第29話 竜騎手二年目になって、またもや仕事が増えた
年が明けて、ゼルツェンは竜騎手になって2年目に突入した。
今年こそは重賞レースの乗鞍をもらえるようにがんばりたい。
あとはもっと安定して勝てるようになりたい。そうすればもっと騎乗依頼が増えるから、G1の乗鞍だって夢じゃなくなるだろう。
ゼルツェンは所属竜舎の仕事をこなしながら、今年から入厩してくる2歳飛竜のデータをチェックした。
「プラット先生、そろそろ新竜戦の季節ですね」
プラット調教師は、餌の配合を計算しながら、なにかを思い出したように手を叩いた。
「ゼルツェン、お前たしかグラーブファーム出身だったよな。あそこの《オレンジ》って飛竜をセリで買ったオーナーが、お前を主戦竜騎手で指名してるぞ」
「もしや買ってくれたオーナーは、タァリィ・プワトンさんですか!?」
「そうだ。オーナーに感謝するんだな。《オレンジ》がファームで乗り込んだ時計から考えて、大手の飛竜谷に負けないぐらい強い。あんな強い飛竜に本来お前みたいな実績のない若手は乗れないんだぞ」
おそらく母親がタァリィ・プワトンに入れ知恵したんだろう。プラット竜舎のゼルツェン・ハルパーを推薦すると。
肉親のコネによって強い飛竜の乗鞍が手に入るというのは、ちょっとズルい気もするのだが、チャンスを拾ったともいえた。
ならば最大限に活かしたほうがいい。もしここを逃したら、強い飛竜の依頼なんてもう二度とこないかもしれない。
「精一杯がんばります」
ゼルツェンが鼻息を荒くしながら答えれば、プラット調教師は厳しい顔で返した。
「もっとハヤテに技術を教えてもらえ。お前はいつも惜しいんだ」
惜しいレベルまで成長したのだ。以前であれば惜しいにすら達しないただの下手くそだったから。
● ● ● ●
ゼルツェンが飛竜の体を洗うために外に出たら、ちょうどお隣のティア竜舎に早期登録の2歳飛竜が入厩してくるタイミングだった。
竜運車から、青白い鱗を持った飛竜が降りてくる。
翼も胴体も手足もすべてが長かった。典型的なステイヤー体型の飛竜である。ただしスピードが遅いイメージはない。むしろ流線形のボディと柔軟な筋肉から、高速ステイヤーのイメージだ。
「なんて強そうな飛竜だ」
ゼルツェンは洗い場でばしゃばしゃと飛竜を洗いながら、青白い飛竜が体調のチェックを受ける様子を見守った。
調教師であるティアは、青白い飛竜が運送中にケガや病気をしていないことを確認しつつ、ゼルツェンに話しかけた。
「この子の名前は《セントムーンライト》ですわ。今年のキジャール・ムハンドで一番期待されている飛竜ですわね」
キジャール・ムハンド。砂漠地帯で有名な大手飛竜谷であり、オーナーブリーダーであり、5大ファームの一つだった。
ここもツワモトファームに負けないぐらいG1を勝っている。
ではツワモトファームとの違いはなにかといえば、作っている飛竜の質よりも、騎乗依頼の内容だ。
実績のない若手には絶対騎乗依頼を出さない。
ゼルツェンは、キジャール・ムハンドの飛竜に一度も乗ったことがなかった。
「《セントムーンライト》は、見た目からわかるぐらい強いですね。今年もクラシックを勝てそうですね、ティア竜舎は」
「あら、あなたが所属しているプラット竜舎にも、ツワモトファームの期待竜がくるそうじゃないですか。たしか名前は《ライトニングストーム》」
「いやぁ、あいつはちょっと問題があって…………」
《ライトニングストーム》は問題児すぎて、入厩が遅れていた。
本来なら昨日のうちに入厩しているはずなのだが、飛竜谷から出発するときに大暴れしたせいで、スケジュールが遅延していた。
ツワモトファームからの報告によれば、本日の午後までには到着するらしい。
