第28話 《ライトニングストーム》
初勝利からさらに時は流れて、年末になっていた。
世間は年越しの準備が進む中、競竜業界はノンストップで営業を続けていた。
すでに若い3歳向けのクラシックレースは終了しているので、4歳以上の古竜向けレースのシーズンである。
ゼルツェンはまだまだ未熟な若手なので、相変わらずローカル開催に登録して、ちょいちょい勝てるようになっていた。
初勝利からさらに追加で3勝して、最終成績は1着4回、2着2回、3着1回であった。
デビュー時の下手くそ加減から考えると、及第点と呼べる数字にはなったのだが、着外の数もべらぼうに多いため、勝率は低い。
師匠のハヤテいわく「癖竜乗りらしい成績じゃな。ノルかソルかの決着になりやすいから、1着の回数も増えるが、最下位に沈むことも増えるんじゃ」らしい。
難儀な竜騎手人生になりそうだが、自分の持ち味を活かさないと競争の世界で生き残れないので、今後もこんな感じの成績になりそうだった。
さて競竜は年中無休かというと、そういうわけではなくて、年末に1週間だけ完全休暇になる。
家族と一緒にリフレッシュする竜騎手もいれば、この機会を利用して飛竜谷に営業しにいく竜騎手もいた。
ゼルツェンは実家であるグラーブファームに帰る暇もなく、プラット調教師と一緒に大手の飛竜谷を訪問していた。
【ツワモトファーム】
ジパングの超大手飛竜谷であり、オーナーブリーダーといって生産者と竜主を兼ねている存在であり、いわゆる五大飛竜谷の一つだった。
G1を何百回と勝っていて、出走させている飛竜の数も桁違いに多い。
となれば、ツワモトファームのお偉いさんに顔を覚えてもらうことは、竜騎手だけではなく調教師としても大切な営業であった。
とくにプラット竜舎の場合、癖竜を取り扱い機会が多いため、むしろツワモトファーム側からオファーを受けることが多い。
現在の社長であるゲン・ツワモトが、プラット調教師にデータを渡した。
「今年生まれたやつに問題児がいる。プラット先生に預けたい」
ゲン・ツワモトは、筋肉質の老人だ。今年70歳なのに、生命力があふれているため、50代後半ぐらいに見える。白髪も少なくて、いまだに黒髪が残っているのだ。
プラット調教師は、受け取ったデータにざっと目を通すと、全身の筋肉が強張った。
「たしかにウチの竜舎向けですし、ハヤテでも苦労しそうな癖竜ですね……」
「ああ、ポテンシャルはピカイチだが、かなり危険なやつだ。すでにスタッフを三人病院送りにした」
どうやら大暴れするタイプの癖竜が、来年プラット竜舎に入るらしい。
そいつを見学することが、ゼルツェンとプラット調教師の仕事であった。
飛竜谷内の一般的な竜房から離れた牢獄みたいなところに、一頭の巨大な雄竜がぐーすか眠っていた。
とにかくサイズがデカい。一般的な飛竜が軽自動車サイズであれば、こいつは普通車サイズだった。
見た目もかなり派手で、豪雨を降らせる雲のように真っ黒い鱗と、地上を叩く雷鳴のように黄色い鱗が、警告カラーみたいに生えていた。
爪や尻尾の先は真っ赤に光っていて、まるで凶器のように鋭い。
眠っているはずなのに愛らしさがなくて、殺気に近いオーラがびんびんに漏れていた。
ゲン・ツワモトは、その飛竜をこう呼んだ。
「名前は《ライトニングストーム》だ。父竜は《フラミニア》。母竜は《デシエート》だな。プラット竜舎にしてみれば、母竜に縁があるな」
かつて父ゴルドザームが乗っていた《フラミニア》の名前が出てきて、ゼルツェンの胸がきゅっと苦しくなった。
だがおかしな反応でもあった。
《フラミニア》が種牡竜入りして、そこそこの年数が経ったわけだから、父親に《フラミニア》を持つ競争飛竜なんで何百頭も飛んでいるわけで。
なんならゼルツェンがレースで乗った飛竜にも、父の血統がいた。
だからいまさら驚いても無意味なはずなのだが、いまゼルツェンがツワモトファームにいることが運命的だった。
なぜなら《フラミニア》を生産したのは、ツワモトファームなのだ。
だから種牡竜が集まった繁殖竜房には、いまでも《フラミニア》が元気に暮らしている。
ゼルツェンとしては、父の冤罪を証明するためにも、《フラミニア》に会ってみたいのだが、成績の悪い新人の立場では、なにかしらの願望を口にする機会なんてない。
もどかしいのだが、いつかチャンスが訪れると信じるしかない。
あくまで今日の仕事は、プラット調教師のカバン持ちとして、ゲン・ツワモトに顔を覚えてもらうことだ。
さてプラット調教師だが、思い出を懐かしむ顔で、スマートフォンに保存してある写真を呼び出した。
「《デシエート》には手を焼きましたね。かなりの暴れん坊で、ワガママでしたから」
ゲン・ツワモトは、《ライトニングストーム》の竜房に貼ってあるネームプレートの父竜と母竜の部分を指でなぞった。
「飛竜というのは、人間の望んだとおりに配合できるわけではないな。《デシエート》のワガママな凶暴性を、《フラミニア》の従順な賢さで中和できるかと思ったが……失敗したよ。己の衝動に従順な賢いモンスターの誕生だ」
ちょうど《ライトニングストーム》が目を覚まして、ふわーっとあくびをした。
そのあくびですら、まるでモンスターの咆哮であった。
