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馬で競うギャンブルが競馬なら、竜で競うギャンブルは競竜だ。  作者: 秋山機竜


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30/31

第30話 新竜戦に備えて《オレンジ》の追い切り

 もうすぐ《オレンジ》の新竜戦(デビュー戦)である。


 すでに追いきりは3度やっていて、三週前追い切り、二週前追い切り、一週前追い切りと段階的に強度を上げてきた。


 本日行うのは、今週末のレースに向けた最終追いきりだ。


 レースを想定した調教をやるので、エアベルトのなぞりかたも、ラストスパートの加速タイミングも、すべて本番と同じ乗り方にした。


 既定の調教コースをぐるっと一周飛ぶと、《オレンジ》の身体能力が優れていることがすぐにわかった。


「強い飛竜は背中の感触から違うって、本当なんだな」


 ゼルツェンは鼻息を荒くしながら着陸ポイントに降下すると、そこで待っていたプラット調教師に報告した。


「先生、かなり強いですよ《オレンジ》……!」


 プラット調教師は、最終追いきりの走破タイムと、《オレンジ》のしなやかな体使いを動画で確認して、にやりと口角が上がった。


「これだけ動けるなら、冗談抜きでクラシック狙えるぞ」


 クラシックという言葉でゼルツェンが思い浮かべたのは、やはり魔王賞である。


「魔王賞も出られますかね、長距離重賞ですけど」


「体型的に中距離までだと思うが、たまにそういう常識を無視して長距離飛べるやつがいるから……このあたりは実際にレースを飛ばしてみないとわからんな」


「もしかしたら、グランドマイル適正かもしれないですね」


 グランドマイルとは、競馬におけるマイル(1600メートル)を競竜版の4200メートルに拡大した距離単位のことだ。


「トライアルレースを飛ばしてみればわかるはずだ。そのためには、まず新竜戦勝たんとな」


 こうして《オレンジ》の新竜戦向けの最終追いきりが終わった。


 ここまではいい。プラット竜舎的には順調といっていいし、問題が起きるとは思っていなかった。


 ではなにが問題かといえば、《ライトニングストーム》の追い切りである。


 この入厩初日から大暴れして、そこから毎日トラブルを起こしてきた問題児に騎乗するのは、事前の予定通り師匠のハヤテである。


 さすがのハヤテも緊張した面持ちだった。

 

「ふぅ……ぼちぼちやってみるかね」


 ● ● ● ●


 ゼルツェンは、はらはらしながら、師匠の追い切りを見守ることになった。


「大丈夫かなぁ、ハヤテさん」


 入厩してからの《ライトニングストーム》は、毎日トラブルを起こしていた。


 他の飛竜にケンカを売るなんて日常茶飯事だし、餌用の桶をわざと壊して人間を困らせて楽しんでいるし、竜舎のスタッフが仮眠すると咆哮して邪魔するなんてこともあった。


 となれば、もっとも身近でお世話をするゼルツェンは、いつも困らされていた。


 餌を補充したり、竜房内のフンを清掃したり、鱗を水洗いしていると、いつものようにフンを投げつけてくるのだ。


 なんてやつだ、と憤りを感じるわけだが、ゼルツェン以外のスタッフが面倒を見ようとすると、殺意剥き出しの尻尾攻撃で死にかけることになるため、ゼルツェンがやるしかなかった。


