第27話 初勝利を祝ってパーティーを開く
ティア竜舎の飛竜が魔王賞を勝利したこと、およびゼルツェンと《アドバルーン》が未勝利を脱出したことで、お祝いとなった。
トレ谷に戻ってから、ティア竜舎に集まって、ピザとケーキでパーティーである。
ただしティアとハヤテの合流は遅れるそうだ。竜主が開催したクラシックG1勝利パーティーがあって、そちらに出席してから、トレ谷に戻ってくるからだ。
飛行機に乗るわけだから、到着は深夜になるだろう。もちろんその時間までパーティーは続くので、問題なく合流できるだろうが。
「G1勝つと、すごいことになるんですね」
ティア竜舎にお祝いのメッセージが届いているし、関係者たちからプレゼントも届いていた。
そんな足の踏み場もない状態を見て、《アドバルーン》の厩務員は苦笑いした。
「勝手知ったる他の竜舎からのプレゼントはともかく、取引先とか竜主さんからのプレゼントには返礼しないといけないんだよ。そのせいで結構出費もかかちゃってさ」
お礼の文化は難しい。企業や大物相手に礼を失すればそれだけで信頼を失うので、出費を覚悟してフォーマットに乗らないといけないのだ。
ゼルツェンは、自分には竜舎の経営は無理なので調教師は向いていないな、と思った。
「ちなみにプレゼントボックスに入ってる缶コーヒーって、飲んでいいんですか?」
「もちろんだとも。あとで方々に配る予定だし」
「ありがたいですねぇ、缶コーヒー好きなんですよ。味のバランスが整ってて」
ゼルツェンはぐびぐびと缶コーヒーを飲みながら、ケーキをむさぼった。さらにはピザも食べてしまうし、いつのまにか届いていた寿司も食べた。
やっぱりタダ飯は良い。誰かにおごってもらう栄養素は貧乏生活の味方だ。
そうやって気分を良くしていると、ゼルツェンの所属竜舎の責任者・プラット調教師もパーティーに顔を出した。
「なんだよゼルツェン、ずいぶん機嫌よさそうだな。うちの飛竜は最下位になったっていうのに」
彼が逆恨みするほど不機嫌なのは、魔王賞本番で騎乗ミスがあったからだ。
「鞍上がペース判断間違えましたからね。っていうか長距離レースなのに、あんなド派手なまくりなんてやったら、最後まで翼持たなくて当然ですよ」
ハヤテが変幻自在のペースで逃げたせいで、鞍上は先頭の飛竜との距離間隔を見失って、いきなりまくりだしたのだ。
そんなことをしたら負けて当然である。
プラット調教師は、騎乗ミスの内容を思い出したらしく、鬼みたいな形相になった。
「ああくそ、思い出しただけで腹が立ってきた。あいつにはもう二度と騎乗依頼出さん。おい、ここに置いてある酒もらうぞ。いいな?」
いいですよ、とティア竜舎側から許可が出るなり、プラット調教師はビール瓶を掴んで、そのままラッパ飲みして全部飲みきった。
ゼルツェンは、プラット調教師の飲みっぷりが心配になった。
「そんな勢いでアルコール飲んで大丈夫なんですか?」
「ダメだが飲むんだよ。クラシックレースであんなふざけた乗り方されたら、酒飲むしかないだろうが。っていうか、お前も飲め。せっかくの初勝利じゃないか」
「お断りします。頭が働かなくなるので」
ゼルツェンは缶コーヒーを飲みながら、今年の魔王賞の展開分析を始めた。
空想癖をレース展開に使えるようになってから、おもしろそうなレース動画を分析することが楽しくなっていた。
この調子であれば、デビュー戦で乗せてもらった《スプラッシュタワー》を勝たせてやれるかもしれない。あいつが翼を治して戻ってくることが楽しみだ。
そうゼルツェンが思っていたら、プラット調教師のスマートフォンに連絡が入った。
「そうですか……残念ですが、わかりました。手続きしておきますね」
通話の雰囲気が重すぎたので、ゼルツェンはなんとなく内容を察した。
「……どの飛竜が引退するんですか?」
「《スプラッシュタワー》だ。竜骨胸筋の炎症が長引きそうでな。もう時間切れってことで……」
まさかデビュー戦で乗らせてもらった飛竜が、あのまま引退することになるとは思わなかった。
せっかく空想癖をレースプランの作成に使えるようになったのに、勝ちあがらせる前にケガで引退になってしまった。
「先生、《スプラッシュタワー》のセカンドキャリア、決まったんでしょうか?」
「幸い、乗りやすい飛竜だったからな。炎症がおさまったら、民間の飛竜乗りセンターに就職だ」
民間の飛竜乗りセンターとは、乗馬センターの飛竜版である。
民間人が趣味として飛竜に乗るための施設であり、おとなしくて乗りやすい飛竜であれば、ここが主な就職先であった。
自分が乗った飛竜が再就職できたことは嬉しかったが、このまま美談風に話題を閉じるつもりにはなれなかった。
「《スプラッシュタワー》に関してはよかったですが、他の飛竜は……」
飛竜が就職できる上限数は決まっているため、すべての引退飛竜に行き場所があるわけではない。
もしセカンドキャリアが見つからなければ食肉である。
プラット調教師は、もう一本ビール瓶を開けると、ゼルツェンの缶コーヒーにかつんっと合わせた。
「我々は飛竜のおかげで、飯を食わせてもらってる。たくさん感謝しよう」
