第32話 崖っぷち(ラースロンの視点)
ラースロンは今年で46歳になる。
ベテランの領域だ。ただし技術はベテラン未満だ。
苦手な技術がたくさんあった。
レースのペースも正確に刻めないし、竜群から抜け出すこともできない。
適切なタイミングで追い込みもできないし、大外に持ち出したのにエアベルトを外すこともあった。
だから強い飛竜をまかされたら、安全に勝てる逃げ戦法を選択しがちだった。
しかしそんなことをやっていたら、調教師から「なんで逃げた? 竜群で翼を溜めろと指示したろう」と怒られる機会が増えて、いつしか三流の烙印が押された。
その評価は、調教師だけではなく竜主と競竜ファンの間でも共通認識であった。
ではなぜラースロンが46歳まで生き残っているかというと、いわゆる良い人枠だからだ。
竜騎手の現場では、先輩との関係も良好だし、後輩たちにも慕われている。
人柄を気に入ってくれた調教師や竜主からおこぼれの乗鞍をちょうだいして、隙間産業みたいに賞金を稼いでいる。
ただし重賞レースから遠ざかっていて、かれこれ6年近く乗鞍をもらっていない。
とっくの昔にメイン開催で乗る機会なんて失っていて、ずっとローカル開催で乗っていた。
最近は競竜業界でも、ひそひそ陰口を叩かれることもあって、『あんな将来性のない下手くそ中年が若手の乗鞍を奪うぐらいなら、さっさと引退すればいいのに』である。
それに対してラースロンは『ああそうだよ、下手くそ中年だよ、でもおれなりに工夫して生き残ってるんだ』と心の中で反論して、声には出さなかった。
もちろんラースロン自身も、営業だけで乗鞍を得ることが延命措置であることはわかっている。
だがそれでも引退したくなかった。
競竜学校を卒業してから、ずっと苦労の連続だったからだ。
とにかく下手だったし、怒られてばかりだったし、自分なりにがんばったのだが、まったく実力が伸びなかった。
あまりにも伸びしろがないものだから、何度も辞めようと思ったが、竜騎手という仕事に対する憧れが大きすぎて、現役にしがみついた。
同期たちは成績が悪すぎて、すでに全員引退済みだ。
ラースロンだって、もし営業スキルが低ければ、とっくに引退していただろう。
それぐらい競争の世界は、成績を重視する。
20代までは、まだ伸びるかもしれない、と多少成績が悪くても大目に見てもらえた。
だが30代を越えて成績が伸びてこないと、あっという間に乗鞍が減って、収入が激減して、生活するのが難しくなって、引退を余儀なくされる。
引退した同期たちの八割が競竜業界の裏方に回った。調教師、調教助手、厩務員、トレ谷のスタッフ、飛竜谷のスタッフ……残り二割は外の業界に就職した。
彼らとの絆はいまでも残っていて『ラースロン、お前だけは現役を続けてくれよ。同期では一番うまかったしさ』とメッセージをもらう。
こうしてラースロンにとって現役を続けることは、苦労だらけだった竜騎手人生を肯定することであり、競争の世界から零れ落ちた仲間たちの誇りを守ることになっていた。
しかし年齢的に、もうそろそろ限界であった。
去年、せっかく大手の良血飛竜に乗せてもらえたのに、ゼルツェンの《アドバルーン》に差し切られて敗北した。
調教師と竜主には騎乗ミスだと責められて、ようやくあれが逃げるペースを間違えているし、そもそも逃げないほうがよかったと気づいた。
だが当時の心理的に、差し戦法は選択できなかった。
もし竜群に詰まって、前が空かなかったら、絶対に負ける。負けたら乗り替わりだ。それどころか大手の信頼を失う。ただでさえ少ない信頼が地の底に落ちる。
そう思ったからだ。
実際、騎乗ミスをして負けたことで、リーディング竜騎手のデラリアに乗り替わりになって、しかも一発回答されてしまって、そこから騎乗依頼が激減した。
大手だけではなく、ほとんどの竜主に愛想をつかされた。
これまで営業すれば乗鞍をくれたはずの竜舎からも、『悪いなぁ、竜主さんにお断りされちゃって』と門前払いを食らうようになった。
崖っぷちであることを認識した。
もう後がない。これ以上乗鞍が減ってしまったら、レースに出て得られる収入より、レースに出るために必要な支出が上回ることになる。
ラースロンは結婚していて、中学生の娘がいる。
娘はもうすぐ高校受験だし、その次には大学受験だって控えている。
お金が必要だ。
メディアでは竜騎手の高収入を華々しく宣伝しているが、それはたくさん乗鞍を得ている一流から二流の話であって、ラースロンのような三流には無縁の話だ。
このままでは生活が成り立たなくなるので、こっそり調教師試験の勉強はしているのだが、地頭がいいわけではないので苦労していた。
やっぱり竜騎手を続けたい。
調教師だって悪くない選択肢だが、どうしても現役にこだわりたい。
試金石になるのが、本日の新竜戦だった。
《アールケーハインド》
もっとも懇意にしてくれた竜主の期待飛竜である。
うまく乗れば、新竜戦で勝てるかもしれないポテンシャルを秘めていた。
これだけ強い飛竜の新竜戦をまかされたことが、とても嬉しかった。
いつもいつもRKの竜主にお世話になっていた。
苦境に追い込まれた年明けからも、RKの竜主だけは、ラースロンを見捨てなかった。
だから恩返ししたかった。
なにがなんでも新竜戦を勝ちたい。勝ってクラシック路線に乗せたい。
下馬評によれば、どうやらゼルツェンの乗っている《オレンジ》という飛竜が優れたポテンシャルを秘めているそうだ。
ゼルツェンはかわいい後輩だし、すごく良いやつなのだが、RKの竜主のために負けるわけにはいかない。
「……プライドと経験があるんだよ、たとえ営業だけで生きながらえてる下手くそ中年竜騎手でもさ」
ラースロンは《アールケーハインド》と一緒に、ゲートインした。




