いつものローカル開催と同じ感覚で乗ると事故を起こしますわよ」
ティアにまで警告されるのだから、初めてメイン開催に乗るときが一番危ないんだろう。
すでに先輩竜騎手たちのプレッシャーにさらされているが、さらに気をつけたほうがよさそうだった。
「《アドバルーン》が後ろから行く飛竜で助かりましたよ。タイトな竜群に入らないで、先輩たちのエアベルトをなぞっていけばいいだけなので」
「お気をつけて」
ティアの言い回しは、まるで戦場に旅立つ若い兵士を送りだすような雰囲気だった。
なんだか大げさだなぁと思いつつ、しかし実際レースは命がけだから間違ってもいないか、とゼルツェンは思った。
「必ず帰ってきます、《アドバルーン》と一緒に」
ゼルツェンは《アドバルーン》の背中に乗ると、厩務員と一緒にコースに向かった。
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ゼルツェンは、《アドバルーン》の返し竜をしながら、同じレースに出走する他の飛竜たちの状態を偵察した。
1番人気は、リーディング竜騎手デラリアが乗っている飛竜だ。いかにもポテンシャルが高そうな体つきであり、本日の調子もいいようだ。
もしレースに波乱が起きないのであれば、デラリアが勝つはずだ。
ならばゼルツェンのやるべきことは、後ろに控えて一発狙いだ。
波乱を起こしてやろうじゃないか。
そう思いながらゲートインして、あっという間にレースがスタートした。
――その瞬間、ゼルツェンは敗北を悟った。
「スタートがうますぎる、なんなんだこの人たち!?」
他の飛竜たちは、あまりにもスムーズにゲートから発進していた。
それと比べて、ゼルツェンと《アドバルーン》はややぎこちない発進になってしまった。
だからといってゼルツェンが騎乗ミスしたわけではない。ちゃんとローカル開催基準ではスムーズに出ていた。
だがメイン開催基準では出遅れになってしまう。
なぜなら騎乗している竜騎手たちの技術が高すぎるから、まるで潤滑油をたっぷり染み込ませたベアリングみたいに、ぴゅっと滑らかにスタートできるからである。
「短距離で出遅れたら、いくら後ろから行く飛竜でも限界がある……!」
だが諦めてはいけない。もしかしたら先行集団の駆け引きが激化して、共倒れしてくれるかもしれない。
そうなったら、最後方に控えた《アドバルーン》が差し切れるチャンスだ。
さて先行集団はスタートするなり竜群を形成したのだが、レース前に警告された通りタイトだった。
もしちょっとでも操縦を間違えたら、隣の飛竜と接触することになる。
「あんなに接近して怖くないのか、あの人たちは」
ゼルツェンは竜群の最後方で安全運転しているから、そこまで恐怖を感じていない。
だがもし中団から差しを狙っていたら、隣の飛竜との接触事故が怖すぎて、かなりのプレッシャーを感じていたはずだ。
しかし彼らには慌てた様子がないのだから、あの距離感で正解なのだ。
「正解だとして、どうやってコーナリングするつもりなんだ?」
パドランチ競竜場は、コースの上方は魔法でフタをされていて、左右には背の高い木々が並んでいる。
いくら木々の背が高いといっても、それは人間基準であって、飛行中の飛竜にしてみれば低空飛行なのだ。
だいたい地上から100メートルぐらいの高度を飛んでいる。
人間にしてみれば、なんて高さだと思うわけだが、飛行能力を持った生物にしてみれば、ちょっとでも平衡感覚を失ったら墜落する高度であった。
そんな恐ろしいコースを、タイトな竜群を維持したまま、コーナリングをこなしていく。
正直ついていけないと思ってしまった。
だがいつかはあの技術を手に入れないといけないのだ。
「いまは技術不足だから、レースを邪魔しないことに甘んじるしかない」
どれだけ難しいコースであっても、一番後ろから追走すれば、先輩たちのエアベルトをなぞればいいだけなので、難易度はぐっと下がる。
そうやって今をやりすごしつつ、貴重な経験を積んで、将来は彼らと同じように難しいコースをタイトな竜群で飛ぶのだ。
いまにみてろよ、俺だっていつか一流の仲間入りを生やしてやる。
そう思ったとき、レースは最後の直線を迎えた。
ゼルツェンは《アドバルーン》の気性を考慮して、あえて大雑把に大外に持ち出してから、ラストスパートした。
ぐんっと加速して、先行集団から垂れてくる飛竜を追い抜かしていく。
未勝利戦であれば全頭差し切れたのだが、1勝クラスになってくると他の飛竜たちも強いため届きそうにない。
上り最速で駆け抜けたものの、10頭目を抜かしたところがゴールラインであった。
結果は6着。ぎりぎり掲示板に入れなかった。
奨励金はもらえるから御の字だが、しかし自分の未熟さにも気づいた。
「騎乗ミスはしてない。でも基礎技術が低すぎて、2頭ぶんぐらい詰められなかったんだな」
シンプルに基礎技術の違いだ。
飛竜をコーナリングさせる技術、飛竜を大外に持ち出す技術、飛竜を加速させる技術。
これら駆け引きに関係なく単走でも求められる技術が、ゼルツェンはまだまだ低いだ。
もし完璧に乗れていたら4着だったはずだし、そうなっていれば掲示板入りで本賞金も手に入っていた。
なんてもったいないことを、とゼルツェンは心の底から反省した。