「プラット竜舎は癖竜管理するのお上手ですから、きっとどうにかなりますわよ」
「実は俺が《ライトニングストーム》のお世話担当になってしまって。餌やりとか、体洗うのとか……ちょっと怖いですねぇ」
「もしかしたらチャンスがあるかもしれませんわよ。ハヤテさんだって人間なんですから、騎乗ミスをして乗り替わりがあるとか、ケガや病気で乗れなくなるとか。そうなったら、あなたに騎乗依頼がくるかもしれない」
「俺ですか? ツワモトファームの期待飛竜に乗れるならそりゃ嬉しいですが、重賞レース乗ったことないですからねぇ」
「これからですわよ。うちの《アドバルーン》だって1勝クラスを勝てそうじゃありませんか」
「そういってもらえると嬉しいですが、《アドバルーン》放牧中ですし、まだ先の話ですねぇ」
飛竜の体を洗い終わったので、竜房に戻したとき、《ライトニングストーム》が乗った竜運車がトレ谷に到着した。
すでに不穏な空気が漂っていた。カラスは鳴き始めたし、空気がぴりっと張り詰める。
やがて竜運車の後部扉が開いて、ずしん、ずしん、と恐竜みたいな足音が聞こえてくる。
ぬぅっと禍々しい影が伸びると、ついに黒鉄の巨体が姿を現した。
やっぱりこいつは規格外にデカい。
それは肉体だけではなく、態度もだ。
いきなり他の飛竜にケンカを売るための咆哮をした。
それだけであらゆる竜舎の飛竜たちが『なんだ若造てめぇやんんのか!』と怒り出した。
もし彼らが竜房にいなかったら、いますぐ乱闘が発生しそうなぐらい血生臭い雰囲気になった。
それでも《ライトニングストーム》は怖気づかないどころか、むしろやる気満々になってもう一度咆哮した。
いくらなんでも好戦的すぎる。これではもはや中世時代のボスモンスターだ。
「こんなヤバイやつを、俺がお世話するのかぁ……」
ゼルツェンは、ツワモトファームのスタッフから手綱を引き継ぐわけだが、どうやら《ライトニングストーム》はゼルツェンの顔を覚えていたらしい。
竜運車に残してあったフンをつかむと、ゼルツェンにばちんっとぶつけた。
しかもあのときと同じように、げらげら笑っているのだ。
「ひ、ひどい……っていうか、やっぱりこいつのフン、臭いなぁ……!」
ゼルツェンは飛竜を洗うためのシャワーで体を洗うわけだが、新しい問題が発生してしまった。
お隣のティア竜舎の《セントムーンライト》が、体を洗うために外に出てきたのだ。
《セントムーンライト》は、《ライトニングストーム》をじっと見つめてから、まるで『なにイキりちらしてるんだよばーか』と失笑するように鼻で笑ったのだ。
あ、やばい、と誰もが思った。
その瞬間、《ライトニングストーム》はぶちキレて、いきなり《セントムーンライト》に突進した。
がつんっと黒鉄の巨体が青白い肉体にぶつかると、そのまま取っ組み合いのケンカが始まってしまった。
《ライトニングストーム》の巨体と、《セントムーンライト》の長い手足がぶつかりあって、もはや怪獣大決戦である。
ゼルツェンは急いですぐ近くにある魔法使いを呼び出すための緊急ボタンを押した。
竜舎区画に常駐している魔法使いが魔法のホウキで飛んできて、鎮静魔法を使った。
それだけで《ライトニングストーム》と《セントムーンライト》はすやすやと眠りについた。
入厩初日で、いきなりこれである。
プラット調教師は、大きなため息をついた。
「幸いケンカした直後に鎮静魔法が決まったから大事になってないが、それでもクリニックに連れていかないとな」
ティアも顔面が引きつっていた。
「まさか《セントムーンライト》が、こんなに好戦的だと思いませんでしたわ……」
クリニックで診断した結果、不幸中の幸いで、二頭とも大きなケガはなかった。
その代わり、この二頭は可能なかぎり同じレースに出さないという協定が決まった。




