第25話 初勝利をもぎとるために、後ろポツンを実行せよ
ローカル開催を担当しているレース実況役が、本日の第3レースである3歳未勝利戦について語り始めた。
『競竜ファンのみなさん、秋です。未勝利戦もそろそろ終わりが近づいてまいりました。はたして16頭の未勝利飛竜たちから、誰が勝ち抜けるのか。距離は3200メートルの短距離戦。各飛竜ゲートイン完了……スタートしました!』
ゲートが開いた瞬間、ゼルツェンは《アドバルーン》をゆっくり出した。
後ろポツンをやるわけだから、飛竜の体力を可能なかぎり温存するために、そろっとゲートから出したわけだ。
しかし実況役は勘違いした。
『ああっと、10番人気の《アドバルーン》は出遅れて、最後方となりました! 電撃の短距離戦でこれは致命的か!?』
「出遅れたんじゃない、ゆっくり出して後ろに控えたんだ」
ゼルツェンは小声でぼやきながら、竜群から4竜身離れたところで待機した。
これぐらい離したら、《アドバルーン》の調子がすこぶるよくなった。大嫌いな他の飛竜と離れたおかげで、かなり機嫌がよくなったのだ。
これで本来の末翼を使える。前回乗ったときも、もしかしてこいつはまだ底があるんじゃないかと思ったが、あのときの感覚は正しかった。
それを具体的なレースプランに落とし込めたのは、空想癖をレースの想定に使えるようになったおかげだ。
競竜学校時代から得意な座学はレースプランの想定で役に立ったし、飛竜のお世話が得意なことは癖竜の個性を掘り下げることに役立っていた。
ゼルツェンは、ようやく己の能力を最大限に活かせるようになった。
空想癖を競竜に使うことを教えてくれた、元許嫁のティアに感謝であった。
さてレースの先頭を奪ったのが誰かといえば、優しい先輩であるラースロンが騎乗した《ヒットアンドブロー》である。
そのことに実況役も触れた。
『ハナを切ったのは、1番人気の《ヒットアンドブロー》とラースロンです。ペースは少々流れているようですが、はたして逃げ切れるのか?』
実況役が触れたように、逃げるペースが平均よりちょっと早い。
もし《ヒットアンドブロー》以外に強い飛竜がいなければ、ギリギリ逃げ切れるペースだ。
だがもしライバルがいるようなら、ゴール手前で差し切られるペースであった。
そしてラースロンと《ヒットアンドブロー》を最後の直線で追い抜かすことが、ゼルツェンと《アドバルーン》の目標であった。
だが焦ってはいけない。空想癖で導き出したレースパターンには、負けパターンも含まれていて、焦ってポジションを早く上げすぎたときに末翼が足りなくなっていた。
なぜ勝利条件がわかっているのに焦ってしまうかといえば、短距離戦で後ろぽつんをやることはリスクが高いからだ。
電撃の3200メートル戦は、平均時速230キロ前後で飛ぶ世界なので、本来出遅れが致命的である。
しかし意図的にやるならば少々話が変わってくる。
ひたすら翼を温存して、先行集団のペースも完全に無視して、《アドバルーン》のペースのみで飛ぶ。
我慢だ、ひたすら我慢だ。
最後の直線まで体力を温存して、しかも《アドバルーン》の機嫌を最高潮に持っていくのだ。
そのためにはゼルツェン自身が焦ってしまっては意味がない。
平常心で耐えるのだ。いまは極端な乗り方をしているのだから、騎乗の定石を一度捨てたほうがいい。
レースが中盤を迎えたとき、実況役があらためて飛竜の順位について触れた。
『先頭は変わらず1番人気の《ヒットアンドブロー》です。そして最後方には後ろにポツンと《アドバルーン》、こちらは10番人気です』
《アドバルーン》は10番人気であった。
