第26話 勝利の美酒と、G1に出られない苦み
ゴールラインを通過して、着順掲示板の1着部分に《アドバルーン》のゼッケン番号が表示されたとき、ゼルツェンは片手で小さくガッツポーズした。
「勝った! 勝ったぞ!」
人竜ともに初勝利である。
あまりにも嬉しすぎて、脳内に喜びの光がスパークして、ほんの一瞬飛竜に乗って空を飛んでいることを忘れかけた。
だが安全飛行しないと事故を起こすぞ、という職業意識のおかげで、すぐに正気に戻った。
「ようやく初勝利。長かった、まさか夏を越えることになるとは……!」
地上から、観客席のざわめきが聞こえてきた。
10番人気が1着になったので、払戻金が跳ねているのだ。
単勝は9000ゴールドの中穴決着。
三連単は10番人気→1番人気→7番人気の大穴決着となり、50万ゴールドもの大金が払い戻されていた。
お客さんたちは、本命党と穴党でくっきり反応がわかれていた。
「なにやってんだラースロン! お前を頭で買ってんだぞ! そんな下手くそ新人に差されんなよ!」
こちらは圧倒的多数の本命党。ラースロンと《ヒットアンドブロー》を1着固定で買っていた人々である。
「よくやったゼルツェン、前走は偶然じゃなかったってことだよなぁ!」
こちらは少数派である穴党だ。ゼルツェンを頭に固定して、そこから1番人気に流して、三着は全流しで三連単を当てたのだ。
なお竜騎手は不正防止のために、お客さんと私的なやりとりをしてはいけない規則があるため、この手のヤジに反応してはいけなかった。
ちょっとした会話や無言の挨拶ですら、実は八百長を始めるための合言葉ということもあるので、公正なギャンブルを維持するためである。
さて騎乗ミスにより2着に敗れたラースロンは、勝負甲冑の内側で枯れた植物みたいにしおれていた。
「な、なんで負けたんだ……?」
なんで負けたのか理解できない。
それがラースロンの敗因であり、後ろポツンなんて極端な乗り方をしたゼルツェンの勝因であった。
まさかお世話になった先輩に、デビュー1年目の新人がミスを指摘することもできないため、感謝の挨拶だけした。
「おかげさまで、ようやく勝てましたよ、ラースロンさん」
ラースロンは、《ヒットアンドブロー》に乗ったまま、ぎこちない笑みを浮かべた。
「あ、あぁおめでとう、ゼルツェンくん。それにしても、君いったいどういう乗り方をしたんだ? 先頭で逃げてると、後方の展開がわからないから」
「後ろポツンですよ」
ちょうどレースのリプレイが、競竜場に設置された大型ビジョンで流れた。
ラースロンは、ゼルツェンの後ろポツンを見届けるなり、がっくりと肩を落とした。
「後ろポツンなんて極端な乗り方をしてたのかぁ」
「はい、これが一番勝率高かったので」
「とんでもない肝っ玉の持ち主だったんだな、君は。とにかく、初勝利おめでとう!」
大手から依頼が途絶えるであろう負け方をしたのに、それでも嘘偽りなくラースロンは後輩の初勝利を祝っていた。
本当に良い人なのである。
だからゼルツェンは、気の良い先輩のプライドが傷つかないように、まごころをこめてお礼をいった。
「本当にありがとうございました。これからもがんばってうまくなりますね、ラースロン先輩」
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《アドバルーン》は検量室前に着陸してから、1着と記載された記録スペースに歩いて入った。
機械と魔法で制御された認識システムが、1着飛竜の全体写真と生体情報を照合すれば、正式な着順記録としてデータベースに登録された。
これで賞金や入賞の記録が後世に残るわけだ。
記録スペースのすぐ近くには、ティア竜舎の関係者が集まっていて、真っ先に担当の厩務員がガッツポーズした。
「勝ったなゼルツェンくん!」
ゼルツェンは、《アドバルーン》から降りながら、片手を挙げて応じた。
「これで未勝利脱出ですよ、《アドバルーン》も、俺も」
「うんうん、あとでお祝いしよう。ティア先生は、現地で魔王賞の結果を見届けたら、飛行機で竜舎に戻ってくるから、そこでパーティだ」
「魔王賞、もうすぐ投票締め切りですね」
「そうそう。ここは裏開催だから、レースはモニタ観戦になるねぇ。もったいないなぁ、あの熱気は現地じゃないと味わえないから」
いつかはモニタ観戦ではなく、自ら飛竜に乗って魔王賞に出走してみせる。
そう思いながら、ゼルツェンは後検量を終わらせて、勝負甲冑を解除してもらってから、ウイナーズサークルにやってきた。
