第3話 大帝の遺したもの
ヴァルケナンと母親は田舎に引っ越した。
都会から遠く離れた地方部であり、山と海に囲まれた深い谷だった。
広大な敷地には生まれたばかりの子供飛竜たちと母親飛竜たちが飛び交っていて、少数精鋭のスタッフたちが働いていた。
ここは競竜用の競争飛竜を生産する飛竜谷だ。
名前は【グラーブファーム】、母親の実家である。
これだけ敷地が広くても、飛竜谷としては普通の規模だ。なんなら超大手の飛竜谷と比べたら小さいぐらいである。
となれば、売り上げも中小企業レベルになるため、贅沢な生活とは無縁になった。
ヴァルケナンは、まだ一日しか暮らしていないのに、昔のようになんでも買ってもらえないことを理解した。
お菓子もおもちゃも好き放題買えないし、洋服は田舎に馴染むありふれた量販品がメインになった。
なんだか理不尽だなぁとは思うが、都会生活では甘受できない良いところがあった。
グラーブファームのスタッフたちは、ゴルドザームが鍾乳洞コースに入ったことにはなにか理由があったはずだと信じていることだった。
父を悪くいう人がいないのであれば、たとえ生活レベルが下がったとしても、心の平穏が保てそうだった。
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田舎に引っ越してから数日後、かつての知り合いがたずねてきた。
大帝ことルッソ・ピューレンである。
元竜騎手の高齢者であり、引退間際に三冠を獲得している。
現役時代は優れた成績を残しつつ、お手本のような生き方をしてきたので、ありとあらゆる人から大帝と呼ばれていた。
その評価は竜騎手を引退してから三十年経過してもまったく変わっておらず、いまでも競竜関連のイベントや番組に出演していた。
「久々だな、ヴァルケナンくん」
「大帝は、まさか父さんのことを悪者扱いするの?」
ヴァルケナンは部外者を警戒していた。会えば必ず父と鍾乳洞コースのことが話題になるし、二分の一の確率で悪者扱いしてくるからだ。
では大帝がどうだったかといえば、柔和に微笑みつつ、使命感を帯びた瞳でこういった。
「むしろこれから証拠を固めて、ゴルドザームが冤罪だったことを証明する」
「冤罪ってなに?」
「ゴルドザームが鍾乳洞コースを通ったことには特殊な事情があった。それを客観的に証明するために、グラーブファームのスタッフたちに協力してもらおうと思ってね」
大帝いわく、どうやら父は冤罪だったらしい。
もしそれが証明できれば、父の名誉は回復するし、都会に戻れるかもしれない。
そうなったら、昔みたいにおもちゃもお菓子も好き放題買ってもらえるかもしれない。
しかし人生はそううまくいかないものだ。
機材を揃えて、いざ検証を始めようとしたら、大帝は胸を抑えて倒れた。
飛竜谷のスタッフたちは慌てて救急車を呼びつつ、蘇生措置も行った。
だが高齢者にとって今年の暑い夏は過酷だった。
水分不足が原因の心筋梗塞である。スタッフも救急隊員も懸命に対応したのだが、それでも大帝は亡くなってしまった。
せめて亡くなる前にメモの一つでも残してくれれば、どうやって大帝がゴルドザームの冤罪を証明しようしたのかわかったのだが、なにも残っていなかった。
大帝の葬儀が終わったあと、ヴァルケナンの母親がぼやいた。
「大帝、あなたはどうやって夫の無実を証明しようとしたんです?」