前走で良い飛行をしたから最低人気ではないのだが、それでも評価が爆上がりしたわけではないから10番人気である。
それに評価が上がりきらない原因は、鞍上のゼルツェンが成績ぼろぼろの新人だからだ。
舐めやがって、という反発も正直である。
だがこれだけひどい成績であれば、そういう評価になって当然であった。
しかしいまこの瞬間だけはメリットだらけであった。
もし鞍上の評価が中途半端に高まって人気が出てきてしまうと、他の竜騎手から警戒されてしまうので、後ろポツンが成功しにくくなるのだ。
「絶対成功させるぞ、後ろポツン」
まるで自分自身を鼓舞するように声を出したとき、ついに最後の直線に入った。
ジバングの【風雪競竜場】特有の果てしなく長い直線が姿を現した。
まるで戦闘機の滑走路である。
これだけ直線が長ければ、たとえ竜群から4竜身離れていても届くはずだ。
「いくぞ《アドバルーン》」
ゼルツェンは手綱を操作して、《アドバルーン》を大外に持ち出すと、つま先を連打してラストスパートの合図を出した。
ここまで我慢してきたが、あとは末翼を爆発させるのみだ。
ぎゅいんっと急激に《アドバルーン》は加速。まるで光の矢になったように、ジパングの空を貫いていく。
のろのろと飛んでいる短距離飛竜の竜群をごぼう抜きして、1着争いに食い込んできた。
実況役がツバを飛ばすほどに興奮した。
『後ろに控えていた《アドバルーン》が伸びてきた。急激に伸びてきたぁ! とんでもない末翼で順位を上げていく。風雪競竜場特有の長い直線を活かして、さらにもう1頭、もう1頭抜かして、ついには竜券内だ! まだ加速は止まらない!』
残り200メートルで3着以内にきた。
あと2頭抜かさないと、未勝利を抜け出せない。
必ず勝つ。未勝利戦を抜けて未来につなげる。
さらにもう1頭抜かして、あとは1番人気の《ヒットアンドブロー》を抜かすだけ。
《ヒットアンドブロー》に騎乗しているラースロンが、ちらっと首だけで振り返った。
「なんでゼルツェンの飛竜は、あんなに早いんだ!?!?!?」
なんでこれまで注目されていなかった未勝利飛竜が、こんなに速く飛べるのか?
飛竜の難しい性格を考慮しつつ、長い直線で末翼勝負を仕掛けるために、後ろポツンで我慢していたからだ。
おかげで《アドバルーン》の末翼はまだ衰えていない。
あと半竜身で《ヒットアンドブロー》を追い抜かせる。
残り100メートル。
すでに《ヒットアンドブロー》の体力は空っぽになっていて、ずるずと減速していた。
ラースロンは悲鳴に近い声を出しながら、必死につま先を連打した。
「ここで負けたら、大手の依頼が二度とこなくなるんだよ」
はっきりいってラースロンの油断であった。
もし確実に勝ちたいなら、無理に逃げようとしないで、普通の先行をすればよかったのだ。
それなのに安易に勝ちにいこうとして、逃げ竜でもない《ヒットアンドブロー》にハナを切らせてしまった。
それもこんな直線の長い競竜場で。
垂れて当然なのだ。竜騎手が騎乗ミスしているのだから。
そのおかげで、ゼルツェンの勝利が確実になった。
「いけ《アドバルーン》、お前の本当のスピードを見せてみろ」
激励に答えるように、《アドバルーン》は残されていた体力をすべて注ぎ込んで、ぐいっともう一段階加速。
未勝利飛竜とは思えないほどの、とんでもないトップスピードに到達した。
ゼルツェンの空想癖では、ゴール手前でアタマ差ぐらいで差し切るイメージだった。
だが現実としては、あっという間に《ヒットアンドブロー》を追い抜かしたあと、1竜身離したところがゴールラインであった。
「俺の空想癖はまだまだ精度が悪いってことか。頭の中で考えたイメージより《アドバルーン》は強かったんだから」