1着を取ったので、記念撮影があるのだ。
その準備の間に、競竜専門誌の記者から取材を受けた。
「ゼルツェン竜騎手、初勝利おめでとうございます」
「ありがとうございます。すべて乗鞍をくださった関係者のみなさんのおかげです。感謝しています」
「ずばり勝因はなんでしょうか?」
まさかお世話になった先輩であるラースロンの騎乗ミスとはいえなかった。
「飛竜の特性にあわせて乗り方を工夫したことだと思います」
「後ろポツンなんて極端な乗り方をよくやりきりましたね」
「これが一番勝率高そうだったので、思いきって乗りました」
「わかりました。これからの意気込みを教えてください」
「もっとうまくなって、師匠みたいにG1で頼られる竜騎手になりたいですね」
と答えたところで、ちょうど撮影会の準備が整った。
ゼルツェン、《アドバルーン》、厩務員、竜主、生産した飛竜谷の社長、これらの人々が横一列に並んで、ぱしゃりと一枚撮影した。
撮影が完了したので、控室に帰るわけだが、ファンの多い竜騎手であれば、このタイミングがサインを書く時間である。
だがデビューしたばかりで、しかも成績がズタボロの竜騎手となれば、ファンなんてひとりもいなかった。
だが落ち込むわけではなかった。
「まぁ、こんなもんさ」
まだデビュー1年目である。いきなりすべてが手に入るわけではない。乗鞍も賞金もファンもなにもかも積み重ねだ。
これからがんばればいいのである。焦ったところで、結果がよくなることもないだろう。
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ゼルツェンが控室に戻ったら、竜騎手仲間たちが初勝利に拍手を送った。
「初勝利おめでとう」「おめでとう」「がんばったな」「まさか後ろポツンとは」
温かい同僚たちのなかでも、とくに喜んでくれたのは、友達のデルデだった。
「おめでとー、ゼルツェン! オラもがんばって初勝利しないと!」
デルデは2着続きの惜しいレースが続いているので、もうすぐ勝利できるはずだった。
「きっとデルデも勝てるよ。いつも努力してるじゃないか」
デルデはずっと努力している。座学もがんばっているし、シミュレーターの訓練もたくさんこなしているし、先輩たちから教えてもらう機会だって増えていた。
その姿をゼルツェンはずっと応援していた。
きっといつかデルデだって勝てるのだ。
そうでなければ、神様は不公平だろう。
「そうだよ。オラだって努力してるんだ。いつか絶対に勝つんだ」
祝福ムードが一段落したとき、ついに魔王賞の発走時刻になった。
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G1専用ファンファーレが鳴って、ゲートが開いて、ついにレースが始まった。
師匠のハヤテも、リーディング竜騎手のデラリアも、強い飛竜に騎乗して魔王賞に挑んでいた。
ゼルツェンは、ほんのりと悔しさを感じて、ぐっと拳を握りしめた。
「いつかは俺も、あのレースで乗るんだ」
これまでの目標は、父の冤罪を晴らすために、魔王賞に乗ることだった。
だが実戦経験を積んだことで、竜騎手としてクラシックレースで勝ってみたいという願望が強くなっていた。
勝負の世界に籍を置いているのに、もっとも熱いレースをモニタで眺めているだけなのには、もったいないだろう。
もっともっとうまくなって、大きなレースで勝つのだ。
さて魔王賞の展開だが、竜群の先頭に立っているのは、ティア竜舎の飛竜に騎乗したハヤテである。
通常、長距離レースにおける逃げの成功確率は低い。
よほどのペース感覚がないと、最後の直線に入る前に飛竜の体力が空っぽになってしまい、あっさり失速してしまうからだ。
だがハヤテは超一流であった。
変幻自在のペースでライバルたちをかく乱しているので、最後の直線に入ってもまったく垂れないどころか、なんと後方集団を突き放し始めた。
「なんて技術だ……!」
弟子であるゼルツェンが見守るなか、まるで魔法みたいなぺースでハヤテは逃げ切り優勝してしまった。
ローカル開催の控室から、感嘆のため息が漏れた。
「あんなペースで逃げられるのハヤテしかいないよ」「やっぱりうまいなぁハヤテさん」「あれも一つの天才なんだろうな」
なぜか師匠が褒められると、弟子であるゼルツェンも嬉しくなった。
それと同時に、あれほどの達人の弟子になれたことを幸運に思った。