「尻尾攻撃されないだけマシとはいえ、それでも毎日フンまみれなのはなぁ……」


 さて追いきりのために離陸ポイントに向かう《ライトニングストーム》の様子だが、まるでやる気がなかった。


 ふわーっとあくびをするばかりで、てふてふ歩いている。


 ではおとなしいのかというと、そんなことはなくて、他の飛竜が視界に入ると、やる気満々でケンカを売りにいこうとした。


 しかし癖竜の達人であるハヤテが乗っているので、さらりと《ライトニングストーム》をなだめて方向転換させた。


「まったく、なんてきかん坊じゃい」


 他の飛竜が視界から消えれば、やっぱり《ライトニングストーム》はやる気を失って、てふてふ歩くばかりだった。


 そんな短いやりとりのなかに、ゼルツェンは師匠の妙技を感じた。


「ハヤテさんは、どうやってあんな危ないやつをコントロールしてるんだ?」


 ゼルツェンだって癖竜に乗れるようになってきたが、《ライトニングストーム》だけはまったくイメージがわかなかった。


 プラット調教師も、かなりストレスを感じているらしく、胃のあたりを抑えていた。


「《ライトニングストーム》が桁違いに強いことがわかってても、諸刃の剣だからな。一歩間違えたら、うちの竜舎が吹っ飛ぶことになる」


「いくら強くても、真面目に飛んでくれないと勝てないし、そもそも他の飛竜を平気で攻撃しますからね……」


「オレも長いこと調教師やってきたし、癖竜も得意なんだが、ここまでストレス感じるやつは初めてだ」


 どれだけやる気のない《ライトニングストーム》であっても、癖竜の名手であるハヤテの手綱さばきで、とりあえず離陸した。


 単走で、ぴゅーっと軽く飛ぶ。


 こんなにやる気のない飛行スタイルを、はたして追いきりと呼んでいいのかわからないが、とにかく予定の距離を完走した。


 走破タイムは平凡すぎた。


 だが時計なんて関係なかった。


 ハヤテは《ライトニングストーム》を着陸ポイントに戻すなり、プラット調教師に伝えた。


「プラットさんや、こいつはバケモノじゃ。まったく息が乱れてない」


 そう、平凡なタイムといっても、その内容が普通じゃないのだ。


 時計が一緒であれば、一般的な飛竜と同じスピードで飛んでいた。


 だが《ライトニングストーム》はケロっとしている。


 まったく無理をせずに、それどころかやる気がなくて完全に手を抜いているのに、一般的な飛竜の平均スピードで飛んでしまったのだ。


 つまり彼が本気を出したら、常識外れのスピードを出せる。


 ゼルツェンは《ライトニングストーム》の赤い瞳に宿った暴力的なまでのエネルギーに畏怖を感じた。


 一般的には強い飛竜を見たら、乗ってみたい、と思うのが竜騎手だ。


 だが《ライトニングストーム》に関しては、こんなやつ乗れるはずがない、と思ってしまった。


 ● ● ● ●


 プラット竜舎の追い切りが終わったので、プラット調教師は無線機でティア竜舎に連絡した。


 なんでこんなことをしているかといえば、入厩初日に《ライトニングストーム》と《セントムーンライト》が取っ組み合いのケンカをしたことで、この二頭は接触させないことが決まったからだ。


 プラット竜舎の《オレンジ》と《セントムーンライト》は、渓谷竜道の東側ルートを移動して、ティア竜舎の飛竜たちは西側ルートを移動することで、直接接触することを避けた。


 だが飛竜たちは匂いや音で個体認識できてしまうため、《ライトニングストーム》は反対側のルートを進んでいる《セントムーンライト》に咆哮でケンカを売った。


 それに対して《セントムーンライト》も負けじと一声だけ吼えて反発した。


 どうやら《ライトニングストーム》が情熱的に暴れる問題児なら、《セントムーンライト》は静かに暴れる問題児らしい。


 ● ● ● ●


 無事に《ライトニングスト―ム》と《オレンジ》をプラット竜舎に戻した。


 だがまだゼルツェンの追いきり担当は終わっていなかった。


 ティア竜舎の追いきりに、短距離専門の古竜アドバルーンが含まれているからだ。


 ゼルツェンは勝負甲冑を着たまま、ゴルフカートに乗って、離陸ポイントに戻った。


 元許嫁で調教師のティアは、神経質に周囲を確認した。


「ゼルツェン、ちゃんと《ライトニングストーム》は近くにいませんわね?」


「はい、大丈夫です。この目で竜房に入るところを見届けました」


「なら安心ですわね。《アドバルーン》の追い切りを始めましょう」


 ゼルツェンは《アドバルーン》の背中に乗るなり、すでに追いきりを始めている《セントムーンライト》を見上げた。


「《セントムーンライト》って誰が乗ってるんです?」


「デラリアさんですよ」


 ハヤテの同期で、リーディング竜騎手のデラリアが、《セントムーンライト》の追いきりを担当していた。どうやら新竜戦も彼が乗るようだ。


 ゼルツェンは、追いきり用のカメラ映像で、デラリアの騎乗スタイルを観察した。


 綺麗なフォームだったし、追いきるためのペース配分も絶妙だった。飛竜の気分をなだめるのもうまいし、それといって弱点がない。


「やっぱ大手の良血飛竜には、うまい人が乗るんですね」


「いつかはあなたもうまくなれば、ああいう飛竜に乗れるようになりますわよ」


「それは良い未来なんですが、このままだとハヤテさんみたいに強い癖竜を任されるルートになりそうなんですよねぇ」


「いやまぁ……それはそれで必要な役割ですから」


 あぁ、彼女も自分の竜舎に入ってきた癖竜を俺にまかせようとしているんだな、とゼルツェンは悟った。


 乗鞍が貰えそうなのはいいことだが、もっと普通の飛竜がいいなぁと思った。


 なんてやりとりをしている間に、《セントムーンライト》が追い切りを終わらせて着陸ポイントに戻ってきた。


 鞍上のデラリアが、武人みたいな雰囲気でゼルツェンを見下ろした。


「ゼルツェン・ハルパー。もっとうまくなれ、いまのままではG1で通用しない」


 デラリアと直に対面するのは、競竜学校の卒業式以来なのだが、かなり厳しい人のようだ。


「ハヤテさんにたくさん学んで、いつかはあなたにだって追いついてみせますよ」


 デビュー2年目の若手のくせに、かなり強がった発言なのだが、目標は大きく掲げておかないと、いまの自分に満足して成長が止まる。


 そんな退路を断つための強がりに対して、デラリアは冷たく言い放った。


「口先だけならなんとでもいえる。落ちこぼれ世代がどこまで生き残れるかな?」


 落ちこぼれ世代。ゼルツェンたちは、デビューしたときからずっと低評価だった。


 もうすぐ今年の新人たちがデビューするわけだが、後輩である彼らにすら追い抜かされる可能性があった。


 それでもゼルツェンは、自分自身の未来を諦めていなかった。


「大器晩成なんです。大帝だってそうだったでしょう?」


 どうやら大帝を比較対象にしたことが地雷だったらしく、デラリアはぎろりと目じりを吊り上げた。


「私は大帝の最後の弟子だが、貴様ごときでは大帝の足元にも及ばない。まったく努力が足りてないからな」


 そう言い残すと、デラリアは《セントムーンライト》に乗ったまま、竜舎エリアに戻っていった。


 まさかあんなに怒るなんて、会話の内容を間違えたかなぁ、とゼルツェンは反省した。


 元許嫁で調教師のティアは、ゼルツェンの背中を押した。


「発想を転換すれば、大帝と同じぐらい努力すれば、リーディングトップに追いつけるということでしょう」


「ですね。もっとたくさん努力しますよ。今年はたくさん勝って、重賞レースに乗ってみたいので」


「その意気ですわよ。がんばって。さぁ《アドバルーン》の追い切りですわよ」


 こうしてゼルツェンは《アドバルーン》の追いきりも終わらせて、いよいよ週末のレースに向かうのだった。

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