未勝利飛竜の引退シーズンが、もっとも人間のエゴを感じる瞬間だからこそ、お世話になった飛竜たちにひたすら感謝した。
● ● ● ●
竜舎の祝勝会は夜間まで続いて、ようやくティアとハヤテが合流した。
「みなさん遅れました。G1勝利のお祝い品なんですが、食べ物も含まれていたので、ここで食べてしまいましょう」
師匠のハヤテはすでにほろ酔い気分であり、弟子のゼルツェンの肩をがしっと抱き寄せた。
「よくやったゼル坊! 後ろポツンで癖竜の実力を出し切るとは、ワシの見込んだどおりじゃな!」
「ありがとうございます、ハヤテさん」
師匠に褒められたことで、ゼルツェンは素直に喜んだ。
後ろポツンが成功したことは、竜騎手としての自信に繋がっていた。
いまはまだまだ下手くそだが、いつかはG1常連の名物竜騎手になりたいと思った。
「その調子でもっとがんばるんじゃ。基礎技術がさらに向上すれば、いつかはG1だって出られるんでな」
「俺も、ハヤテさんみたいに、長距離レースで逃げ切り決められるんですかね?」
「そんなもんゼル坊次第に決まっておろうが。いまの自分に満足したら、そこで成長が止まって、あっという間に老いに負けるぞ」
鋭いアドバイスであった。
きっと数々の竜騎手たちが、いまの自分に満足して、肉体の老化で成績が下がって、鳴かず飛ばずで引退に追い込まれていったんだろう。
そうはなりたくないな、とゼルツェンは思った。
それから調教師のティアも、競竜関係者たちに挨拶をしてから、最後にゼルツェンのところにやってきた。
「《アドバルーン》勝たせてくれましたわね、ありがとうございます」
彼女に褒められて嬉しかったのだが、脳裏をよぎったのはケガで早期引退が決まってしまった《スプラッシュタワー》のことだった。
「《アドバルーン》は間に合ったんですが、うちの《スプラッシュタワー》は引退決まっちゃって……」
「……ケガ、治らなかったようで」
「はい……」
ゼルツェンとティアの間に、重苦しい空気が流れた。
きっとこれからも未勝利のまま引退する飛竜たちを見届けるたびに、こういう気持ちになるんだろう。
たぶん慣れることはないと思うが、それでも必ず発生するイベントなのだから、覚悟は決めなければならなかった。
ティアは、まるで引退が決まった《スプラッシュタワー》の幸運を祈るように、オレンジジュースのグラスを掲げた。
「すべての競争飛竜たちに幸運あれ」
オレンジジュースの中身を飲み干してから、ティアはタブレットで《アドバルーン》のデータを表示した。
「《アドバルーン》の次走ですが、完全にスプリント路線に適正がありますから、条件戦を勝っていって、ゆくゆくは重賞に挑戦しましょう」
どうやら次走も継続して乗っていいようだ。
「がんばります。短距離路線の相棒として」
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夜遅くになって、祝勝会が終わった。
ゼルツェンはトレ谷内にある独身寮に帰ろうとした。
そうしたら女子独身寮に住んでいるティアが引き留めた。
「これ、G1祝勝会のビンゴで当たったんですが、あなたが持っていてくださいませ。わたくしには必要ないものですから」
プレゼント用の包装紙に包まれたのは、最新のゲーム機であった。
「あぁ、そういえばティア先生は、昔からゲーム好きじゃなかったですね。ゲーム機だって買わなかったし」
幼いころから、彼女はそんなにゲームが好きじゃない。
つい先日、彼女の車でゲームセンターまでいってパズルゲームをやったが、ああいう場所で筐体に座るのはゼルツェンだけで、彼女はUFOキャッチャーをやっている。
という事情は、本当は口外してはいけないはずだった。
ティアは、まるで子供のころに戻ったように、無邪気に微笑んだ。
「ふふっ、なんであなたが、わたくしが子供のころからゲーム機を持ってないことを知っているんですの?」
しまった、とゼルツェンは両手で口をふさいだ。
祝勝会の緩んだ雰囲気に流されて、つい口が滑ってしまった。
「た、たまたま、ティア先生がどんな生活してるのか予測して当たっただけなんですぅ……! 大穴竜券当てたみたいに……!」
もうこの路線で嘘をつき続けるしかない。
とにかく偽名を名乗っていることさえバレなければいいのだ。
うまく隠せたのかはわからないが、ティアは女性用独身寮に向かいながら、ゼルツェンに手を振った。
「いまよりもっとうまくなって、G1勝てるようになってくださいませ。期待していますわよ、ゼルツェン・ハルパー」
どうやらこれ以上偽名について追及しないつもりらしい。
本日は助かったみたいだが、明日からは徹底して過去の話題に触れないようにしよう。
そう思ったゼルツェンは、冷や汗をかきながらこう答えた。
「がんばりますね、一流竜舎にふさわしい竜騎手になるために」
くるっと踵を返して、独身寮に帰るわけだが、ゲーム機のずしりとした重さに恥を感じた。
誰かに譲ってもらうのではなくて、レースで賞金を稼いで自分で買いたい。
もっとうまくなろう、そうすれば貧乏生活ともおさらばだ。




