第33話 逃げ戦法のかなたに
ゼルツェンと《オレンジ》はゲート前に着陸して、ゲートインの順番待ちをしていた。
すでに行ってある返し竜の調子は良好だった。
入厩する前にグラーブファームでやってくれた調整も抜群によかったし、プラット竜舎でやった追い切りもよかった。
ポテンシャルと性格も把握している。
クラシックを狙える逸材であり、やや引っ込み思案ながらも操作しやすい飛竜だ。
あとはゼルツェンが竜騎手として、レース本番でうまく乗れるかどうかだ。
調整ルームに宿泊する段階で、空想癖を無限に回転させて、《オレンジ》の新竜戦を想定した。
これまで乗ってきた3歳の未勝利飛竜たちと違って、勝ち筋が多い。なぜなら《オレンジ》のポテンシャルが高いからだ。
では負け筋がどこにあるかといえば、逃げ戦法に失敗して失速してしまうか、追い込み戦法で後ろからスパートするものの届かず2着か3着である。
「中団から行こう。竜群をさばけば勝てるレースだ」
中団で翼を溜めて、最後の直線で竜群から抜け出して先頭に躍り出る。これがうまくいけば勝てるはずだ。
だが理想通りに乗れないことだって十分ありえた。
もし竜群から抜け出すことに失敗したら、掲示板に乗ることすらできないでボロ負けするだろう。
だが竜群をどうやって抜け出すのかも、空想癖で想定した。
同じレースに出走する新竜たちのポテンシャルと、それに乗っている竜騎手たちの騎乗パターンから逆算したのである。
その結果、竜群から抜け出すパターンは3つぐらいに絞られることがわかった。
あとはエアベルトさえ読み間違えなければ、勝てるはずだ。
新竜たちのゲートインが始まれば、その様子を実況役が語った。
『メイクデビュー、新竜戦の季節です。若々しい2歳の飛竜たちが、慣れない環境に戸惑いながら、みなさんの前に姿を現しました。このメンバーのなかから、未来のスターは誕生するんでしょうか。各飛竜ゲートインが進んでいきます』
ゼルツェンは《オレンジ》を外枠にゲートインさせつつ、すぐ隣のゲートに入った先輩竜騎手のラースロンを横目で見た。
かなり気合が入っているらしく、勝負甲冑越しに熱を感じた。
彼が乗っている飛竜は、RKという中堅竜主が今年期待している素質竜だった。
これだけラースロンの成績がボロボロになっても、それでも素質竜を任せるなんて、RKという竜主は心が広いようだ。
ラースロンの営業スキルが高いこともあるだろうが、RKが彼の人柄を気に入っているんだろう。
ゼルツェンたち若手の竜騎手たちも、ラースロンの人柄は本当に尊敬している。
だが騎乗技術は見習っていなかった。
残酷な意見だが、竜騎手人生2年目になると、先輩竜騎手たちの技術格差がはっきりとわかるようになったのだ。
ラースロンは下手だ。とても今年46歳のベテランとは思えないほどに。
それでも生き残れるのだから、営業スキルでいかに調教師と竜主の心に近づけるのかも竜騎手としての大切な能力なんだろう。
それはそれ、これはこれだ。営業スキルだけ見習って、騎乗技術は見習わなくていい。
やがて16頭の飛竜がゲートインを完了した。
● ● ● ●
係員たちの安全確認が終わり、スターターの旗が挙がると、わずかな静寂が訪れた。
観客たちも固唾を飲んでスタートの瞬間を見守って、実況役の喉にも力が入る。
『16頭、ゲートイン完了です。これより2歳の若駒たちが、4800メートルのマイル戦に挑みます。はたしてどの飛竜が勝ち上がるのか……スタートしましたっ!』
ゲートが開いて、16頭の若い飛竜たちが、一斉に離陸した。
とんでもない勢いで先頭に立つのは、《アールケーハインド》とラースロンであった。
ゼルツェンと《オレンジ》は先頭争いには参加せず、想定通り中団に構えて竜群に入った。
「やっぱりラースロンさん、逃げるんだな」
はっきりいってバレバレのパターンだった。ちょっとでも強い飛竜に乗ると逃げてしまうのだ。
これはローカル開催の竜騎手たちも共通認識で持っていたので、あえて彼に先頭を譲って風よけにした。
ゼルツェンの空想癖によれば、この時点でラースロンと《アールケーハインド》の勝ち筋は消えた。
うまくペースを刻めても3着である。1着は確実にない。
せめて4番手ぐらいで構えて、最後に抜け出す形であれば、1着の可能性は残っていた。
だが自ら勝ち筋を捨ててしまったので、残り15頭による1着争いだ。
● ● ● ●(以下、ラースロンの視点)
ラースロンは逃げ戦法を選択した。
強い飛竜に乗ったら迷わず逃げる。これが今年46歳になるベテランにとって一番勝率の高い乗り方だからだ。
ただし、まだ現役だったころの大帝に説教されたことがある。
『なんでもかんでも逃げればいいってものじゃないんだよ。飛竜によって逃げがあう子もいれば、あわない子もいるんだ』
わかってはいた。わかってはいたのだが、勝たないと乗鞍が減ってしまうので、逃げるしかなかった。
しかし大帝の説教は正しくて、たとえ逃げて勝ったとしても、逃げてほしくなかった調教師と竜主は二度と依頼をくれなかった。
もし自分に竜群をさばく能力があったら、竜騎手人生は変わっていたのではないか。
そう思うときは何度もあった。だから練習や工夫もした。だが身につかなかった。
なんで身につかなかったんだろうか。
やる気の問題なんだろうか。それともセンスの問題なんだろうか。
答えはわからないまま、崖っぷちに追い込まれた46歳の中年男性は、RKにまかされた素質竜で逃げている。
本人は勝てると思っていた。
だが彼以外の15人の竜騎手は彼が勝てないと確信していた。
残酷なまでの意識の差であった。