瞳は溶岩のように真っ赤であり、じーっと竜房の外にいる人間たちを眺めるだけで、まるで野生を生きる恐竜みたいな圧迫感があった。
ファームのスタッフが、目覚めた《ライトニングストーム》に餌を与えるために、竜房に近づいた。
すると《ライトニングストーム》は、尻尾を振り回して殴ろうとした。
しかも尻尾の鋭い先端を鉄格子の隙間に差し込んで、スタッフの顔面を貫こうとした。
ただしスタッフも百戦錬磨のベテランだったので、鉄格子に近づきすぎないように間合いを空けて、素早く餌だけセットして帰っていった。
なんで餌やりシーンが、格闘技の試合みたいな雰囲気になっているんだろうか。
あくまで飛竜は草食動物だから人間を食べないのだが、なぜか《ライトニングストーム》だけは肉食動物みたいな雰囲気なのだ。
そんな危険な生き物と、ゼルツェンの目があった。
その瞬間、《ライトニングストーム》は前腕でフンの塊をつかんで、びゅっと投げた。
フンは鉄格子をすり抜けて、ゼルツェンの顔面と上半身にびちゃっとヒットした。
「く、臭い……! なんて臭いフンなんだ……!」
ゼルツェンが臭さに悶絶していると、《ライトニングストーム》はまるで人間みたいにぐげげげげと大笑いしていた。
こいつのリアクションでよくわかった。一般的な飛竜より賢いのだ。だからこそ自我が強烈で、人間の指示なんて無視するんだろう。
そんな癖竜中の癖竜みたいなやつを観察して、プラット調教師が結論を出した。
「調教からレースまで、すべてハヤテにまかせたほうがいいです。たぶん常識や定石が通用しないので」
ゲン・ツワモトは、然りとうなずいた。
「あとはプラット竜舎のスタッフたちの癖竜対応力で、日々のお世話がどこまでできるかだな」
プラット調教師は、ゼルツェンの尻をばしんっと叩いた。
「うちの新人のゼルツェンですがね、癖竜乗れるんですよ。飛竜のお世話も得意ですし、《ライトニングストーム》が入厩したら、こいつに餌やりをやらせます」
「え、俺が餌やり係なんですが、こんなヤバそうなやつの……?」
「がんばれよ。良い経験になるぞ」
なんでこんなことに、とゼルツェンが絶望していると、ゲン・ツワモトが奥の施設を指さした。
「うちのシャワーを使え。フンまみれのままでは、帰りの飛行機に乗れないからな」
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ツワモトファームのシャワールームを借りて、スタッフ用ジャージもプレゼントしてもらって、それに着替えた。
ツワモトファームの社長であるゲン・ツワモトが、自らの手でゼルツェンにタオルを渡した。
「お前に質問したいことがある。かつてゴルドザーム・カルペルという天才がいたのだが、なぜ彼は鍾乳洞コースに突入したと思う?」
なんでこんな質問をわざわざぶつけてきたんだ、とゼルツェンは動揺した。
まさか偽名で竜騎手をやっていることがバレているんだろうか。
だがもし本当にバレているなら、いきなり本名であるヴァルケナン・カルペルとして話しかけてくるはずだ。
ならば疑いの段階かもしれない。そのためにカマをかけているのかもしれない。
ならば動揺したままではいけない。なるべく自然体で会話したほうがいい。
「わかりませんよ、俺のようなデビューしたばかりの新人では」
「ゴルドザームは天才だった。うちの飛竜でもG1をたくさん勝った。そんなやつが、いまさら三冠に憧れて無茶をすると思うか?」
「しないと思います。大帝だって死の間際に冤罪を証明しようとしてましたし。あれだけの人物がなんの根拠もなく動くはずもないでしょうし、本当に冤罪だったんですよ」
「そうだな。私も大帝を信じたい」
竜主たちはゴルドザームを悪く言う人が多いので、五大飛竜谷の社長が冤罪を信じてくれるのはありがたかった。
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飛竜谷向けの営業と、《ライトニングストーム》の顔合わせが終わったので、最寄りの空港からトレ谷に戻ることになった。
ツワモトファームの出入口付近で、ゲン・ツワモトがゼルツェンにたずねた。
「ところでお前は癖竜に乗れるらしいが、《ライトニングストーム》は乗れそうなのか?」
「多少の癖竜であれば自信ありますけど、あのレベルまでいってしまうとハヤテさんしか乗れないですよ。危険すぎるし、シンプルに俺の騎乗技術が足りてないです」
「そうか……そうだな。そもそもいまのお前には、G1で乗れるほどの技術がないか」
大手の飛竜谷のオーナーに、G1で乗れるほどの技術がないと断定されてしまえば、ゼルツェンの雑草魂に火がついた。
「がんばってうまくなります、いつかツワモトファームからG1の乗鞍貰えるように」
いまは下手くそだ。それは自他ともに認めている。だがこのままで終わるつもりはなかった。
そんな燃え盛る若者を見つめて、ゲン・ツワモトは満足そうに微笑んだ。
「そうだ、がんばれ。若さは武器だ。時間が味方をしてくれるからな」
次の話から第二章となる竜騎手二年目に突入です。区切りがいいので更新頻度を週に一回ぐらいに落とします。もしおもしろいと思っていただけたら、作品のブックマークと評価をお願いします。




