第31話 《オレンジ》と《アールケーハインド》
ゼルツェンと《オレンジ》は、ローカル開催の新竜戦に出走登録した。
なにも強者だらけのメイン開催で勝ちにいかなくてもいいわけだ。
メインだろうとローカルだろうと1勝は1勝であり、まずは未勝利から脱出することが大切である。
そうしないと上のクラスのレースが見えてこないからだ。
ゼルツェンは、いつものようにローカル開催向けの調整ルームに入って、同期の仲間たちに挨拶していた。
「今週から新竜戦だな。勝っておきたいなぁ」
友達のデルデが、ゼルツェンの騎乗リストを見て、目を丸くした。
「あれれぇ、ゼルツェンの乗鞍増えてなーい?」
実は土日で5鞍に増えていた。
昨年なんて土日で1鞍も珍しくなかったのに。
「営業がうまくいってるっぽいな」
ゼルツェンは、プラット調教師の教えどおり、いろいろな竜舎の雑用をこなしまくって、調教師たちに顔を覚えてもらったのである。
そのおかげで、あんまり強くないがちょっと乗り手を選ぶタイプの飛竜、をまかせてもらえるようになった。
「へー、マメだねぇ。SNSで見たことあるけど、そういうのって女の子にモテるらしいじゃない?」
「ぜんぜんモテないなぁ。成績良いわけじゃないし、そうなってくるとぜんぜん賞金入ってこないから、金ないしな」
「ははっ、オラたちお金ないもんねー」
といいながら、同期全員で去年と同じくハヤテからもらったプロ野球チップスのチップス部分をばりばり食べた。
みんなすっかり体重管理に慣れたので、これぐらいの間食であれば体重オーバーは発生しなかった。
同期の女の子が、カレンダーを見た。
「もうすぐ今年デビューの新人たちが、トレ谷に入ってくる季節だよ。わたしたち、落ちこぼれ世代っていわれてるけど、後輩に負けないようにがんばらなくちゃ」
その通りだった。落ちこぼれ世代なんだから、うかうかしていると後輩に追い抜かされる可能性があった。
むしろたくさん努力して、先輩たちを追い抜かす気概が必要だ。
という感じで同期たちで盛り上がっていると、彼らと同じ調整ルームに登録したベテラン竜騎手ラースロンが頭を抱えた。
「いやはや耳が痛い会話だなぁ……オレももっと努力しなきゃ」
ラースロンは崖っぷちだ。彼の人格が優れていることは誰も疑わないが、技術に問題を抱えていることも疑わない。
年齢的に身体能力も落ちてきたので、咄嗟の判断でミスしやすくなる。
そんな状態で勝負の世界に留まっていれば、必然的に苦しい立場に追い込まれる。
ラースロンの昨年の成績は、ワーストを更新していた。
4勝しかできなかった、乗鞍は300以上貰っていたのに。
となれば勝率は2パーセントを切っていたし、なんなら3着内率も6パーセントを切っていた。
しかも前回ゼルツェンの騎乗した《アドバルーン》に、ラースロンが騎乗した良血飛竜を差し切られたことで、大手からの騎乗依頼が途絶えた。
しかもその《ヒットアンドブロー》だが、その後リーディング竜騎手のデラリアに乗り替わりになって、そこで一発回答で勝ち上がってしまったことで、さらにラースロンの立場は悪くなった。
現在進行形で乗鞍がガンガン減っていて、ここ最近は新人みたいに日曜日に乗鞍がないことまであった。
引退の二文字が、そろそろ視野に入ってきた。
それでもゼルツェンたち後輩にとっては、お世話になった先輩であった。
同期全員感謝していた。彼は調整ルームでいつも優しかったから。
だから同期を代表して、ゼルツェンが励ました。
「ラースロンさんは、いつも後輩を助けてくれるじゃないですか。その感じで、もう一回上がっていけますよ」
同期たち全員で「そうですよ、ラースロンさん、元気出してください」と声援を送った。
ラースロンは、申し訳なさそうにはにかみながら、ぐっと背筋を伸ばした。
「そういってもらえるとありがたいけど、そろそろ調教師に転身する時期なのかなぁってさ」
竜騎手が引退して調教師になるパターンはよくあった。
もちろん調教師試験に合格しないといけないのでハードルは高いのだが、その分やりがいもあるし、なにより竜騎手時代の経験を使えるので、さらなる活躍を期待できるだろう。
ゼルツェンは、ラースロンが調教師になる姿を思い浮かべたら、ぴったりだと思った。
「いますぐ引退ってわけじゃないんでしょうけど、ラースロンさんは調教師に向いてると思いますね。竜舎を開業すると、スタッフを雇って上司をやらなきゃいけないわけで、世話好きの性格がプラスに働くと思います」
「もちろんいますぐは引退しないけど、引き際ってのは考えておかないとさ」
「きっとまだチャンスありますよ。がんばってみましょうよ」
そうだそうだ、と同期だけではなく、近くにいた同僚たちも同意した。
ラースロンは、はははと苦笑いしてから、弱々しいガッツポーズを見せた。
「今年の目標は10勝だ。まずはそこを突破したいね」
● ● ● ●
一夜明けて、新竜戦を迎えた。
ゼルツェンは《オレンジ》に騎乗すると、厩務員と一緒にコースに向かう。
「絶好調ですよ、《オレンジ》。もしかしたら新竜勝ちできるかもしれないです」
新竜戦で勝てれば、クラシックレース向けのプランを楽々と立てられる。
未勝利戦を挟むことになると、スケジュールが後ろにズレていくので、プランを作るのが難しくなりがちなのだ。
担当の厩務員も、《オレンジ》の強さに手ごたえを感じているので、自信満々だった。
「このまま勝っちゃってさ、2歳重賞に登録してさ、めざせクラシックロードだ」
そんなウキウキの《オレンジ》陣営の後ろには、先輩のラースロンが緑色の飛竜に乗ってコースに向かっていた。
緑色の飛竜の名前は、《アールケーハインド》である。
アールケー(RK)は竜主のイニシャルで、冠名であった。
冠名は竜主ごとに登録できるので、出走した飛竜の所有者が誰なのか一目でわかるメリットがあった。
ラースロンは、RKの竜主と懇意にしているから、これだけ成績がズタボロでも乗鞍を確保できている。
もしRKと親しくなければ、とっくの昔に乗鞍が途絶えて、30代で引退していたはずだ。
「現役を続けるためには、負けられないんだよ、この戦いは」
RKにとって《アールケーハインド》は今年一番の期待飛竜だった。
それぐらい大切な飛竜をまかされたことにより、ラースロンはすっかり緊張していた。




